冒険者ってつらいな
グレンたちが乗り込んでくる少し前。
1Fにある配信スペースで、俺はケイに切り出した。
「実を言うとニールの対処はすごくシンプルなんだ」
「ホントかなー?」
「ニールはパーティの火力担当。一撃必中の高威力魔術で大物を仕留めるタイプだ。手順は単純で、まずターゲットに刻印を施す。そのあと魔力を溜めてぶっ放す。……必ず当たる。当たったら死ぬ」
「……ダメでしょ!」
即座にツッコむケイ。だが俺は気にせず説明を続行した。
「もちろんデメリットもある。攻撃がとにかく遅いんだ」
「はあ」
「威力を出すために複数の術式を重ねる必要があって、そのうちどれか一つでも失敗したら不発。……そもそもニールは、仲間が守ってくれるからこそ成立する戦闘スタイルなんだよ」
実際、あの特大魔術は見栄えがいい。ダンジョンの攻略配信では毎回最後の花火のように扱われていた。
刻印が徐々に重なっていく様子がカウントダウンめいて盛り上がるし、締めの一撃でモンスターを爆散させるシーンに視聴者は熱狂。あれがニールの見せ場だった。
「で……オレはどうしたら?」
ケイが不安そうに首をかしげたところで、俺は懐から2つの魔道具を取り出す。
「はいこれ。シエルに作ってもらった縄とペンダント」
「お〜」
ケイはそう言いながら、さっそく縄を触りはじめる。
一見するとただの丈夫なロープに見えるが、よく見ると細い文字のような模様が走り、じんわりと光を帯びていた。
「これでニールと追いかけっこしてほしいんだ」
「……なんて?」
「ニールと追いかけっこして、この縄で捕まえるんだ。これは相手に触れた瞬間、起動して拘束すると同時に魔力を封じる効果がある。一度でも縛れれば、ニールは魔術を使えない――できるか?」
「いや、なんで!? だったら最初から、魔力を使わせないエリアとか、大掛かりなトラップとか仕込めばいいんじゃないの? わざわざ追いかける必要ある?」
と、横からシエルが当然のように口を挟む。
「空間での魔力封じは、術者の魔力が相手より上回っていないと効果がないの。そんなエリア、いまの魔力量じゃ作れるわけないわ」
「……財政状況の問題かよ」
「今は魔力量がカツカツなんだ……。それにトラップはニールの得意分野だから、ただ仕込むだけじゃ相性悪くて」
「えぇ……」
「縄なら物理的に拘束できるし、攻撃される前にどんどん接近して追いかけ回すっていう体力勝負に持ち込んだほうが確実なんだ。ケイ、そこそこ体力あるだろ? 畑仕事してたし」
「畑、関係なくない……? こっちのペンダントは何?」
そう言ってケイはペンダントをつまみ上げる。
中央に埋め込まれた石には細かな模様が刻まれていて、光の角度によって浮かび上がる形が変わるのがわかる。
「対ニール用に作った耐魔のペンダント。ニールも自分が接近されると弱いのは知ってるから、緊急回避用の魔術くらいは使う。威力は低いけど、下級モンスターなら一撃で消し飛ぶくらいには痛い」
「……いや、消し飛んでるじゃん」
「だからこれで被害を軽減する。もちろん完璧にはできないし、熱湯くらいの痛さは残ると思うけどそこは……我慢とか、慣れとか……」
俺はケイの肩をポンと叩き、ぐっと親指を立てる。
「気合だ!」
「最後だけ強引すぎ! 地獄!」
「本当に危なくなったら離脱してもいい。けど、こういうのは踏み込んでく度胸だよ」
「……冒険者ってつらいなー……」
――そして、いまに至る。
杖を握るニールの動きは速い。
迷いなく魔術を撃つつもりだと、見ていてはっきりわかる。
「あーっ! 待って、ちょっと待ってマジで!」
ケイは自分に言い聞かせるように叫ぶと、ニールへと走り出す。
――瞬時に、ニールが緊急回避用の魔術を放った。
朱色の魔力がケイに直撃し、火花じみた閃光を上げる。
「……あ”っ……? ……つ! 熱っ!」
ケイは腕や肩をバタつかせながら、火の粉を払い落とそうとしている。
にもかかわらず、地面に転がったり悲鳴を上げたりする様子はない。
どうやら大ダメージには至っていないらしい。
(よし、ペンダントがちゃんと効いてる)
ニールの緊急回避用魔術は、もともとそこそこ強力だ。
なのにケイが慌てふためく程度で済んでいるから、ニールも違和感を拭えないのだろう。
「熱いで済むか……! 本来ならもっと……!」
辺りを警戒するように見回しながら、ニールはトラップを疑っているようだ。
その視線がケイのペンダントに触れた瞬間、目を細めて小さく呟く。
「あのペンダントか……!?」
一方、ケイはめげる気配もなく、再びニールへ突っ走り続けた。
ニールは後退しながら、もう一度魔術を撃ってくる。
しかしケイは「うわっ、あっつ!」と短く悲鳴を上げるだけで、大きく怯むことなく距離を詰めていく。
付かず離れずの攻防で、今のところこちらの作戦どおり体力勝負に持ち込めているようだ。
◇
一方、そのころの配信スペース。
モニターに映るケイの慌ただしい様子を眺めながら、シエルが小さく呟いた。
「言ったとおりになっているわね」
シエルは背を向けたまま、モニターを見つめている。
「ああ……次はカリンだ。カリンのことはシエルに任せたいんだけど……平気か?」
「もちろん」
「カリンの弱点については説明したとおりだけど、大丈夫か?」
「ええ、マスターの命令なんだから、ちゃんと覚えているわ」
「やりすぎなくていい。大丈夫だと思うけど……」
そう言いながら、俺は何気なく言葉を継ごうとする。
――だが、そのとき、背中越しに低く抑えた声が聞こえた。
「……さっきケイには気合とか言って厳しくできたくせに、私にはずいぶん甘いのね」
その言い方にはどこか棘が混じっている。
思わず目を見張ってしまう。
「いや、そんなつもりは……」
「……そうかしら」
一瞬、苦笑ともため息ともつかない息を吐きながら、シエルはゆっくりと振り向いた。
その顔には、わずかに苛立ちと寂しさが入り混じっているような気がした。
「……私、ただの人形じゃないのよ」
「え」
背を向けていたはずの彼女が一歩近づいてきて、困惑している俺をよそに言葉を続ける。
「あなたは私を守ってくれると言ったわ。それは嬉しかった。だけど……」
そのまま俺の頬にそっと手を伸ばした。
「それだけじゃ、つまらない」
驚くほど温かい掌。
さらにシエルはゆるやかに体を寄せてくる。
「シ、シエル……」
耳元にシエルの唇が近づく。
ふわりと揺れた白い髪が頬をかすめ、ほんのり甘い吐息を感じた気がした。
「あなたの命令があれば私はなんでもしてあげられるのに」
その一言に、思わず息をのむ。
「だからもっと私を使って、もっと必要として、マスター」
「……い、いきなりどうしたんだよ……」
目の前にある彼女の顔が、いつになく艶やかに見えた。
シエルはふ、と悪戯めいた笑みを浮かべて身を引く。
「……別に。少し拗ねてみただけ。ああ、『カリンの無力化』は任せてね」
そう言い残すと、シエルは数歩後ろへ下がる。
ぱしゅん、と軽い破裂音とともに、その姿は霧のように消えていった。
ただ、消える直前の寂しげな微笑だけが、俺の目に妙に鮮明に焼きついていた。
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