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第2話

ユズハの様子が最近ちょっとおかしい。

配信も、会話も、どこか上の空で――。

そんなユズハを見ていたケイは、ある決断をする。

 このダンジョンでの暮らしを一言で言うと、まあわりかしフリーダムだ。


 誰かに「ここに住め」って言われたわけでもないから、来たいときに来るだけ。

 そのわりに妙に快適なんで、なんだかんだ集まりは良い。


 家主(?)のリクさんはだいたい いつもいるけど、たまにいない日もある。

 今日はそのいない日らしい。


 シエルに聞いたら「そのうち帰って来るんじゃないかしら」と、もはや熟年夫婦みたいな返しをされた。


 ユズハは今日も来ていた。

 来てはいるが、ここ数日ずっと上の空だ。

 ちょっと油断するとぼーっとして、最後は必ずため息をつく。


 ここ数日っていうか、ラビが「魔王討伐しよ〜!(意訳)」なんて話を持ち出して、嵐のように場を乱して帰っていったあの日――ちょうどその後から。


 心当たりは……ひとつしかない。

 めちゃくちゃわかりやすい。


 完全にリクさんのことだ。

 いわゆる片思いってやつ。


 他人の色恋に、積極的に首を突っ込む趣味はない。

 ……ないんだけど。


 実害が出ちゃってるんだよな。


 配信のネタ出しも進まないし、なんなら話しかけてもあの通り反応が薄い時がある。

 それ以外にも、料理の砂糖と塩を間違えるというベタベタなこともあった。

 いや、ありがたいよ。助かってるけども。


 リクさんは全く気づく気配ないし。

 「ユズハどうしたんだ? 元気なくないか」だって。

 そこが察せるなら全部察してよ。


 あんたのことで悩んでますよってオレから言うのもヘンじゃん。


「……なんでオレだけ把握してるの、こんなこと。モヤるな〜」


 こういうのは、悩みの根本的な原因を取り除くのが良い。


 理想形としては『告白しました!』とか、『恋人同士になりました!』とか、そういうわかりやすくて爽やかなやつ。


 でも、それができそうなのは、この中でユズハだけ。


「……空気読むスキルもイイことばかりじゃないんだなー。 ……しゃーない、動くか」



 ラウンジがダンジョンの改造で無くなった今、ユズハがいるとしたら――キッチンくらいしかない。


 だいたいご飯つくったりお菓子作ったりと、よくいるから。


 予想どおり、ユズハはそこにいた。

 テーブルの前で、なにか作ってる……っていうか、作りかけて止まってる感じ。

 オレが入ってきたことにも、まったく気づいていない。


「ユズハ」


 軽く声をかけると、ハッとしたように顔を上げる。


「わっ……ケイくん!? ご、ごめんね、気づかなかった……!」


「いいんだけどさ。なに作ってんの?」


「あ、クッキー……なんだけど。ぜんぜん手がつかなくて」


 予想通りの返答だったけど、そこはあえて言わないでおく。


「ふーん、珍しいじゃん」


「そ、そうかな……?」


 ユズハがまたテーブルに視線を戻すのを見て、オレもそっちまで歩いていって、椅子に腰を下ろす。


 テーブルの上には型抜き前の生地が何枚か並んでて、いちばん手前の一枚の隅っこに、ウサギ型がひとつだけ抜かれてた。

 ……先は長そうだ。


 そのまま、思いついたように話を切り出す。


「そういえばオレ、自分のチャンネルでお悩み相談やろうかなって思ってんだけど」 


「お悩み相談?」


「そ。前にニールって人と少し話したの覚えてる? その流れで相談ごとあったら聞きますよってことになって」


「わあ、ケイくん話聞くのうまいもんね。……うん、すごくハマると思う!」


 ユズハの目が少しだけ明るくなった。

 やっぱり、配信の話になると目が輝くあたり、本当に好きなんだなと思う。


「でもさ、ぶっつけ本番で失敗したくないじゃん? 予行演習したいんだよね」


 ここでようやく本題。


「ユズハ、なんか相談したいことない? オレの練習、付き合ってよ」


「えっ?」


 一瞬ぽかんとした顔でこっちを見て、それから――ものすごく間を置いて、


「……な、ないよ」


 思いっきり目をそらす。


 そんな"あります"って顔で「ない」って言われても。

 ……突っ込まないでおこう。


「残〜念、じゃあまた……」


 と、席を立とうとして見せる。


「あっ!」


