今度は幻じゃない
ダンジョンを進むグレンのパーティは、リクの狙いどおりニールとカリンが分断される。ケイは耐魔ペンダントと魔力封じの縄を駆使し、根性でニールを制圧。シエルは蜘蛛の幻術でカリンを追い詰めつつも、リクとの「やりすぎるな」という約束を思い出し、動きを封じるにとどめる。仲間を次々と失い苛立つグレン、そして別行動中のヨウはこの先どう動くのか。
ヨウはひとり、ダンジョンのB1Fを進んでいた。
グレンと別れたあと、ラビに頼まれた“扉”の手がかりを探して、あちこちを歩き回っていた。
しばらくはトラップに身構えていたが、拍子抜けするほど何も起きない。
やはり、グレンたちを狙った仕掛けだったのだろう。
そう思った矢先だった。
通路の先、床がまるごと抜けていた。
両端の壁はそのまま続いているのに、床だけがごっそり消えている。
いわゆる落とし穴──だが、対岸までは、普通のジャンプでは届かない距離だ。
また幻のトラップか。
半信半疑で近づいた瞬間、ガチャン、と金属の音。
床と壁の境目から仕掛け板が跳ね上がり、穴を蓋のように塞ぐ。
さらに一歩踏み出すと、今度はバタンと戻り、再び穴が現れた。
ヨウはその動作を静かに観察する。
一定の位置に立てば塞がり、離れればまた開く──どうやら、そういう仕組みらしい。
目を凝らすと、穴の中央、壁のあたりに何かが突き刺さったような痕が残っていた。
深く抉れたその形に、見覚えがある。グレンの大剣だ。
これまでのグレンパーティが分断された順番を思い返す。
予定どおりなら、最後まで一緒にいることのは、グレンとエリカ。
この仕掛けは、おそらくふたりを引き離すためのものだ。
壁の痕を見る限り、グレンはすでに渡ったあと。
ならば、トラップはすでに発動した後と考えていい。
ここを超えないわけにはいかない。
ヨウは軽く息を吐き、白鞘に魔力を込める。
助走をつけて、一気に跳躍した。
宙に浮いた瞬間、壁に刀身を突き立てる。
身体を振り子のように揺らし、勢いを乗せて向こう岸へ跳び移った。
足が着地した直後、背後からぱしゅんと軽い起動音が聞こえた。
「……なるほど」
この仕掛けは、先に渡った者ではなく、残された者を転移させる構造だ。
床を出現させている間に一人を渡らせ、渡りきった瞬間、後ろに残っていた者が飛ばされる。
もしグレンとエリカがここを通ったのなら。
そしてエリカが「先に行って」とグレンを優先したのなら――
飛ばされるのは、エリカだ。
思い返せば、彼女は誰よりも仲間を気にかけていた。
あの酒場でも、真っ先に心配そうにグレンを追っていた。
「……エリカなら、グレンを先に行かせるだろうな」
まさに、性格を読みきったトラップだった。
やがて、通路の奥へと進んだヨウは、立ち止まる。
渡った先の通路は、あっけないほどすぐに行き止まりだった。
「扉って、本当にあるのか?」
壁に手を当て、小さく息をついた。
改めて見回すが、何かが隠されているような気配はない。
途中、いくつか曲がり角はあった。だが仕掛けらしいものは見当たらず、感覚としても、ずっと奥へ奥へと進んできたはずだ。
階層の変化もなかった──それなのに。
なにかが、違う。
ラビの話では、「快適そうなダンジョン」だった。
だが、実際に踏み入れてみれば、その印象は遠い。
ダンジョンが変わった、と考えるしかなさそうだが。
たしか、ニールも「魔力の流れが妙だ」と言っていた。
こうして状況が積み重なってくると、あながち聞き流せない。
……そういえば。
最初にダンジョンの入口で見た黒い壁には、明らかに魔力の防護が施されていた。
少しでも攻撃を加えれば、弾き返されそうなほどの圧力を感じたはずだ。
だが、さっきの壁は違った。
剣であっさりと傷が入っていた。
ヨウは無言のまま白鞘に魔力を込め、目の前の壁へと一閃。
石の表面がさくりと裂け、刃が深々と食い込む。
防護の手応えは、まったくない。
ヨウは眉をひそめ、静かに白鞘を握り直した。
◇
カリンの檻の前で、シエルはふと異変を感じた。
ダンジョンの壁に、何か強い衝撃が何度も加わっている。
しかも一度や二度ではない。
誰かが意図的に攻撃を仕掛けている――そうとしか思えない規則的な振動が伝わってくる。
「……誰かしら。やめてほしいわ」
小さく呟いたシエルは、そっと檻から離れる。
そして衝撃の原因へ向かい、静かに歩き出した。
◇
リクはダンジョンB1Fの広間に立っていた。
ここは、グレンが最終的に辿り着くと想定して作成した場所。
そもそも最後のトラップでグレンを一人にする作戦だったが、グレン自身が仲間と離れて行動し始めてくれた。
「……おかげで、トラップを使うまでもなかったな」
リクは小さく呟き、配信スペースから移動してきたばかり。
ヨウの存在は予想外だが、それでもグレンとヨウの両方を同時に相手取るのは厳しいと判断している。
まずはグレンを倒し、そのあとでヨウへ対処するしかない。
広間の奥、反対側の通路。
そこに見慣れた影がゆっくりと姿を現す――グレンだ。
リクは相手を射すくめるように見つめ、低く告げる。
「今度は幻じゃない」
言い終わらないうちに、グレンがいきなり間合いを詰めてくる。
鋭い踏み込み――そのまま大剣を振り下ろす勢いが凄まじい。
リクはひとつ息を飲みながらも、寸前で身を翻してかわす。
即座に反撃に転じ、拳に魔力を込めて打ち込むが、グレンも大剣の柄で軽々と受け流した。
硬質な衝撃が火花を散らし、ふたりは互いに距離を取る。
息を整えながらリクが再び構えを取り、静かに言い放つ。
「……決着をつけよう」
グレンは苦々しげに目を細めた。
「味方を一人ずつバラしてしか戦えない……臆病者が」
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