表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/58

少し休んで自分を見つめ直すのよ

 俺は浅く息を切らしながら、じっとその場に立ち尽くしていた。

 勝負は決していたが、体の奥にはまだ張りつめたような感覚が残っている。


 しかし――。


「間に合った? 間に合ってない? どっちでもいいか〜」


 あまりにも場違いなラビの陽気な声に、わずかな緊張さえ簡単に吹き飛んでしまった。


「……ラ、ラビ……」


 なんとか絞り出した言葉はそれだけだった。


 目の前では、ヨウが膝をついたまま、あからさまに面倒くさそうに眉をひそめている。


 その後ろではケイが突然の来訪者に目を見開き、俺とラビを交互に見比べている。

 シエルはわずかに目を細め、ラビをじっと見つめていた。


 ラビは相変わらずにこにこと笑っている。

 その背後からユズハが、ラビを追い越すように一歩前に出てきた。


 困ったような、それでいて安堵したような表情を浮かべて、まっすぐ俺を見ていた。


「リクさん!」


 ユズハが駆け寄ってくる。その表情を見るに、朗報を持ってきたようだ。


「ユズハ、ラビが来たってことは、もしかして……」


「はい! 成功、しました!」


 よし――! 心の中で密かに拳を握った。


「……どういうことだ」


 状況を飲み込めていないのは、さすがにヨウだけらしい。


「結論から言うと〜、討伐をいったん保留にしよっかなって!」


 ラビはにっこにこの笑顔で、あっけらかんと告げた。

 その軽すぎる一言に、ヨウが深くため息をつく。


「ちゃんと説明しろ」


「ん〜、事情が変わったんだよ〜」


 ラビはにやっと笑いながら、隣に立つユズハへ視線を向けた。



 時は少し遡り、リクたちがグレンを迎え撃つすこし前のこと。


 街の中心部。

 大通りは相変わらず人の往来が激しい。


 そんな中、歴史を感じさせる重厚な石造りの建物の前で、小さく肩を落として立ち尽くす少女がひとり。


「はぁ……やっぱりダメ……」


 目の前にそびえ立つのは冒険者ギルドだ。堂々とした外観は周囲の喧騒を威圧するようで、余計に圧迫感がある。


 ユズハがここに来たのはラビに会うためだったが、ギルドの受付で待っていたのは無情な門前払いだった。


『まったくの部外者を理由なく監査役に会わせるわけにはいきません』


「……です、よね……」


 簡単には通してもらえないと分かっていたが、実際に目の前で扉を閉ざされると、やっぱり少しは落ち込むものだ。


(リクさんも『そうカンタンには行かないとは思うけど』って言ってたし……!)


 ユズハは軽く頬を叩いて歩き出そうとした。その瞬間――、


「きゃっ!?」


 後ろを通りかかった誰かとぶつかり、ユズハは声をあげてよろけた。


「す、すみません!」


「いえ、いいの。こちらこそ……」


 ぶつかった相手の顔を見たユズハは、思わず目を丸くした。

 そこには見覚えのある人物――エリカだ。


「あ、あれ……エリカ……さん、ですよね?」


「え? あなたは……リクと一緒にいた……」


 ユズハはここぞとばかりに前に出て、勢いよくエリカに詰め寄った。


「あ、あ、あの! エリカさん! どうしてもお願いがあって!」



 初めてまともに話すというのに、エリカは最初から最後まで真剣に聞いていた。


 事情を一通り説明し終えると、エリカは「そういうことね」と静かに頷いて、迷うことなく言った。


「わかった。私が案内しましょう」


「本当ですか!? あっ……ありがとうございます!」


「いいのよ。……私もラビさんには一度会ったくらいだけど、これでもまだSランク冒険者だし、通してはくれるはず」


 エリカはそう言って、ギルドの建物に向かおうと踵を返した。

 その背中を見つめて、ユズハは思わず問いかける。


「……どうしてわたしに協力してくれるんですか?」


 エリカは一瞬だけ足を止めた。

 振り返らず、視線をわずかに落とす。


「……出来心……」


「できごころ……?」


 ユズハが戸惑って繰り返すと、エリカは静かに振り返った。

 その顔には穏やかな微笑みが浮かんでいる。


「実は私……グレンのパーティを抜けたの。そして今日、ギルドからも抜けるつもりでここに来ていた」


「えっ……な、なんで……」


「グレンを止められなかった。パーティを立て直すこともできなかった。だからせめて、誰かの役に立ちたいと思ったの」


 エリカは胸元に拳を当てると、少しだけ俯いた。

 その表情は風になびいた金色の髪でよく見えない。


「……それは……エリカさんだけのせいなんですか? わ、わたしが言うことじゃないかもしれないですけど、でも……」


「いいえ。誰か一人だけの責任じゃないわ。……私たちには、もう少し違うやり方もあったのかもしれない」


 エリカはゆっくりと顔を上げ、ユズハの目を見た。

 その目が一瞬だけ揺れる。


「でも私は、そこにいたのに何も変えられなかった。それだけよ」


 ユズハは何か言わなければと思ったが、どんな言葉も軽々しく感じられて、ただ黙って立ち尽くすことしかできなかった。


 沈黙の中エリカは髪を軽くかきあげて、ふっと遠くに視線をそらした。


「……この出来心が、なにかの代わりになるとは思ってない。ただ、自分の中で区切りをつけたかったのかも」


 そして再びユズハの方を向くと、まっすぐに目を見つめて言った。


「ギルドを抜けるのは私なりのけじめ。冒険者を辞めるつもりはないけど、少し休んで自分を見つめ直すのよ」


 強い人だな、とユズハは思った。


 エリカの姿を見ていると、これから自分が向かうラビとの対話にも少しだけ勇気が湧いてくる気さえする。


「……さあ、案内するわね。行きましょう」



 ギルド内の一角。ラビの私室。


 この部屋には今、ユズハひとりだけが訪れていた。


 エリカは入り口まで案内してくれた後、『ここから先は私が立ち入れることじゃないから』とだけ告げて去っていった。


「それでエリカが口利いてここまで来たんだ〜! すごい!」


 デスクの向こうでラビは頬杖をつき、いつもどおりにゆるーく笑っている。


「それで、お話ってなにかな? おもしろ〜いはなし?」

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

とくに派手な回でなくとも、楽しんでいただければ幸いです。

コメントやお気に入り登録などしていただけると、とても励みになります。

それでは、次回もどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