3−3
ラビとサシャが、いつものように言い合いをしていた。
だがそのやり取りの内容は、いつも通りではなかった。
その夜は珍しく、ラビがサシャを問い詰めていた。
「サシャ〜、どうして教えてくれなかったの?」
「……なんのことですか」
ダンジョンには寝泊まりしていないものの、もうすっかり常連となったサシャが、あっけらかんと答える。
「最近、Sランクダンジョンの難易度が上がってるってこと! 報告なかったよねえ?」
「言ってませんでしたっけ?」
「言ってない!」
場所は、いつものダンジョンB1F。
ラビとサシャはテーブルを挟んで向かい合い、言い合いをしている。
その賑やかな声に気づいたリクとシンが近づく。
「先輩がいつもふらふらとどこかに行ってしまうから……」
サシャが言うと、ラビは「うぐっ」と声を詰まらせる。
「Sランクダンジョンって……」
会話に割って入ったリクの問いかけに、ラビは肩をすくめて認めた。
「……そ、魔王がいるダンジョンだよ。そのダンジョンだけが難易度跳ね上がってるんだって。もともと難しかったのにさ」
どうやらラビとサシャの“仕事”の話らしい。
二人はダンジョン監査――各地に点在するダンジョンを調査し、ギルドが管理しやすいようにランク付けを行う立場についている。これでも。
「というか、それ、ラビも監査やってるなら気づかないのか?」
リクが眉を寄せると、ラビは「うぐぅ!」と声を詰まらせた。
「仕事はちゃんとやってるの! ……ホントだよ? でもSランクダンジョンはラビちゃんの担当から外されてるから詳しくはわからないの。……まあ、いろいろギルドで目をつけられちゃってるからね」
頬を膨らませながら答えるラビ。
「そんなことはいいの。サシャ、最近Sランクダンジョンに行ったんでしょ? 実際、どうだったの」
ラビに睨まれて、サシャは短く息を吐いた。
「……確かに、あのダンジョンだけモンスターが強くなってます。数年前にも一度潜りましたけど、その時よりずっと」
リクは思わず尋ねる。
「数年前にも? それはラビが魔王に遭遇したっていうそのあと?」
「はい」
「てことはサシャも魔王に……」
「いえ……最奥まで到達できませんでした。今回も、モンスターが強くなった影響で同じ結果に」
それを聞いたシンは、不思議そうに首をかしげる。
「君の実力が不足しているってことかな? ダンジョン監査とは、ダンジョンを調査できてこそだろう」
挑発めいた言葉に、サシャは一瞬だけ視線を伏せる。やがて小さく息を吐き、答えた。
「……そうです。ただ先輩が、当時……いや、今でも、抜きん出て冒険者としてのスキルが高いんです。だからその点だけ、先輩の実力は認めてますけど……」
「え、そこだけ?」
食ってかかるが、周囲は見事にスルーした。
気を取り直すように、ラビは言う。
「……言っとくけど、サシャはそれなりに強いんだよ。まぁ〜ちょっと応用力は足りないかもだけど、冒険者としてはSランク相当。実力不足ってわけじゃないの。それに……あのダンジョンはそもそも、魔王討伐に成功した冒険者がまだ誰もいないくらい危険なんだ。レーティングはSランクで打ち止めだけど、格付けできるならそれ以上だよ」
「そのダンジョンの難易度がさらに上がってるってことなら……いくら魔王討伐の対策を見つけても、挑むまでの道のりで負けるんじゃな」
今は魔王を討伐するため、魔王と似た能力を持つとされるシエルの研究を進めている。
だが、仮にそれがうまくいったとしてもダンジョンの道中で返り討ちにされれば、意味はない。
「ふむ? 僕はダンジョンに詳しいわけじゃないが……ダンジョンの難易度が上がるなんて、そんなことは普通あるのか?」
「ま〜ね」
ラビは腕を組んで答えた。
「モンスターが強くなるには、ダンジョン内に大量の魔力が集まる必要がある。でも、急に魔力が増えるなんて普通はないんだよ。要因がないと……」
