第2話
ユズハの様子が最近ちょっとおかしい。
配信も、会話も、どこか上の空で――。
そんなユズハを見ていたケイは、ある決断をする。
このダンジョンでの暮らしを一言で言うと、まあわりかしフリーダムだ。
誰かに「ここに住め」って言われたわけでもないから、来たいときに来るだけ。
そのわりに妙に快適なんで、なんだかんだ集まりは良い。
家主(?)のリクさんはだいたい いつもいるけど、たまにいない日もある。
今日はそのいない日らしい。
シエルに聞いたら「そのうち帰って来るんじゃないかしら」と、もはや熟年夫婦みたいな返しをされた。
ユズハは今日も来ていた。
来てはいるが、ここ数日ずっと上の空だ。
ちょっと油断するとぼーっとして、最後は必ずため息をつく。
ここ数日っていうか、ラビが「魔王討伐しよ〜!(意訳)」なんて話を持ち出して、嵐のように場を乱して帰っていったあの日――ちょうどその後から。
心当たりは……ひとつしかない。
めちゃくちゃわかりやすい。
完全にリクさんのことだ。
いわゆる片思いってやつ。
他人の色恋に、積極的に首を突っ込む趣味はない。
……ないんだけど。
実害が出ちゃってるんだよな。
配信のネタ出しも進まないし、なんなら話しかけてもあの通り反応が薄い時がある。
それ以外にも、料理の砂糖と塩を間違えるというベタベタなこともあった。
いや、ありがたいよ。助かってるけども。
リクさんは全く気づく気配ないし。
「ユズハどうしたんだ? 元気なくないか」だって。
そこが察せるなら全部察してよ。
あんたのことで悩んでますよってオレから言うのもヘンじゃん。
「……なんでオレだけ把握してるの、こんなこと。モヤるな〜」
こういうのは、悩みの根本的な原因を取り除くのが良い。
理想形としては『告白しました!』とか、『恋人同士になりました!』とか、そういうわかりやすくて爽やかなやつ。
でも、それができそうなのは、この中でユズハだけ。
「……空気読むスキルもイイことばかりじゃないんだなー。 ……しゃーない、動くか」
◇
ラウンジがダンジョンの改造で無くなった今、ユズハがいるとしたら――キッチンくらいしかない。
だいたいご飯つくったりお菓子作ったりと、よくいるから。
予想どおり、ユズハはそこにいた。
テーブルの前で、なにか作ってる……っていうか、作りかけて止まってる感じ。
オレが入ってきたことにも、まったく気づいていない。
「ユズハ」
軽く声をかけると、ハッとしたように顔を上げる。
「わっ……ケイくん!? ご、ごめんね、気づかなかった……!」
「いいんだけどさ。なに作ってんの?」
「あ、クッキー……なんだけど。ぜんぜん手がつかなくて」
予想通りの返答だったけど、そこはあえて言わないでおく。
「ふーん、珍しいじゃん」
「そ、そうかな……?」
ユズハがまたテーブルに視線を戻すのを見て、オレもそっちまで歩いていって、椅子に腰を下ろす。
テーブルの上には型抜き前の生地が何枚か並んでて、いちばん手前の一枚の隅っこに、ウサギ型がひとつだけ抜かれてた。
……先は長そうだ。
そのまま、思いついたように話を切り出す。
「そういえばオレ、自分のチャンネルでお悩み相談やろうかなって思ってんだけど」
「お悩み相談?」
「そ。前にニールって人と少し話したの覚えてる? その流れで相談ごとあったら聞きますよってことになって」
「わあ、ケイくん話聞くのうまいもんね。……うん、すごくハマると思う!」
ユズハの目が少しだけ明るくなった。
やっぱり、配信の話になると目が輝くあたり、本当に好きなんだなと思う。
「でもさ、ぶっつけ本番で失敗したくないじゃん? 予行演習したいんだよね」
ここでようやく本題。
「ユズハ、なんか相談したいことない? オレの練習、付き合ってよ」
「えっ?」
一瞬ぽかんとした顔でこっちを見て、それから――ものすごく間を置いて、
「……な、ないよ」
思いっきり目をそらす。
そんな"あります"って顔で「ない」って言われても。
……突っ込まないでおこう。
「残〜念、じゃあまた……」
と、席を立とうとして見せる。
「あっ!」
ユズハが声を上げて、オレを引き止めた。
「えっと……その」
それから、気を紛らわせるみたいに型抜き用の雲型をひとつ、そっと生地に押し込む。
「……と……友達の……ことでもいい?」
おっと、そう来るか。
恋バナ相談あるあるの典型ワードだけど、もはや誰でもいい。
おばあちゃんの若い頃っていう設定でも聞く。
「ん? 練習だしな。なんかあるの?」
「……うん」
コクリと頷いたユズハ。
小さく息を吸って、そして記憶を辿るみたいにゆっくり話し始めた。
「最近……ちょっとだけ気になる人がいて。……すごく優しい人で、配信も一緒にやってて」
うんうん。
「少しずつ仲良くなっていけてるかなって思ってたんだけど……」
だろうな。
「たまたま……その人が、昔の友達と話してるところを聞いちゃって」
ニールさんとリクさんの、あの時の会話だろう。
タイミング的にも、内容的にも。
「その人、前に好きだった人のこと……まだ忘れられてないみたいなんだよね」
……ん?
