ラビは悪いやつじゃない気がする!
俺とユズハはB1Fへと向かった。
ここは、以前ケイと一緒に攻略配信を行ったアスレチック風コースがそのまま残っているフロアだ。
もともとは複数のエリアや通路が区切られていたのだが、大胆に仕切りを取り払った結果、B1F全体が一本の縦長のステージのようになっている。
入口付近をスタート地点として、ゴールまで第一セクションから第五セクションまで障害物が連続しており、ちょっとしたアトラクションさながらの造りだ。
そのスタート地点はわりと広めに設計されていて、俺たちはそこで集まっていた。
ケイは配信の端末をあれこれ弄りながら、シエルはそれを眺めていて、ラビはフロアを興味津々に見回してた。
「さっきの1Fにも配信スペースあったよね?」
ラビがこっちに気づいて声をかけてきた。
「きれいで、よく整備されたダンジョンだよねぇ?」
「え? ああ……どうも……」
俺は曖昧に返事をする。ダンジョンコアがないと主張した手前、こうして監査役に隅々まで見られるのは落ち着かない。
だけど、ラビはまるで違うことを考えているようで、ニコニコ笑いながらコートの裾をひらひらさせていた。
「……こんなとこで配信できるなんて、めっちゃ楽しいだろうね〜! 配信者が生き生きやってるの見るの、ラビちゃん大好きでさぁ!」
――な、なんだって……!
ギルドの監査役といえば、もっと堅苦しい人間を想像していたが、ラビは配信を愛しているらしい。その考えに、不思議なときめき(?)と嬉しさが込み上げてくる。
「あ、ああ……いいですよね。俺もわかります……!」
「だしょ〜? 推しが楽しそうにわちゃわちゃしてるのを見るだけで幸せだし、マナチャもつい弾んじゃうんだよねぇ!」
「……!」
同じような考えを持つ人が、よりにもよってギルドの監査役にいるなんて――。
胸が熱くなって、思わず目頭を押さえながら噛みしめるように頷く。
「……ですよね……!」
俺がしみじみと同意すると、ラビはそれを見て「まさか同志〜?」なんて言いながら明るく笑う。「にゃはは、いいよねぇ! それとさ、敬語やめてよー!」と手を振った。
……ラビは悪いやつじゃない気がする! いや、ダンジョン監査自体、悪ではないのだが。
――でも、その光景を見たユズハが、小さく「リクさん……」と呟く。振り返ると、彼女はすこし寂しそうな表情だ。
「……はっ。配信、ちゃんとしないと」
我に返ったところで、後ろからケイが声を上げる。
「配信、準備できたっす!」
今回は特訓ということもあって、フロアのスタート地点には全員が立ったままスタンバイしている。カメラはスタンドで固定され、そこに映し出される形だ。
少し前にユズハにスカーフを巻かれたシエルが、こっそり俺に話しかけてくる。
「マスター、私はあまり目立たないほうがいいんでしょう?」
ダンジョン監査の事情はわからないまでも、さきほどの俺たちの反応からなんとなく察したらしい。
「ラビがいる前で下手なことはできないな」
「ふふ、なら私、見守っておく。 何かあったらこっそり助けましょうか」
シエルが意地悪そうに笑うのを見て、あまり良い予感はしないが、ともかく釘を刺すしかない。
「……ありがたいけど、なるべく目立たないように……」
それからユズハに声をかける。
「ユズハ、いつもどおり司会を頼む」
「は、はい!」
ユズハが気を取り直して魔導端末へ向き合い、大きく息をついた。
「みなさーん、こんにちは! 本日は“魔力での戦い方講座”をお送りします! あと今日は、サプライズゲストにギルドから来たラビさんもお招きして、ケイくんがいろいろ学んでいく様子を配信しますよ〜!」
ユズハの呼びかけに合わせるように、ラビが手を挙げて名乗りを上げる。
「やっほー! ギルドのラビちゃんでーす。冒険者のランクはSまであったから、そこそこ強いぞ〜! もしギルドに寄ったら連絡ちょうだいね!」
コメントには、さっそく興味を示す声が飛んでいた。
『なんかすごい人来てる』
『ギルドの人?』
「それでケイくん、どんな戦い方をしたいのかな?」
「そっすね、やっぱ、ば〜んと火の玉ぶっぱなしてどかーん的な魔術?ができれば! みたいな?」
ざっくりしすぎな答えに、ラビはむしろおおらかに頷いた。
「なるほどねぇ! どかーん的なやつか~。じゃあ火の玉ぶっ放す魔道具を買おう!」
「いや意味ないっすよそれ! オレの力でやりたいんだから!」
