いったん、降参してもらうとか、アリ?
ラビにダンジョン奥の“怪しい扉”を目撃されたことで「危険ダンジョン」に指定され、討伐依頼が出される。受けたのは、リクを恨む元仲間のグレン率いるSランクパーティだった。
シエルはダンジョンと一体化しているため、強制退去されるとダンジョンごと消滅してしまう。そこでリクはユズハ、ケイ、シエルと共にB1Fを改造し、討伐パーティを迎え撃つ作戦を立てる。
「ケイ、まずはニールからだ。先に誘導先の部屋に行って待っててほしい。上手くいけば、一対一になるはずだ」
「ニールって、あの魔術師っぽいヤツですよね」
「そう。ニールは索敵とかトラップの解析も得意だから放っておくと全部見抜かれる。だから最初に無力化したい」
「たしか攻撃で火力も担当してるんでしたっけ? オレ勝てんのかな〜? やるしかないけども」
ケイは言い捨てると、床の一部を指さして「ここ?」と呟き、その上に乗った。
すると、ぱしゅん、という転移トラップの軽い音とともに、ケイの姿はかき消える。
「じゃあシエル、予定通りに」
シエルは小さく息をつき、空中に手をかざした。
◇
時を同じくして、グレンたちはB1Fを進んでいた。
B1Fは、いわゆる“ダンジョン”という装いだった。
土色のレンガ壁が延々と続き、ところどころに太い柱が立っている。柱の上には松明が等間隔で灯され、揺れるオレンジの火が通路をぼんやりと照らしていた。
細い通路が縦横に入り組み、迷宮のような構造は冒険者にとっては見慣れた定番だ。
ただし、床にはところどころ妙な文様が走り、ゆっくりと明滅している。
カリンが、奥を見回しながら口を開く。
「ラビって人から聞いてた情報と全然ちがう。……少し慎重になったほうが――」
「こんなもの初心者用のダンジョンだ。怯む必要はない」
カリンの提案を遮るように、グレンが言い放つ。
ニールが何か言いかけるものの、ヨウが割り込んだ。
「聞けよ。事前情報と食い違うってことは、わざとやってるんだ。意図があるはずだ」
「オレはいろんなダンジョンを攻略してきた。何があっても対応できる」
ニールとカリンは不安そうに周囲を見回し、ヨウは静かにため息をついている。
だが、グレンは二人の様子など構わずに歩を進めた。
――と、そのとき。
ダンジョン全体がゴゴゴ……と小刻みに揺れ始める。
全員が状況を確認する間もなく、グレンは即座に声を張り上げた。
「ニール! 何が起きてるか探れ!」
「……え……わ、わかったよ」
「カリンは後ろを見張れ……!」
長年ダンジョンを渡り歩いてきた者のクセか、グレンの指示は早い。
ニールは慌てて杖を地面に突き立て、術式を組もうとする。
揺れが増幅していく中、ダンジョンの壁がぐにぐにと曲がり、波打った。
「なんだ……?」
グレンの表情が険しく変わる。ヨウが短く息を吐き、壁の動きを睨む。
「だから言っただろ。何か意図があるんだ。……あんなふうにダンジョンが動くのか?」
数秒もしないうちに、ニールが眉をひそめた。
「……このフロア全体に、妙な魔力の流れが……おかしい……」
「いいから対応しろ!」
グレンの怒声がニールの言葉を遮る。
本来なら床に術式を書き込み、安定した効果を狙うのがセオリーだが、そんな暇はない。
グレンに急かされるまま、ニールは頭の中で術式を強引に組み上げ、杖を床へ強く突き立てて構え直す。
「っ……これで!」
魔力を一気に注ぎ込んだ――その瞬間。
床に走っていたいく筋もの文様が、まるで生き物のようにズルズルズルッ!とニールの足元へ一気に収束する。
そして何本ものツタのように床からうねり出た。
「! な……」
異変に気づくより早く、ツタの塊が一瞬でニールの身体を包み込む。
目も眩む閃光がはじけて――
ぱしゅん。
軽い破裂音とともに、ニールの姿はそこから掻き消えた。
慌てる間もなく、一人だけどこかへ転移されたらしい。
「……え?」
カリンが呆気にとられた声を漏らし、グレンも固まっている。
ヨウは淡々と周囲を見渡すと言った。
「あいつだけ飛ばされた。……狙い撃たれたな」
一方、グレンは拳をきつく握りしめたまま沈黙していたが、やがて低くつぶやく。
「……先に進む」
それだけ言い残し、グレンは踵を返した。
◇
モニターの映像越しに、ニールが消えたのを確認すると、俺は小さく息をつく。
「よし……狙い通りだ」
事前に対ニール用の仕掛けを施しておいた。俺が考えた術式を、シエルがダンジョンに組み込んだ。
ニールが大量の魔力を注ぎ込む瞬間こそが狙い目。それをトリガーに転移を発動させる、一回きりのトラップである。
グレンのパーティでダンジョンの解析や索敵を任されているのはニール。
だから、異変が起これば必ずニールを動かすだろう──そう考えて、わざと“普通の迷宮”に見えるようにした。
経験豊富な冒険者ほど慣れや先入観が生じて、動きが読みやすくなるからだ。
結果は案の定、ニールはグレンに急かされるまま対応しようとして、トラップに引っかかった。
「……あとはケイがうまくやってくれれば……」
◇
ニールが気づいたとき、そこは広い円形の部屋だった。
壁も天井も灰色のレンガで組まれ、中央に立つとぐるりと見渡せるほどだだっ広い空間。
罠らしきものも見当たらず、障害物ひとつない。
出入口らしき扉は部屋の端にひとつだけ。
その前で、ケイが背中を向けて立っている。
「……ん?」
ケイは振り返ると、そこに現れたニールを見つめ、思わず目を丸くした。
そして短く息をついて、苦笑いを浮かべる。
「うっわ。まさかこっち側に出てくるとは……読みが外れたわ」
そのまま顔をしかめながら、ケイは杖を構えるニールへ視線を向けた。
「どーも、ケイです。相談なんだけど……いったん、降参してもらうとか、アリ?」
ニールは一瞬迷うように口ごもったが、すぐに目を上げてしっかり応じる。
「……それは、無いと思う」
「……っすよね!」
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