「“昔みたいにはならない”って言ってたけど、“嫌いにはなれない”とも言ってて……」
言ってた。推しだったステラのことね。
「それって、もう恋人にはなれない、でもまだ好きってこと……だよね?」
……いや、え? ちょっと待て。
「だから、わた……じゃなくて、その子の入り込む隙間なんて、ないんじゃないかなって……」
……待て。
待て待て、なに言ってんの!?
オレの記憶にあるあの会話、ステラの話だったよな?
「もう推せないけど嫌いにはなれない」って、“元推し”の話で――
「この気持ちは……忘れたほうがいいのかもって」
なんで、そうなる……!
しかもオレ、あの場にいたのに。ユズハの記憶の中で消されてるよ。
「てか、そっち?」
てっきり、シエルがリクさんに抱きついたほうを気にしてるのかと思ってた。
「そっち?」
「なんでもない」
いったんね。
いったん、落ち着こう。
深く息を吸って、ゆっくり吐いた。
……ツッコミどころ、多すぎだろ。
まず、推し配信者だったステラ(※過去形)が、ユズハの脳内では『リクさんの元カノ』になってるらしい。
それで勝手に身を引こうとして、でも諦めきれなくて、ため息ついてる……っていう流れ。
さすがに、想像力たくましすぎじゃないか? と、思うんだけど――
ユズハの顔を見ると、今にも泣きそうな顔して、今度は傘型で生地をくり抜いている。
本人としては真面目な、重大な悩みだ。
乗りかかった、というより率先して乗りに行った船だ。
「うーん……オレってさ、悩むより先に動けってタイプなんだよね。だから、オレの場合の話をするんだけど」
ちゃんと相談相手になる。あと誤解も、解く。
「まず、諦めるって選択肢はナシ。ダメそうでもとりあえず言う」
「言うって、その、……告白ってこと?」
「そうそう。もちろん勝ち目は考えるよ。だから”気になってる人”の好きなものとか調べるんだけど、ユズハ知ってる?」
「好きなもの? ……配信、かな」
「どんな配信が好きとかあるじゃん」
「えっと……」
と言ってユズハは言葉を濁す。どんな配信が好きか、知らないんだろう。
リクさんはステラの配信見てたくらいだから、ああいうバラエティ系の配信が好きそうだけどね。
「マナチャ投げるのは好きって言ってた」
おお、いい方向に進んだ。ちょっとジャブを打ってみる。
「へー。リクさんもそんな感じだよな」
「へっ!? ……ち、ちがうよ? か、関係ないよ」
露骨に反応されるとこっちも困る。
「あ、そう? まあ配信好きな人なんて いくらでもいるし」
適当に流して――
「好きなものがわかったら話題に出して反応を見る」
「反応……」
「好きなものってそう変わらないだろ? ……いや、そういえばリクさんはたしか最近推しが結婚したとかで、さすがに変わってるのか?」
と、わざとらしく情報を出してみる。
「……推し?」
「ほら、推してたお気に入りの配信者がいきなり不祥事とか、それこそ結婚とかすると推せなくなったりするじゃん」
「う、うん……あるね……」
「でもリクさんは嫌いにはなれないって言ってたっけかな? 思い出せないな〜あの配信者の名前」
ユズハがだんだんと何かを考えるような顔つきになっていく。
……気づいてきた?