 ユズハが声を上げて、オレを引き止めた。


「えっと……その」


 それから、気を紛らわせるみたいに型抜き用の雲型をひとつ、そっと生地に押し込む。


「……と……友達の……ことでもいい?」


 おっと、そう来るか。

 恋バナ相談あるあるの典型ワードだけど、もはや誰でもいい。

 おばあちゃんの若い頃っていう設定でも聞く。


「ん? 練習だしな。なんかあるの?」


「……うん」


 コクリと頷いたユズハ。


 小さく息を吸って、そして記憶を辿るみたいにゆっくり話し始めた。


「最近……ちょっとだけ気になる人がいて。……すごく優しい人で、配信も一緒にやってて」


 うんうん。


「少しずつ仲良くなっていけてるかなって思ってたんだけど……」


 だろうな。


「たまたま……その人が、昔の友達と話してるところを聞いちゃって」


 ニールさんとリクさんの、あの時の会話だろう。

 タイミング的にも、内容的にも。


「その人、前に好きだった人のこと……まだ忘れられてないみたいなんだよね」


 ……ん?


「“昔みたいにはならない”って言ってたけど、“嫌いにはなれない”とも言ってて……」


 言ってた。推しだったステラのことね。


「それって、もう恋人にはなれない、でもまだ好きってこと……だよね?」


 ……いや、え? ちょっと待て。


「だから、わた……じゃなくて、その子の入り込む隙間なんて、ないんじゃないかなって……」


 ……待て。

 待て待て、なに言ってんの!?

 オレの記憶にあるあの会話、ステラの話だったよな?


「もう推せないけど嫌いにはなれない」って、“元推し”の話で――


「この気持ちは……忘れたほうがいいのかもって」


 なんで、そうなる……!

 しかもオレ、あの場にいたのに。ユズハの記憶の中で消されてるよ。


「てか、そっち?」


 てっきり、シエルがリクさんに抱きついたほうを気にしてるのかと思ってた。


「そっち?」


「なんでもない」


 いったんね。

 いったん、落ち着こう。


 深く息を吸って、ゆっくり吐いた。


 ……ツッコミどころ、多すぎだろ。


 まず、推し配信者だったステラ(※過去形)が、ユズハの脳内では『リクさんの元カノ』になってるらしい。


 それで勝手に身を引こうとして、でも諦めきれなくて、ため息ついてる……っていう流れ。


 さすがに、想像力たくましすぎじゃないか? と、思うんだけど――


 ユズハの顔を見ると、今にも泣きそうな顔して、今度は傘型で生地をくり抜いている。

 本人としては真面目な、重大な悩みだ。


 乗りかかった、というより率先して乗りに行った船だ。


「うーん……オレってさ、悩むより先に動けってタイプなんだよね。だから、オレの場合の話をするんだけど」


 ちゃんと相談相手になる。あと誤解も、解く。


「まず、諦めるって選択肢はナシ。ダメそうでもとりあえず言う」


「言うって、その、……告白ってこと?」


「そうそう。もちろん勝ち目は考えるよ。だから”気になってる人”の好きなものとか調べるんだけど、ユズハ知ってる?」


「好きなもの? ……配信、かな」


「どんな配信が好きとかあるじゃん」


「えっと……」

 と言ってユズハは言葉を濁す。どんな配信が好きか、知らないんだろう。


 リクさんはステラの配信見てたくらいだから、ああいうバラエティ系の配信が好きそうだけどね。


「マナチャ投げるのは好きって言ってた」


 おお、いい方向に進んだ。ちょっとジャブを打ってみる。


「へー。リクさんもそんな感じだよな」


「へっ!? ……ち、ちがうよ? か、関係ないよ」


 露骨に反応されるとこっちも困る。


「あ、そう? まあ配信好きな人なんて いくらでもいるし」


 適当に流して――


「好きなものがわかったら話題に出して反応を見る」


「反応……」


「好きなものってそう変わらないだろ? ……いや、そういえばリクさんはたしか最近推しが結婚したとかで、さすがに変わってるのか?」


 と、わざとらしく情報を出してみる。


「……推し?」


「ほら、推してたお気に入りの配信者がいきなり不祥事とか、それこそ結婚とかすると推せなくなったりするじゃん」


「う、うん……あるね……」


「でもリクさんは嫌いにはなれないって言ってたっけかな? 思い出せないな〜あの配信者の名前」


 ユズハがだんだんと何かを考えるような顔つきになっていく。

 ……気づいてきた?


