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元冒険者のリクは、仲間たちと暮らすダンジョンで「魔王討伐」の依頼を引き受ける。
詳細を語るために現れたラビは、“変わり者”という新しい人物たちを連れてきて――。
そこはダンジョンの一角だった。石の壁と床が広がる、無機質な空間。
「それじゃ、シエル。ここに新しくラウンジを作れるか?」
リクが言った。
「わかったわ」
シエルと言われた少女が手をかざすとすぐに空気が震えた。
床がなめらかに盛り上がり、壁の角がやわらかく丸くなっていく。
壁際にはソファやテーブルが自然に配置されていき、落ち着いた色合いの照明が天井に灯る。
数十秒後には、ちょっとしたラウンジが出来上がっていた。
木の家具と柔らかいソファが並ぶ、どこかホテルのロビーのような雰囲気だった。
「さすがシエル。今度のラウンジ、ちょいリッチって感じだなぁ〜」
「そのぶん、ほとんどの魔力を使ったわ」
シエルが手をひと振りすると、宙に透明なウィンドウが浮かぶ。
魔力量:7000 → 1002
「ラビさんがマナチャを投げてくれてよかったです。おかげでラウンジを作れました」
ユズハがラウンジを見回しながら言う。
他の三人も、それぞれの席に腰を下ろしながら会話を続けていた。
「まさか本当に俺たちの配信を見てるとは思わなかったな」
「ただの配信好きかと思ってました。……たしか、ダンジョン監査役でしたっけ? 本業は」
「そんなこと言ってたな……まあ今日は、魔王討伐の話だけど」
「それ、本当に協力するんすか? 何回聞いても違和感あるんですけど」
ケイが半分呆れたように言う。
その横で、ユズハがティーセットを並べていた。
カップとポット、お菓子の皿がテーブルにどんどん増えていく。
「でも……“討伐しません”って言ったら、それだけでこのダンジョンがギルドから潰されるから。……だったら、引き受けるしかないだろ」
「あー、反対はしてませんよ? そりゃ、元冒険者のリクさんからしたら魔王と戦うのは普通かもしんないけど」
「普通じゃないよ。俺だって魔王なんてダンジョン攻略の最後の目標っていう、どこか遠いものってイメージだったし……。 でも魔王とシエルがつながってるかもって言われて、それも気になるし」
「いまどき、魔術使えば大抵のことは解決するけど、さすがにダンジョン改造を一瞬でっていうのは聞いたことないですもんね」
「ふふ。私のチカラが魔王とやらと魔王と同じなんて、面白いことを言うものよね」
シエルは口に手を当てて微笑む
「……本当に、魔王って聞いたこともないのか?」
「ないわ。一体何のことかも、まるでわからない」
ケイとユズハは目を見合わせ、そろって「うーん」と唸った。
「……もし私がそんな魔王に関係していたとしても、マスターは味方なんでしょう?」
シエルはリクを“マスター”と呼ぶ。
出会った頃からずっと、彼の言葉には逆らわない。
それは、胸にある刻印による“呪い”のせいだと、シエルは言っていた。
「ああ。約束、したろ。その呪いを解かなきゃならないんだから魔王と関係ないよ」
「それなら私は別に、なんでもいいわ」
シエルが軽く肩をすくめた、そのときだった。
リクの魔導端末が、ふいに震える。
「……ラビだ」
「いつの間に連絡先交換してたんすか」
ケイのツッコミをスルーして、リクは応答する。
一方、ユズハはシエルにスカーフを巻く。一応、刻印をラビに伏せるためのものだ。
『やほー! いまからそっちに新しい人たちを連れて行くよ!』
「新しい人?」
『そっ! でもちょっとめんどくさ――じゃなくて変わり者だからね、なんか“リクの実力を見ておきたい”んだって』
「実力? どういう……」
通話しながら、入口の方をちらりと見る。
『リクは普通どおりでOK! じゃ、いっくよー!』
通信が、ぷつりと切れた。
直後、ダンジョンの入口から空気がぴしりと張り詰める。
ギィ……と金属音。
ゆっくりと扉が開いた。
そして──
獣の足が静かに中へ入ってきた。
黒い狼のような影が、ゆっくりと姿を現す。
「げっ!?」
「も、モンスター!?」
ケイが声を上げ、ユズハも戸惑って身構える。
「……いや。違う」
目の前の狼には、どこか現実感がなかった。
動きに重さがない。音もない。冒険者としての経験が覚えている“本物の気配”とは違っていた。
「たぶん、魔術だ。……さっきラビが“実力を見ておきたい”って言ってたんだ。これがそうなんだと思う」
リクは前に出る。
「……俺がやる。下がってて」
黒い霧をまとった獣と、リクが向かい合った。
うなるような音が低く響き、次の瞬間――跳んだ。
「……!」
リクはすぐさま身を引き、獣の爪を滑るようにかわす。
右腕を引き、術式を瞬時にイメージする。
構成は三つ――収束、圧縮、点撃。
拳に宿した魔力を込めて、すれ違いざまに叩き込む。
衝撃。手応え。だが――
獣の体が霧のように崩れて、空中で溶けた。
(……消えた? いや、殴った感触はあった。なのに)
視線を落とす。
床に、深く抉れた跡が残っていた。
爪の一撃が、確かにそこにあった証拠。
「幻のはずなのに、実体がある……?」
そんな魔術、今までに見たことがない。
だが、一つだけ確かに言えることがあった。
(攻撃の瞬間だけ、実体がある。なら――)
再び、獣が跳びかかる。
今度は、タイミングを見切った。
「……今だ」
拳を突き上げる。
魔力が一点で爆ぜ、霧を砕いた。
空気が重くなる。
そして、静かに戻る。
幻の狼は、完全に消えていた。
リクが小さく息を吐く。
「ほら〜、どう? ラビちゃんの実力を見る目、やっぱ確かでしょ?」
「まあ、たしかに。……もういいぞ」
「はい」
ラビのにぎやかな声に混じって、静かな声がかぶさる。
「やあやあ! 何日かぶりだね! 元気してた?」
赤い髪、小柄な体格。ロングコートを揺らしながら、ラビがひらひらと手を振る。
「元気っつーか……なんなんすか、いきなり!」
「これから魔王討伐の話するんだから、このくらいカンタンに対応できないと、話にならないでしょ? っていうことなの!」
ラビがケロッと笑って言い、くるりと回って手を広げる。
「というわけで! 紹介します! 古代魔術に詳しい――シンと、ニューだよ!」
奥からふたりの人影が現れた。
一人は、やや癖のある髪を後ろに流し、細身の体に黒っぽいロングコートをまとった少年。
肌は少し褐色気味で、どこか貴族のような品がある。歩き方がやけに優雅だ。
もう一人は、彼のすぐそばに寄り添うように立つ少女だった。
ふわふわの水色の髪が揺れ、視線はまっすぐ。無言のままだが、動きの一つひとつに妙な整いがある。
ふたりを見て、リクは思わず口にする。
「古代……魔術……?」
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
とくに派手な回でなくとも、楽しんでいただければ幸いです。
いろいろ試行錯誤しながら進めてまいります。




