マスターの部屋?
リクとグレンが激突している、その頃――。
ダンジョン最奥の袋小路で、ヨウはじっと壁を見つめていた。
一見、何の変哲もないただの行き止まり。
だが、明らかにそこだけ雰囲気が違った。
(ここか? ラビが言っていた『扉』は……)
見えなくても、触れなくてもわかる。
ここだけ、魔力の流れが異様に歪んでいる。
あふれるような魔力。
壁の奥には間違いなく『何か』が存在する。
「とにかく、確かめるしかないか」
ヨウは腰の白鞘を抜き、素早く刃を振り抜いた。
放った魔力の斬撃が壁に吸い込まれようとした瞬間――
床から土の壁が盛り上がり、あっけなくそれを阻んだ。
「……誰だ」
ヨウが振り返ると、シエルが静かに微笑んでいた。
シエルが口を開く。
「そこはマスターの部屋。荒らされたくないわ」
「……マスター?」
ヨウが眉を寄せる。
見覚えがある。グレンたちと進むあいだに見かけ、そのたびダンジョンに異変を起こしてきた少女だ。
「悪いが仕事だ。済んだらすぐ帰る」
「聞いてなかった? ……荒らされたくないって」
シエルが冷たく告げた途端、ヨウのいる床が割れ、黒い杭が襲いかかった。
「!」
跳び退きざま、ヨウの目に殺気が灯る。
「……仕事の邪魔をするなら排除しないといけないが」
「ふふ。できるかしら?」
少女の挑発に乗り、ヨウは迷わず突進した。
白鞘の刀身が鋭利な弧を描き、シエルへ襲いかかる。
しかし、その一撃は床からせり上がった壁にあっさり弾かれた。
「っ!」
即座に踏み込み、別の角度から再び斬りつける。
だが通路の壁が波打ち、またもや攻撃を拒んだ。
「ちっ……」
「言ったでしょう?」
ヨウは諦めず、幾度も攻撃を重ねた。
だがそのすべてを、動く壁や床がことごとく防ぎ切る。
ならば、とヨウは瞬時にシエルの背後を取った。
完全に死角を突いた一撃――それさえも、床から生えた黒い杭に遮られた。
「……どこからでも防ぐってわけか」
「ここで起きることなら全部わかるもの。あなたは私に触れることすらできない」
シエルが笑うと同時に、ヨウの足元が裂けて杭が飛び出した。
反射的に避けるが、一本が肩をかすめて鋭い痛みが走った。
「なるほど、割に合わない」
今、この少女を倒すのは不可能に近い。
ここは完全に、シエルの領域だ。
「……無駄な戦いは趣味じゃない」
すぐに目標を切り替え、ヨウは壁の奥の『扉』を睨んだ。
「抵抗すると傷が増えるだけ。大人しく捕まって……」
シエルが言い終わるより早く、ヨウはぐっと腰を落とし、刀を一気に振り抜いた。
カキン、と澄んだ音が響き、一拍おいて青白い魔力の刃が『扉』のある壁へと勢いよく飛んでいく。
シエルはとっさに壁を作り直すが、今回の攻撃はまるで違った。
魔力の刃は壁を容赦なく破壊し、その奥の『扉』へぶち当たり亀裂を生む。
一瞬、扉らしきものが見えたと思った。
が、すぐに亀裂はぐにゃりと歪み、再び壁の中へ吸い込まれるようにして消えてしまった。
「だめか」
「……威力を上げられるなんてね。でも簡単には破れないのよ」
「なら、もっと大きな仕掛けを用意するだけだ」
「……そんなこと、許すと思う?」
シエルが再び手をかざした。
その合図で床や壁、天井から無数の黒い杭が飛び出し、ヨウを一気に飲み込もうと襲いかかった。
ヨウは間一髪で回避しながら、刀を床に向けて振るう。
魔力の刃が走り、いびつな文様を次々と刻んだ。
「落書き……? やめて。これ以上、ダンジョンに傷をつけないで」
「おれだって好きでやってるわけじゃない」
シエルがさらに杭を放つが、ヨウが切り払うとそれは霞のように消える。
「……あの幻術か」
「終わらせましょう。 マスターとの約束だから、ちゃんと無力化だけにするわ」
シエルは余裕を崩さず、猛攻を続けた。
