4−2
シエルの「Sランクダンジョンへ行ける」という発言に、一同は息を呑んだ。
ざわつきが広がる。驚きと戸惑いが交じる。
そしてどこか重く、誰もが言葉を探しあぐねるような雰囲気だ。
その静寂を破ったのは、ラビだった。
うん、と小さく頷き、真っ直ぐに顔を上げる。
「結論はひとつしかないんじゃない?」
「ひとつって……魔王の討伐か?」とリク。
「もちろんだよ」
ラビが迷うことなく笑みすら浮かべていうのを、次はサシャが止めに入る。
「先輩、もう少し冷静に考えてもいいでしょう。なにも今すぐ魔王が乗り込んでくるわけじゃないんです」
その言葉に、シンはふっと視線を宙に投げる。
軽く考えを転がすように間を置き、口を開いた。
「……いや。シエルが転移のトラップを作れるのなら、向こうも同じことができるということだ。そうだろう?」
シエルは頷く。
「できるはず。……ただ、マスターの言ったように私と同じ呪いがあるのなら、ダンジョンからは出られない」
「うん。……それも時間の問題になりそうだが」
「それなら今が一番弱いかもしれないね」ラビが嘆息する。
リクはそれを聞いて黙り込む。
――今が一番弱いかもしれない。その考えが頭から離れない。
場の空気は再び沈んだ。
ケイが苦笑しながら、妙に明るい声で言う。
「な、なあ。まずい状況なら、さ? ここで話し込むより、たとえばギルドに掛け合って人を増やしてもらうとか、そういうのは?」
「それは、たぶん通りません」サシャが冷静に答える。
「そもそもSランクダンジョンはいまでも攻略配信で、冒険者が日夜挑戦しているダンジョンです。ギルドとしてはそれで十分対応していると見なしているのに、そこに“夢で見た。魔王が外に出てくるかもしれない”なんて曖昧な情報を持ち込んでも、特別に人を増やすなんてことはありません。掛け合っても徒労に終わるでしょう」
うっとケイが怯んで口をつぐむ。その隣で、ユズハがひらめいたように顔を上げた。
「転移トラップっていう裏技みたいなことができるなら、他の冒険者もそれを使ってSランクダンジョンに挑戦する、とか?」
「おお、それだ!」指を鳴らす音が響く。が、ラビは小さく首を振った。
「できたらとっくにやってるよ。でもできなかったんだ。転移って、基本的に転移元と転移先にマーカー……術式の目印が必要になる」
つまりマーカーを置くためには、ダンジョンの正面から入って、最奥にたどり着くしかない。
「それに、距離の制約があるしね。近い場所ならまだしも、離れれば離れるほど術式は複雑になっていく。しかも何度も使えば崩れちゃう。一度置けばずっと使えるってもんでもないの」
ケイが妙に要領を得ない顔になる。
「じゃあ、シエルが言う“できる”って?」
「魔王を、その転移先のマーカーにするということだろう?」
シンが答える。シエルはその視線を受けて、そうねと頷いた。
「私には術式の細かい理屈はわからない。けど、転移先のターゲットを魔王にするイメージね」
「しかし、それだけだとどうも往路だけのように聞こえるね。Sランクダンジョンにも同じトラップがなければ戻ってこれないのでは?」
「……私が作れるのはこのダンジョンで発動できるトラップだけ。Sランクダンジョンからこのダンジョンへ戻るためのトラップまでは作れない」
「ふむ? まさかSランクダンジョンの最奥から登って、入口から脱出なんてわけにもいかないし、それも考えないといけないね」
三度、全員が黙り込んだ。
目の前に魔王へとつながる道が現れ、しかし同時にそれが片道切符にすぎないと知ったことで、議論は振り出しに戻ったような気さえする。
「リク、ずっと黙ってるけど」
ラビが視線を向ける。
「たしかに戻る方法も考える必要はあるけど、いま魔王に挑んで、勝てる見込みがあるのか……それをずっと考えてた」
「まさか討伐に行かないなんて言わないよね?」
リクは黙る。
そしてゆっくり口をひらき、重く言葉を落とす。
「違う。……魔王討伐が目的なのは変わらない。逃げたいわけでもない」
「結論は?」
「シンや、ラビの言うとおりだ。魔王はただ待ってれば弱る相手じゃない。むしろ強くなって……もしかしたら今が一番弱い状態だってあり得る」
リクは顔を上げ、全員に届くように言葉を放った。
「それなら、いまここで何もしないでいるのは良くない」
ラビは唇の端が上がるのを隠しきれなかった。
「行くってことでいい?」
リクはしっかりと頷く。
それを全員が見届け、まるでそれを待っていたかのように場に安堵の空気が広がる。
「ただ。行くからには絶対に誰も死なせたくないんだ。今できる最大限で臨みたい」
「リクらしいね……」
「やっぱり問題は魔王対策なんだ。決定的なものは無い。……ただ、ひとつだけ気づいたことがあって、もし思った通りなら試す価値はある」
「へえ、ぜひとも聞きたね。それと、戻る方法はどうする?」とシン。
リクはうん……、と声を漏らし、顎に手を当てる。
しばし思案してから、再びうん、と思い至った様子で頷いた。
「シエルに、魔道具を作ってもらう。それなら帰れるはずだ」
「どういう仕組みかな」
「シエルはSランクダンジョンの、魔王がいる場所を把握してる。ラビに転移の術式をシエルが教えてもらって、あらかじめ戻りの座標を指定した魔道具を作っておくんだ。それを……向こうで使えばいい」
その言葉に、ラビはようやく肩の力を抜いた。
「なんだ、やる気じゃん、リク」
結局――乗り込むのは明日ということになった。
シエルが転移トラップを用意するにしても、戻る用の魔道具を整えるにしても、準備は必要だからだ。
そして翌日。
全員が共同スペースに集まっていた。
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