「ふ。異変が起きているというのなら、まさにそのダンジョンに魔王がいるから、というのが理由になりそうだけどね」
「でもラビが魔王に遭遇したのは、もう何年も前なんだろ?」
「うん、そうだよ。ダンジョンコアを置いた直後だったかなぁ」
ダンジョンコア――ギルドが管理する球状の端末。
通常はダンジョン最深部に据えられ、冒険者が登録して触れることで「ダンジョン攻略」の証明となる。
もちろん、Sランクダンジョンにもそれが置かれているらしい。
「ダンジョンコアを置くのって……ダンジョン監査の仕事だったのか」
リクは驚いたように眉を上げる。
「ラビ、本当に仕事してたんだな……」
「なにおう!?」
「ふむ。しかし、そうなると魔王の存在を認めた数年後に、異変が起き始めているということになるのか」
一同が「うーん」と唸る中、サシャが少しだけ言いづらそうに口を開いた。
「モンスターが強くなるのは、たしかにここ最近は顕著です。でも……数年前から徐々に強くなっている傾向にはあったんです」
言葉を選ぶように視線を伏せて、続ける。
「あのSランクダンジョンは、ギルドのダンジョン攻略配信でも数字が取れるメインコンテンツです。だから、日々対策を強化していく冒険者に合わせて、モンスターが強くなる――そうやってバランスが取れていると、上の人間は話していたんですが」
その言葉に、リクはふと過去を思い出す。
Sランクの冒険者に昇格したその翌日。パーティの一員として、まさに魔王が潜むSランクダンジョンに挑もうとしていた。
――だが、自分はその前にパーティを抜けてしまった。
結局、挑戦を続けた他の冒険者たちも誰一人として踏破できていない。思えばそれは、ダンジョンそのものが徐々に難易度を上げていったからに違いない。
「……なるべく早く、魔王の攻略方法を見つけてダンジョンに挑まないと、手がつけられなくなる」
もともとSランクダンジョンなのだ、道中が楽だと舐めていたわけではない。だが悠長に構えていられる状況でもなさそうだ。
「それはそうだろうな。となると、攻略法を見つけるには――」
シンが視線を向ける。
「……シエル………」
リクの口からおもむろに名前が出た。
「お話をすれば――だ」
シンの声にリクは顔を上げる。
そこには、いつの間にか姿を現したシエルが立っていた。
「ちょうど君の話をしようと思っていたんだ」
シンは口角をわずかに上げる。「どうかな、やはり古代魔術をもう一度やってもらうっていうのはさ」
その言葉を聞いて、シエルは少しだけ目を伏せた。
「いいわ」
◇
急遽準備を整えたB1Fの広間。
研究用の機材が並ぶスペースの中央に、ダミー人形が据えられている。
シエルは人形を見つめている。
「……」
「うん? なにかあったか? 準備はできてる、いつでもやってくれ」
「……少し気になることがあっただけ……」
小さく答えると、シエルは手をかざした。
また来る。あの感覚。抗いようがなく、自分をすべて包み込むような気配。
――けれど。
リクの言葉を思い出す。
マスターが私を“シエル”と呼んでくれる限り、大丈夫。
その一言を心に刻み、シエルは抗うように魔力を押し返す。
意を決し、指先に力を込めた。
刹那、バキャッと破砕音が響き、ダミー人形がひしゃげる。
古代魔術の再現は成功した。
だが次の瞬間、シエルの視界が白く弾け、真っ黒に塗りつぶされる。
轟音のような耳鳴り。重力が消えたかのように体がふわりと浮き、そして急激に沈んでいく――。
意識が闇に飲み込まれる寸前、シエルの膝が崩れた。
その場にいた全員は、人形の無残な姿に目を奪われていた。
ただ一人、リクだけはシエルに向かって駆け出していた。
シエルの体がぐらりと傾き、床に崩れ落ちる。
「シエル!」
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