幻術と実体を織り交ぜた黒い杭が、ヨウの逃げ場を奪っていく。
ヨウは攻撃を辛うじてかわしながら、それでもまだ床に何かを刻もうとしている。
「これで……っ!」
そう言ってヨウは魔力の刃を床へ叩きつけた。
だがその瞬間、ようやく黒い杭がヨウの腕を捉える。
引きずるようにしてシエルのもとへ手繰り寄せる。
「さぁ、捕まえた」
シエルは確信を込めて告げた。
もう終わりだと。
だが、ヨウの瞳に諦めはなかった。
「……いや、まだだ」
「何をする気……?」
「ラビみたいな精密な術式は書けないんだ。仕上げはこうするしかない」
シエルが戸惑った刹那、ヨウは迷うことなく白鞘を振るった。
刀身から放たれた魔力の刃の軌道は、床に刻まれた術式、『落書き』に直撃した。
「単純な術式でも、これだけの魔力なら爆発だけで十分だろう。……威力の調整まではできないが」
――魔力の流れが、ここだけ異様に歪んでいた。
あふれんばかりの魔力が渦巻くこの場所なら、その力を巻き込んで爆発を起こせると踏んだのだ。
「爆発って、そんな――」
シエルの思考が、一瞬止まった。
直後――凄まじい爆発が巻き起こる。
閃光が部屋を白く染め、轟音が空間を埋め尽くした。
とっさに扉を守ろうとしたシエル。
しかし、視界の隅でヨウが巻き込まれる姿がちらついた。
(マスターが望むのは無力化だけ……死なせるわけにはいかない)
その葛藤に応じるように、ダンジョンが自律的に動き出す。
床が激しく隆起し、ヨウを包み込んだ。
だが、その反動でシエル自身への防御が遅れることまでは予測していなかった。
壁も、床も、天井さえもが揺れ砕け、猛烈な爆風に削り取られる。
その衝撃に巻き込まれ、シエルは軽々と吹き飛ばされた。
「ぁくっ……!」
自動的に床が盛り上がって身体を受け止めるが、衝撃までは完全に吸収できない。
シエルは全身に鈍い痛みを感じ、苦しげに顔を歪める。
一方のヨウもまた、爆風によって壁際へ吹き飛ばされていた。
シエルが庇ったとはいえ、背中を強く壁に打ちつけている。
顔や腕には細かな擦り傷が残り、軽く頭を振って意識を取り戻した。
「くそっ、やりすぎた……」
徐々に爆煙が収まり、視界が晴れてくる。
ふらつきながら身体を起こしたヨウは、ちらりとシエルを見やった。
「……敵を守ってどうするんだ」
小さく呟くと、ヨウはゆっくり扉の方へ視線を向け――その表情がみるみる変化する。
「――なんで、こんなところに……」
そこへ、慌ただしい足音が近づいてくる。
「シエル! 大丈夫か……!?」
駆け寄ってきたリクとケイの姿をぼんやりと見上げ、シエルは目を伏せた。
「マスター……問題ないわ。少し、ころんだだけ」
体を起こそうとするシエルの肩を支えるリク
「ころんだって……そんなわけないだろ!」
「じっとしてろ、無理するな。 ……何があったんだ?」
「……私が、油断したから」
消え入りそうなシエルの声に、リクは一瞬言葉を詰まらせる。
「いいよ……とにかく今は休んで。ケイ、シエルを頼む」
「あ、ああ……! 任せろ」
ケイが慌ててシエルの肩を引き寄せると、ようやくリクはヨウの方へ鋭い視線を向けた。
一触即発かと思われたが――
当のヨウは扉の奥を呆然と見つめたまま、まったく動かない。
重い沈黙が流れ、やがてヨウが掠れた声で呟いた。
「お前……なんでここに、こんなものがある」
「……え?」
ヨウがゆっくりと振り返り、リクを見つめる。
その目は混乱と困惑に満ちていた。
「これは……おれとラビが攻略を諦めた、あのダンジョンそのものだ……」
O(:3 )~ ('、3_ヽ)_
次は遅れないようにガンバリタイ...
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