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世の中には取り返しがつかないこともある

 奇妙な巡り合わせで歩くリクとヨウは、口数少なにダンジョンの奥へ奥へと進んでいた。

 やがて、通路の先が大きく開けた空間に出る。そこには青白い光を放つ球体が山のように転がっている。見た目からしてダンジョンコアにしか見えないが、保管されているというより乱雑に放り出されているような雑さが目立った。


「……あれは……」


「見たらわかるだろう。ダンジョンコアだ。……模造品だけどな」


 あまりにあっさりと言い放つヨウに、リクは思わず目を丸くする。


「何だって……? ダンジョンコアはギルドしか作れないはずじゃ」


「だから“作ってる”んだよ。売りさばくために」


(ダンジョンコア(偽)を売りさばく……!? こいつ、悪びれる気ゼロだ!……そもそもダンジョンコアってそんなに売れるものなのか?)と思わず呆れつつも驚きを隠せない。


「これだけあれば十分だ。少し見ておくか」


 ヨウの言う十分はあくまで「証拠としてこれ以上ない」という意味だがリクはまったく別の解釈をしていた。


(売りさばくには申し分ない量……!たしかに大量にあるけど。しかも見ておくって、品質もチェックする気か!)


「まさか、これを……運び出すわけじゃないよな?」


「こんなとこに放置してどうする」


「やっぱり……」

(これが、あの荷物を運ぶだけのクエストってことだろうな……)


 そう呟きながらリクが不安げに視線を彷徨わせる横で、ヨウは無造作にダンジョンコア(偽)の一つを拾い上げた。しばらく凝視していたヨウの顔は、しだいに曇りはじめる。

 

(……お粗末すぎる。模造品ってよりただのオモチャだ。こんなのでよく おれを寄こしたな……)

 

 その険しい表情を見て、リクは思わず身構えた。

(なんだ……?出来が悪いのか? )

 

 次の瞬間、

「……ふんっ!」

 ヨウがそのコアを、別のダンジョンコア(偽)の山めがけて投げつける。


 力任せの衝撃とともに、積み上がっていたコアが連鎖的に崩れ、ドガシャガシャと大きな音を立てながら床へ散らばっていった。


(な、なっ!?)

「お、おい……いいのか……?!」


「……いいだろ。ったく、誰が買うんだよ、こんな出来損ない」


(品質に厳しい!容赦ない!どこに売る気なんだ……!)


 リクの心中では、闇取引のハードルが高いせいで怒っていると勝手に解釈が膨らんでいた。


(わかっていたことだけど、これは明らかに一線を越えたクエストだ。好奇心……いや、高報酬に目がくらんで飛びつくなんて……俺は大馬鹿だ)


「さっきから驚きすぎじゃないか。依頼受けるのは初めてか?」


「そりゃそうだろ……」


「慣れとけ。こんな程度で動揺してたら次はない」

 ヨウにしては珍しく真面目な忠告。ギルドの裏の仕事はハードな依頼も多い。


「次もあるのか」


「お前次第だ。この世界じゃ実力がすべてだろ」


 その一言で、リクはヨウが多数の修羅場をくぐり抜けてきたことを察する。

 同時に、どこか惜しい気持ちが湧いてくる。


 (こんな手練れが、よりによってダンジョンコア(偽)製造なんて訳のわからない犯罪に手を染めてるなんて……。ギルドのクエストを受ければ、どんな難易度だってこなせるだろうに)


 正直、どのタイミングで離脱するか――そんな考えが脳裏をよぎっていたリクだったが、ふと気持ちを入れ替える。

 

(いや、むしろ今のうちにこの犯罪を止めるべきなんじゃないか。被害が広がる前に……!)


 そのとき、ダンジョンコア(偽)の山の向こうから、足音とともに新たな人影が現れた。

 野太い声が部屋に響く。


「な、なんだ ……!?なんの音だ!? ……ん? お前ら、依頼したやつか ……?」


 リクは思わず(もう一人いたのか……!)と身を強張らせる。いっぽうヨウは目だけ動かして、その男を見すえる。


(こいつがターゲットか)


 男は散乱したコアの残骸を見て、露骨に顔をしかめながら二人へ近づいてきた。

 ヨウは慌てるそぶりもなく、コアの山を崩した当人とは思えぬほど落ち着いた口調で言い放つ。


「悪いな。足が滑った」


「何勝手なことしてんだ!……それより、依頼を出したのは一人だと聞いてたが……何だ、二人いるじゃねえか」


 男は依頼の人数と違うことが気に入らないらしく、ヨウとリクを交互に睨んでいる。


「……事情が変わった。人手は多いほうがいいだろう」


 リクは横でそのやりとりを聞き、(……そうか!ヨウとこの男だけじゃ山ほどのダンジョンコア(偽)を運べない。だから怪しいクエストで人を募集したんだ!)と勝手に合点がいった。


「まったく余計なことしやがって……ギルドに嗅ぎ回られてるってのに。……とにかくこっちで準備してるからな。妙な動きはすんじゃねえぞ!」


 男は苛立ちを隠さないまま、ヨウの場慣れした態度に踏み込んだ反論をするでもなく、そそくさと奥へ向かいながら吐き捨てる。

 リクはその背中を見送ると同時に、ヨウに小声で尋ねた。


「……あいつは……?」


「(おそらく)グループのリーダーだ。とりあえず、あいつの指示に従っておけよ」

 

 (リーダーの男は、ヨウほどの実力はないだろう。ただここで二人相手に戦ってもな。……もうすこしタイミングを待とう)


「……ああ」


 ◇◇◇


 一方、その頃。

 キッチンの混乱は、さらに続いている。


「なあもうやめようぜ!」

 ケイが必死に訴えている。テーブルの上には山ほどの皿が並ぶが、いずれも黒い物体が盛られていた。色は微妙に違う黒や灰や赤みがかったこげ茶など、もはや“料理”というより芸術作品のような光景。


 ユズハはどうすればいいのかわからず、魂の抜けたような表情で、鍋をかき混ぜ続けるシエルの背を眺めるしかない。


「何度やっても黒くなる…」

 シエルはそう呟きながら鍋に野菜を投入し、そして調味料らしきものをさらに注ぎ込む。もはや闇鍋の定義を超えたなにかだ。


「そりゃそうだろ! 一度焼け焦げたものに何か入れても色は戻らないって!」

 ケイが目を剥きつつ叫ぶ。


「このトマトのような赤色を取り戻す必要があるのに……」

 シエルはタバスコ・唐辛子・リンゴ・パプリカ・イチゴ・ニンジンなど赤そうなものをどんどんブチ込んでいく。


「やめて!? もう失った色は取り戻せないんだよ! 世の中には取り返しがつかないこともある!」


「そうだ、シエルちゃん! サラダ、サラダにしようよ。火を使わない料理もあるんだよ! ね?」

 ユズハも必死だ。


「それだそれ! もうフルーツ盛り合わせも立派な料理だし!」

 ケイが追い打ちをかけるように同意するが、シエルは納得いかない様子。


「切るだけじゃ料理じゃないわ。もっと調理しなくちゃ意味がない」


「いやいやいや……世の中には包丁もまともに握れない奴だっている!そういう奴から見れば、食材が切れただけで偉業だから!」


 こうして赤い色を取り戻すための試行錯誤(そして大量の黒い物体の誕生)はまだまだ続きそうな気配だった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

とくに派手な回でなくとも、楽しんでいただければ幸いです。

コメントやお気に入り登録などしていただけると、とても励みになります。

それでは、次回もどうぞよろしくお願いします!

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