「ま、待てケイ。そもそも魔術ってなんだか分かってるのか? なんで魔道具が動くかとか――」
「ぜんっぜん分かんないっす!」
「そこからか……。魔力を使った術は全部“魔術”なんだ。だから、ただ火の玉をぶっ放したいだけなら、その術式が組み込まれた魔道具を使うのも手なんだけど……ケイは自分で術式を組んでやりたいってことだろ?」
「術式……?」
ケイが首をかしげると、ラビが「じゃあちょっと書いてみるね」と言って、すっと短剣を取り出した。
「うお! そんなもの持ってたんすか!」
「ラビちゃん危険な仕事もするからね〜。いつでも戦えるようにしてるんだよ!」
そう言うと、ラビは短剣で床をガリガリと削るようにして、文字や記号を描いていく。(シエルが少しだけ顔をしかめたように見えた)。
やがて幾何学模様が円を描き、その中に不思議な符号が並ぶ。ラビはそれを指さし、満足げに声を上げた。
「はい、完成!」
コメントも、
『はじめてみた』
『なんだこれ』
とざわめいている。そんな中、ラビがケイを手招きする。
「よし、ケイ! ここに両手を当てて……魔力を集中させるんだよ!」
「……どーやって?」
「勘だよ勘! センス! カラダの中にあるパワーを感じて!」
「どんなだよ! とりあえず集中? ふんんん……?」
ケイが怪しげに力んで呼吸を整えると、床の文様がぼんやりピンク色に発光した。
次の瞬間、「ポンッ」という可愛らしい破裂音とともに、小さな煙のウサギがふわりと跳ね上がり、すぐに消えていく。
『可愛い!』
『うさぎさんだ〜』
コメントは盛り上がるが、ケイは納得いかない顔で叫んだ。
「くっっそ地味じゃねーか!?」
「いや、でもこれが術式なんだ。“魔力をどう動かして、どんな効果を出すか”っていう方程式みたいなもので、そこに魔力を注げば術が発動する。俺たちが普段使ってる魔導端末も、基本的にこの原理で動いてるよ」
「はぁ……」
わかったような、わかっていないような表情のケイ。一方、ユズハが疑問を投げる。
「でもわたし、リクさんがこれまで術式を書いてるのを一回も見たことないですよ」
ラビが答えた。
「いちいち書いてたら時間ないもんね〜、戦ってるときなんかさ。だから頭の中で術式をイメージしてるんだよねぇ!」
「どういうこと?」
「それは、殴る瞬間に必要な術式を組むというか……思い出すというか」
「……なにそれ!? ますます意味わかんないっすよ!」
「えーっと……俺の場合、例えば殴る瞬間に三つか、いや四つくらいの術式を同時に組んでたんじゃないかな。魔力の循環を早めて、魔力を圧縮して、手の一点に集めて、殴ると同時に爆発させる……みたいな」
「頭の中で術式を書いてるってこと?」
「うん、まあそういうこと」
「なんでそんなおぼろげなんすか」
「慣れすぎて、いちいち意識してないんだよ」
ケイは額を押さえて、嘆息する。
「なんか、やべーことやってるように聞こえますけど?」
「う〜ん。毎回意識して術式なんか組んでられないし、反復練習して体に覚えさせてるだけで……でも、今日ちょろっと見たところで真似できるものじゃないな」
「……とんでもねー技術じゃねーか」
「俺だって、自分の戦い方以外の術式はほとんど頭に入ってない。ケイが言ってた火の玉ぶっぱなすとか、訓練しないと俺にもできないよ」
そこでラビが横から口を挟んだ。短剣をひょいとくるりと回し、にこりと笑う。
「戦い方って人それぞれだもんねぇ。でも、リクのやり方を真似するのはオススメしないよ〜? 殴るために何個も術式使うとか、普通じゃないし。最初はラビちゃんが書いた術式で、うさぎさん量産したほうがいいって!」
「えええ〜、結局地味じゃん! 火の玉ぶっぱなすのって、こんなハードル高いの……?」
ケイがボヤく。
コメントにも
『最初は仕方ない』
『これは長い道のり』
といった反応が混じっている。
俺はそれを見ながら考える。たしかに、このまま地味な講座で終わったら、マナチャも大して伸びなさそうだ。ちゃんと成功させるとユズハに言ってるんだ。もう少し盛り上がることを……。
「……デモンストレーションでもしてみるか?」
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
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