「あ〜思い出した! ステラだ! 有名だしユズハも知ってるだろ?」


「し、知ってる……え? ステラって……あの、ステラ?」


 ユズハが目をまん丸くして、数秒、固まる。


「え? え? だってステラって……」


 型を持つ手がプルプルと震えてるけど

 ユズハの顔が、みるみるうちに青くなり、そして真っ赤になる。


「じゃあわたし……勘違い……!」


「うん? なにが?」


「あ、う。 違う……わたし、じゃない」


「まあ、リクさんのは置いといて。その"友達"にアドバイスできるのは、動く前に諦めないほうがいいってこと」


「……うん……」


「話してみないとわかんないこともあるし。思ってたのと違った、みたいなことも」


「そうだね……」


 そう言うとユズハの手は星型で生地をポンポンとくり抜き出した。


 ユズハがしんみりとして、ホッとしたような顔になったのを見計らう。


「じゃあ、聞きたいんだけど。ユズハだったらどうすんの?」


「……え?」


「ほら。”友達”はわかんないけど、ユズハは告白すんの? って」


「し、し、しな! しない! 絶対!」


「な、にぃ? マジメに答えたのに」


「しないってば……! べつに、まだ……そこまでじゃない!」


 さすがにそれは嘘では?

 生地をくり抜く速さが爆速になってるし。


「アピールしないと永遠に気づかれないよ? それこそ、シエルくらい押さないと」


「……む、むり……」


 ユズハって、配信ではあんなに元気でトークも回せるのに、恋愛となるととたんに奥ゆかしくなるんだな。


 このギャップ、なんなんだろうなあ――なんて思いながら、星型の穴が増えていく生地を黙って眺めていると。


「ケイくん……どこから気づいてたの……?」


 どこから、って。


「最初から?」


「いじわるだよ……もう……」


 すねたような声。

 目は合わないけど顔は耳まで真っ赤。


 小さく、最後に呟いた。


「……ちょっと、気になってるだけ……」


 そう言って、ユズハは最後の一枚。

 空いたスペースの生地に、ぽすん、とハート型を押し込んだ。


◇◇◇


 そして――クッキーが焼きあがり、甘い匂いがキッチンにほんのり残るころ。


 ダンジョンの主が戻ってきた。

 ユズハはあたふたと立ち上がると、浮かれた足取りで出迎えに向かう。


「お、おかえりなさいっ」


 ユズハは、少しだけ期待をにじませて、クッキーの袋を差し出した。


「お腹、空いてますか? クッキー、焼いたんですけど」


 リクさんは受け取りはするものの、ばつの悪い顔になる。


「ありがとう……でも、今は、ごめん」


 まさかここで断りが入るとは。

 ……なにがあったんだ?


 空気が気まずくなったところで、リクさんは歯切れ悪く切り出した。


「いや、その……偶然、面白そうなクエストがあって」


 おやおや?


「金もなかったし……危なそうでもなかったから、軽い気持ちで受けたんだ」


 あらあらあら?

 この人やっぱすげーな、以前クエストはもうしばらく受けないとか言ってたのに。

 好奇心の塊かな?


「そのクエストが……大食い大会のアシスタントで」


 どーゆークエストだよ。

 たしかに面白そうだけど。


「終わったあとに、残った料理を分けてもらったんだけど……残したら罰金って言われてさ」


 罰金!? なにそのルール。

 やっぱりアブナイ。


「それで……」


 それで、たくさん食べちゃった。

 今、お腹いっぱい! と。


「あ、あはは……大変でしたね……」


 ユズハは笑顔が引きつってる。

 声に魂がこもっていない。


 そこへ、シエルがふわりと現れた。


「マスター、帰ったのね」


「あ、シエル。クッキー、食べるか?」


 そう言って、リクさんはほんとうに何の気なしに、シエルにクッキー袋を差し出す。


「ふうん?」


 当然なにも知らないシエルは、袋のいちばん上にあったハート型の一枚をひょいとつまんだ。

 そして、ぱくり。


「美味しいわ」


「よかった。俺もあとで食べるよ」


「ああ……うう……わたしも……ヨカッタ……デス……」


 って言いながら、首が折れたかってくらいガックシ肩を落としてる。


「え、ユズハ? 大丈夫か?」


 リクさん、気を遣うのはそこじゃないっす。


 ……ダメだ〜、これは。

 先、長すぎ。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

日常・ほのぼの・ラブコメを目指して書いてみました!


それでは、次回もどうぞよろしくお願いします!

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