何時間待たせる気ですか!
狙いすましたように、ラビのウサギ斬撃が飛んできた。
「あああー! 逃げ場が!」
ユズハの声が緊張を帯びる。四方同時にウサギが来るのがわかる。
(タイミングさえずらせば……!)
そのとき、床がふわりとわずかに盛り上がって煙ウサギたちの動きが乱れる。
俺は脚に溜めた魔力を一気に放ち、群れを吹き飛ばす。
一瞬、膨れ上がった白い塊が“壁”のようにウサギ斬撃の進路を遮った。
そのわずかな間隙を逃さず、体を沈めて滑り込む。
片手を床に添え、体をひねって低い姿勢のまま——斬撃の下をくぐり抜けた。
耳型の刃が頭上をかすめ、風圧が髪を揺らす。
そのまま勢いに乗って第二セクションの回転床エリアも突破する。
(よし……抜けた!)
すれ違いざま、ちらりとシエルのほうを見やれば、シエルは一瞬だけこちらに視線を投げたような気がした。
「今のは当たったと思ったけどな〜?」
「ちょっと! ぜんっぜん解説してないですけど!? つーかオレが苦戦したセクション、当たり前にクリアしてるし……傷つくわ!」
ケイがそうぼやく間に、俺はラビのいるスタート地点へ一気に距離を詰める。あと一歩でラビにタッチできそうだったが、さすがにラビもかわした。
同時に術式へ注ぎ込んでいたラビの脚が離れて、煙ウサギがやむ。ラビと俺が一対一の形になった。
ラビは「やば〜」という顔をしつつも悪びれない。
「あっという間に詰められちゃったなあ〜。でも近づいたほうがラビちゃんのほうが有利かもよ?」
ラビが楽しそうに声を上げながら、短剣をゆるりと下ろして構えている。隠し玉があるのかもしれない。
俺は床に目線を落とした。
「……近づかないで仕留める」
ここは確実にいきたい。
しゃがんで、床に手をつく。
そこにはさきほどラビが発動させていた術式。
一気に魔力を流し込む。とはいえ、ただ注ぐだけじゃない。魔力の循環を一瞬で早め、圧縮したうえで手の一点に集める――普段、拳に使う術式を応用して大量の魔力を叩き込んだ。
床からウサギの煙がどっと湧きあがり、一瞬でラビの頭上をゆうに超える巨大な塊になった。
山のように盛りあがった白いモフモフが、そのまま雪崩みたいにおそいかかる。
「……っにゃー!?」
ラビもさすがに抱えきれず、大量の煙ウサギに埋もれるように倒れこんだ。
俺は軽くラビの肩に触れ、子どもみたいに笑って言う。
「……タッチ、だな。……はは、俺の勝ち」
ラビは「……負け、ちゃったー!」と楽しそうに言いながらウサギに埋もれている。
すぐ後ろではケイが「おお〜!」と興奮気味でユズハも拍手しながら「すごい……!」と声を上げた。
一瞬の勝負だったが、コメントの盛り上がりはすさまじい。
『ふたりともすごい!』
『かわいいが怖い』
そんな言葉がどんどん流れ、マナチャが投げられる様子が画面にも映っているのがわかる。
(配信としては成功……って言っていいよな)
俺がユズハにちらりと目配せすると、彼女も嬉しそうな笑顔で応えてくれた。思わず俺も笑い返す。
「あ、こんな感じで書いてある術式は誰でも使えるから気を付けたほうがいい」
「え、そこ? オレ、こんなの絶対無理じゃね? 二人がやってることほぼわかんなかったけど」
「そ、そうか……つまり……」
実際、イメージの世界で術式を組み立てないと使いこなせない部分があるし、結局できるアドバイスは……
「まあ……練習だよ。地道にな」
「身もふたもねぇ!」
配信が終わり、ケイとユズハが機材の片づけに取りかかる中、そっとシエルに近づいた。
「シエル、もしかしてゲームの途中で……手を貸してくれたのか」
「ええ、少しだけ。 ちゃんと目立たずにね」
「助かったよ」
俺がそうつぶやくと、ラビがうさぎの山からぽんと這い出してきて「いや〜久々に楽しかったなあ!」と元気よく声を上げた。
「帰ったら配信アーカイブ見ようかな〜。そんでマナチャも投げとこっか?」
「それだと嬉しいな。 俺も楽しかったよ。」
そう言い合って、場の空気が和んだところで――突然、B1Fの入口あたりから乱暴な足音が響いてきた。
「ちょっと! ラビさん!? 何時間待たせる気ですか! すぐ戻るって言って配信してるとか意味わかんねえし!」
颯爽と現れたのはハヤトだった。ケイとユズハ、そして俺は、思わぬ人物の登場に目を丸くする。
「え……ハヤト? なんで?」
「ごめーん! 完全に忘れてた☆ いやあ、配信が楽しすぎてさ〜?」
ラビが頭をかきながらおどけてみせるが、ハヤトは血管が浮かぶほどイライラしている様子。
「ダンジョンコアがあるかどうか調査するだけでしょ!? ちゃんとやってくださいよ!」
ハヤトの言葉に、俺たちは思わず顔を見合わせる。
「……ダンジョンコアを調査って……もしかして匿名の通報って、ハヤトが……?」
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
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