くっっそ地味じゃね?
「はい、それじゃ次の配信について……話し合いたいと思います!」
改造したばかりのラウンジに、俺とユズハ、ケイ、それからお菓子を頬張るシエルが集まっていた。
テーブルの上にはバターの香りがふんわり漂うクッキーの皿が置かれていて、紅茶をすすりながらティータイムみたいな雰囲気すらある。けれどユズハはいつになく真剣な表情だ。
「えっと、前回もその前も、わたしの配信企画は滑っちゃって……。ごめんなさい、リクさん」
そう言って笑顔で繕うユズハ。
「えっ? ユズハのせいじゃないだろ」
俺は慌てて否定する。まさかユズハがそこまで引きずっていたとは気づかなかった。いろいろバタバタしてたから、ユズハの企画どうこうを考える余裕もなかった。
ユズハは大きく息をつき、テーブルに向き直る。
「だから今度こそ! 視聴者のみんなが『面白い!』って言ってくれるような企画にしたいんです……!」
いつになく意気込むユズハに、ケイも「お、おお……張り切ってるな」とたじろぎながら頷いている。シエルはクッキーをつまみ続けていて、その表情は無。
(いい案、何かないかな……)
しかし考えてみても、たいしたアイデアは浮かばない。すると、ポケットに手を入れたときに何かが引っかかって、これがあったと思い出す。
「……そういえば、クエストで石を拾ったんだけど」
そう言いながら掌に乗せたのは、卵くらいの大きさの赤い石。斜めから光が当たると、表面に文字か筋のような模様が浮かんで見える。
「石……ですか」
ユズハが怪訝そうな顔で、俺の手のひらを覗き込む。横では、クッキーを口に運ぼうとしていたケイが「ん? なんすかそれ」と好奇心をのぞかせてきた。
「たぶん魔鉱石の一種だと思うんだけど……これを、なにか配信のネタに使えないかな、と……」
自分で言っておきながら、いまいち盛り上がりに欠ける。話し終えるころには声も小さくなっていた。
けれどユズハは真剣に考えてくれているらしく、必死に何かアイデアをひねり出そうとしている。やがて、おずおずと口を開いた。
「……そうですね……。たとえばシエルちゃんの“魔術マニア配信”で聞いてみるとか? ほら、『この石、知ってますか~?』みたいに視聴者さんに問いかける感じで」
ケイがじっと石を観察したあと、ぽつりと一言。
「……くっっそ地味じゃね?」
それだけで空気が凍りつくようだった。否定できないのが悔しくて、俺は「ぐぅ……」と変な声を漏らしてしまう。
ユズハも「……そう、だよね……」と自嘲気味につぶやいて、ショックを隠せずにいる。
せっかく案を出してくれたのに真っ向から撃ち落とされて、肩がほんの少し落ちたように見えた。
ごめん、ユズハ……。ほんと、コメントしづらいものを出してしまったな。
シエルだけは興味を示したのか、「マスター、ちょっと見せてくれる?」なんて言ってくるので、その赤い石を渡すことにした。
「……忘れてくれ。珍しいとは思ったんだけどさ。ま、そのうち『謎の石を鑑定してみた』みたいな企画で使うかもしれないし……」
うつむきがちにそう締めくくろうとしたところで、ケイが「ああ、そうだ!」と手を挙げた。
「前からリクさんに言ってたじゃないっすか。ハヤトをバッと倒したときの戦い方、ちゃんと教わりたいんすけど!」
「ハヤトを……バッと……?」
一瞬、思考が止まる。そういえば確かに、ケイが「教えてほしい」と言ってきたのをすっかり忘れていた。
――ハヤト。俺をパーティに戻すためにエリカと一緒にやってきた、Aランクの冒険者。
いきなり剣を構えて仕掛けてきたハヤトを捌いたあの場面が、ケイには強烈に印象に残っているらしい。
「……そうか。確かに言ってたな、前に」
「そうそう! あれ教えてもらって、“配信で教わるケイの修行”みたいにシリーズ化できそうじゃないっすか?」
「シリーズ化するかは別として、やってみたら面白いかもな。ユズハはどう思う?」
そう聞くとユズハは、視線を落として「あ……」と短く声を漏らした。
その一瞬、まるで心の中で何かが揺れたみたいに、彼女の表情がくぐもるのがわかる。
(ユズハ……どうしたんだ?)
俺は声をかけようか迷ったけれど、その間にもユズハがぱっと顔を上げる。
「……はい! いいと思います!」と振り絞るように言うと、続けて「えと……わたしは裏方で!」と付け加えた。
「……いいのか?」
俺は無意識のうちにそう聞き返していた。なんとなくユズハが無理して笑っているような気がしたからだ。
「もちろんですよ! ……配信、成功させましょう!」
「じゃあ決まりかな〜。配信するとなると、やっぱ広いところがいいっすよね。外でやる配信も見たことあるけど……」
ケイがそう言い出し、俺は「え? ああ……」と思わず言葉を濁す。
「いや、ダンジョンの外はちょっとな」
(シエルが外に出られない以上、外でやる配信は難しいし)
「道場……みたいなのを作るしかないかな。でも普通に教えていいのかな。修行っていっても地道な練習なんだぞ?」
「だからこそ、オレが派手に成長していく様子が配信に映えたりするんすよ! “オレ、頑張ってるな〜”って視聴者が盛り上がれば、マナチャも期待できる!」
ケイが得意げに胸を張る。俺は「どんな成長のしかただよ」と笑う。
そのときだ。
明るい声が突如として割り込んできた。
「んだよねぇ〜。ラビちゃんもそう思う〜。頑張ってる人を見ると、つい応援したくなるも〜ん!」
俺たち全員が一瞬で振り向いた。視線の先には、いつの間にかソファにちょこんと腰掛けている赤髪の女の子が――にこにこと笑顔を向けている。
まるで最初からそこにいたみたいに自然に溶け込んでいて、違和感がまるでない。
「……え?」
俺もユズハもケイも、固まったまま動けない。
どう考えても見覚えがない。いつからいたんだ?
女の子は、「やっほー」と言うみたいに手をひらひら振ると、友達の部屋に遊びに来たかのような調子で口を開いた。
「はじめまして、ラビちゃんです! ダンジョン監査に来たんだけど、ちょうど面白い話してたから混ざっちゃった」
ダンジョン監査?
「もしかしてギルドの……人、ですか……?」
俺がかすれ声で言うと、女の子はにこにこしたまま胸を張る。
「そ。ギルドのダンジョン監査役~。ごめんね、ピンポンもなかったし、ダンジョンって誰のものでもないから勝手に入っちゃった!」
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