今回の配信はうまくいく
「……わざわざこんな辺境に、ダンジョン監査を……?」
いつの間にかソファに座っている赤髪の女の子――ラビが、「このクッキー食べてい?」なんて軽いノリで話しかけてくる。
まるでついでのように、ひらひらとギルドの証明証らしきカードを見せながら続けた。
「匿名の通報があったんだよね~。このダンジョンに未登録のダンジョンコアがあるって!」
俺もユズハもケイも、それを一応確認はするけど、気になるのはそっちじゃない。
シエルだけはクッキーに夢中で、まるで興味なさそうにしている。
「通報……」
◇
一方そのころ、匿名通報の“本人”――ハヤトは、ダンジョンの外で待たされていた。
ラビいわく、「ハヤトまで一緒に回ると監査役が二人みたいに見えちゃうからダメ」という理由だ。
ハヤトは「なんでそこだけ妙に厳格なんだ……」と、仕方なくその場で待機していた。
◇
ユズハがさりげなく、「シエルちゃんちょっと食べすぎかなぁ〜? あっクッキーがこぼれてる!」なんて言って、首にスカーフ(ナプキン?)を巻いた。
刻印を隠すためだ。ナイスフォロー!
そこにケイが割って入る。
「オレ、ダンジョン監査って初めてなんすけど……そもそも何するものなんですか?」
「初めてか〜! じゃあ説明するよっ」
ラビは指をぱちんと鳴らし、ノリノリで続けた。
「ダンジョン監査っていうのはねぇ、ダンジョンを見つけるたびにコアを発行して危険度をチェックしてるの。モンスターやトラップのアブナイ度をランク付けして、冒険者とか、配信者が適切に挑戦できるようにしてるよ! ま〜実際はダンジョンが多すぎて手が回ってないんだけどね! にゃはは!」
「……あ〜、たしかにダンジョンにランク付いてる。オレも低ランクのとこ攻略したことあるし」
「そうそう。そのランクを参考にして『よ〜し、今回はBランクダンジョンに挑戦してみよう!』とか計画立てやすいでしょ? あ、でもあくまで目安だから死んでも文句は言わないでね〜」
「んで……もしここに本当に未登録のコアがあったら……?」
「没収でーす! Bランクだと思ったら実はSランクでした〜なんてやられたらギルドの信用問題じゃん? 見つけたら即・回・収!」
「……っすよねぇ! そりゃそうだ〜!」
おおげさに笑い飛ばすケイ
(……未登録コアの通報って、多分あの頃のシエルのことだろう。でも、そもそもコアが人型になるなんてあり得ない。シエルはシエル。ダンジョンコアなんかじゃない――俺はそう断言できる)
「で、結局どうなの? ここにダンジョンコアはあるわけ?」
ラビが改めて尋ねてくる。
ここで動揺を見せるわけにはいかない。俺は視線をしっかりラビへ向け、きっぱりと言い放った。
「……ないです。ダンジョンコアなんて、ここには存在しません。」
(もしギルドが「これはコアだ」と言い張る展開になったら厄介だけど……それでも、俺は譲るつもりはない)
俺がそう答えると、ラビはじっと目を細めて俺の顔を覗き込む。
「んむむ〜……?」
しばらく沈黙が続く。だが次の瞬間、ラビはパッと顔を離して、にこりと微笑んだ。
「わかった!」
「えっ……」
あまりにも簡単に引き下がられ、拍子抜けした俺は思わず間抜けな声を漏らす。
「ないならオッケー。あ、嘘ついてる?」
「いや、ついてないですけど……」
肩から思いきり力が抜けていく。ユズハとケイも、ほっとしたように息をついているのがわかる。
「そんなことよりさ」
ラビが嬉しそうに周囲を見回す。(そんなこと扱い?)と内心突っ込みたくなる。
「さっきまで配信の話してたよね? 見てていい? すごく興味ある!」
「はあ……」
俺は苦笑いしかできない。ここで必死に抵抗しても怪しまれるだけだし、かといって長居されても面倒なんだが……。
するとユズハが勢い込んで前に出た。
「ら、ラビさん……! 興味もってもらえるのは嬉しいんですけど……ここじゃなくて、配信で見てもらう形ではダメですかっ?」
「え〜? せっかくならリアルでみたい!」
「う……これからやる特訓配信は……リクさんが元Sランクの冒険者で、実力があるから、その、すごくハイレベルで! だから……」
「へ〜!ラビちゃんも元Sランクだよ!」
「えっ……」
ユズハは呆気に取られ、ラビはさらに畳みかける。
「じゃあラビちゃんも特訓に参加していい? 同じSランク同士だし、ケイの練習相手にもなるよ! 面白くなると思わない?」
「え、え……でも……」
ユズハの声がしぼんでいく。
「そーだ! ついでに配信がてらダンジョン案内してもらってさー? ……いいよね?」
ケイは「オ、オレはぜんぜんいいっすよ……」と苦笑いしながら答え、ラビは「やったー!」と手を叩いて大喜びだ。
(やっぱりダンジョン見て回るつもり、なんだよな……。 けど、ここで拒否してこじれても……)
「じゃ、じゃあ……場所はB1Fにしよう」
そう決めるしかない。俺が言うと、ケイとラビは「はーい」と返事をそろえて、足早に移動を始める。
シエルもあとをついていき、俺もそこへ向かおうとした……が、ふと気づいた。
ユズハだけが動いていない。
「……ユズハ?」
振り返ると、ユズハはわざとらしく苦笑いしながら立ち尽くしていた。近づくと、やけに明るい声でポツリとこぼす。
「まさかラビさんが配信に出るなんて、そうくるか〜! っていうか……。 わたしが上手く言ってれば違ったのかな〜って思ったり……あはは……」
声の調子は軽いけど、その笑いはどうにもぎこちない。
「だれもラビが乱入してくるなんて予想できないよ。 いまは配信を無事に終わらせよう」
「そう、ですね。無事に……」
一拍あって、ユズハは肩を小さくすぼめる。
「でき、ますかね……今度こそ挽回したかったんですけど……」
「絶対成功させます!って言える、自信がなくなってるのかもですね……」
ユズハの声は、言葉の終わりにつれて小さくなっていき、最後には苦笑が混じっていた。
今日の配信企画の様子を見るかぎり、最近の配信が思うようにいっていないことをユズハ自身も気にしているのはわかっていた。だけど、そこまで追い詰められているとは思わなかった。
「って!……始まる前からこんな暗いままじゃだめですよね! 準備、いかないと……」
そう口では言うものの、彼女の顔には明らかな無理が見える。見ていられなくて、俺は思わず手を伸ばしてしまった。
肩に触れるか、頭を撫でるか──ほんの一瞬だけ迷って、結局、頭をぽんと軽く撫でる。
「……大丈夫だって。今回の配信はうまくいく。俺がちゃんと成功させるから」
ユズハは一度、まばたきをして、それからゆっくり顔を上げた。
「ユズハはいつも通りやればいい」
そう言うと、ユズハの張り詰めた空気がわずかにほどけるのがわかった。深く息をついたあと、彼女は落ち着いた声で、
「っ……うん……ありがとうございます……」
と応えてくれる。
「じゃ、俺たちも行くか」
「はい……!」
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