「あ〜思い出した! ステラだ! 有名だしユズハも知ってるだろ?」
「し、知ってる……え? ステラって……あの、ステラ?」
ユズハが目をまん丸くして、数秒、固まる。
「え? え? だってステラって……」
型を持つ手がプルプルと震えてるけど
ユズハの顔が、みるみるうちに青くなり、そして真っ赤になる。
「じゃあわたし……勘違い……!」
「うん? なにが?」
「あ、う。 違う……わたし、じゃない」
「まあ、リクさんのは置いといて。その"友達"にアドバイスできるのは、動く前に諦めないほうがいいってこと」
「……うん……」
「話してみないとわかんないこともあるし。思ってたのと違った、みたいなことも」
「そうだね……」
そう言うとユズハの手は星型で生地をポンポンとくり抜き出した。
ユズハがしんみりとして、ホッとしたような顔になったのを見計らう。
「じゃあ、聞きたいんだけど。ユズハだったらどうすんの?」
「……え?」
「ほら。”友達”はわかんないけど、ユズハは告白すんの? って」
「し、し、しな! しない! 絶対!」
「な、にぃ? マジメに答えたのに」
「しないってば……! べつに、まだ……そこまでじゃない!」
さすがにそれは嘘では?
生地をくり抜く速さが爆速になってるし。
「アピールしないと永遠に気づかれないよ? それこそ、シエルくらい押さないと」
「……む、むり……」
ユズハって、配信ではあんなに元気でトークも回せるのに、恋愛となるととたんに奥ゆかしくなるんだな。
このギャップ、なんなんだろうなあ――なんて思いながら、星型の穴が増えていく生地を黙って眺めていると。
「ケイくん……どこから気づいてたの……?」
どこから、って。
「最初から?」
「いじわるだよ……もう……」
すねたような声。
目は合わないけど顔は耳まで真っ赤。
小さく、最後に呟いた。
「……ちょっと、気になってるだけ……」
そう言って、ユズハは最後の一枚。
空いたスペースの生地に、ぽすん、とハート型を押し込んだ。
◇◇◇
そして――クッキーが焼きあがり、甘い匂いがキッチンにほんのり残るころ。
ダンジョンの主が戻ってきた。
ユズハはあたふたと立ち上がると、浮かれた足取りで出迎えに向かう。
「お、おかえりなさいっ」
ユズハは、少しだけ期待をにじませて、クッキーの袋を差し出した。
「お腹、空いてますか? クッキー、焼いたんですけど」
リクさんは受け取りはするものの、ばつの悪い顔になる。
「ありがとう……でも、今は、ごめん」
まさかここで断りが入るとは。
……なにがあったんだ?
空気が気まずくなったところで、リクさんは歯切れ悪く切り出した。
「いや、その……偶然、面白そうなクエストがあって」
おやおや?
「金もなかったし……危なそうでもなかったから、軽い気持ちで受けたんだ」
あらあらあら?
この人やっぱすげーな、以前クエストはもうしばらく受けないとか言ってたのに。
好奇心の塊かな?
「そのクエストが……大食い大会のアシスタントで」
どーゆークエストだよ。
たしかに面白そうだけど。
「終わったあとに、残った料理を分けてもらったんだけど……残したら罰金って言われてさ」
罰金!? なにそのルール。
やっぱりアブナイ。
「それで……」
それで、たくさん食べちゃった。
今、お腹いっぱい! と。
「あ、あはは……大変でしたね……」
ユズハは笑顔が引きつってる。
声に魂がこもっていない。
そこへ、シエルがふわりと現れた。
「マスター、帰ったのね」
「あ、シエル。クッキー、食べるか?」
そう言って、リクさんはほんとうに何の気なしに、シエルにクッキー袋を差し出す。
「ふうん?」
当然なにも知らないシエルは、袋のいちばん上にあったハート型の一枚をひょいとつまんだ。
そして、ぱくり。
「美味しいわ」
「よかった。俺もあとで食べるよ」
「ああ……うう……わたしも……ヨカッタ……デス……」
って言いながら、首が折れたかってくらいガックシ肩を落としてる。
「え、ユズハ? 大丈夫か?」
リクさん、気を遣うのはそこじゃないっす。
……ダメだ〜、これは。
先、長すぎ。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
日常・ほのぼの・ラブコメを目指して書いてみました!
それでは、次回もどうぞよろしくお願いします!