テキトーにやっちゃって!
ヨウは冒険者だ。ギルドに属していないのでレーティングクエストは受けられないが、そのぶん裏の仕事に事欠かない。公式に出せない厄介事を、実力と度胸を買われて任されるのだ。
「報酬が良ければ何でも引き受ける」という姿勢ゆえ、今日も依頼の連絡が舞い込む。
今回の内容は「勝手にダンジョンコアの模造品を作って売っている連中を捕まえろ!」というもの。公式依頼で動くと逃げられる可能性があるため、ヨウに声がかかったらしい。
依頼主から届いた文面は、あまりに気軽だった。
『模造品でもダンジョンコアはダメだよね〜! 監査役としては見逃せません! ということで、今回は協力者が一人いるから合流してテキトーにやっちゃって! 現場のマップ送るねー! まぁ、昔のよしみで頼むね、ヨウ!』
緊張感はゼロなのに、無茶ぶりだけは立派だ。とはいえヨウは慣れたもので、さっさと終わらせて宿で寝るつもりだった。
ところが同じタイミングで――
リクはリクで、まったく別のクエストを受けてこの寂れたダンジョンへ足を運んでいた。
辺境のさらに奥にある入口は、不自然なほど厳重な鎖と魔力を使った封印で閉ざされており、鎖に刻まれた淡い光の紋様が「近づくな」と言わんばかりの圧がある。
「……どう考えても怪しい……。帰ろう……」
リクは早々に踵を返そうとした。だがそのとき、不意に後ろから声がかかる。
「お前が協力者か?」
「え?」
振り向くと、場慣れした様子の男──ヨウがいた。
ヨウの外見は一見シンプルだ。シャツとズボンという装いのはずなのに、腕に覗くタトゥーと、白い木刀のような物を手に携えている。それに加え、無造作に咥えたタバコが、どう考えても一般人とは言えない迫力を放っていた。
リクは(こ、こいつが依頼主…!)と確信する。
無言のままのリクを見て、ヨウがもう一度言った。
「依頼を受けたんじゃないのか?」
とにかくリクは、そのクエストを引き受けて来たのは事実だ。
「あ、ああ……依頼は……たしかに受けた」と答えると、ヨウは露骨に「はあ」と息をつく。
「……ヨウだ。内容は把握してるんだよな?」
リクは自分が受けたクエストを思い出してみても、「荷物を運ぶ」以外に要素が浮かばない。
仕方なく曖昧に相槌を打つ。
「リクだ。……まあ。細かいところまでは知らないけど」
(この男……まるでスキがない。戦い慣れている)
二人の間で沈黙が流れる。
(ラビの奴、こいつにも詳しいことを教えてないらしい)
「……そういうもんだ」
そう呟いて、ヨウは封鎖された入口へ近づいた。
リクは「解除でもするのか」と見守るが、ヨウは面倒くさそうにため息をつき、一瞬で腰を沈める――。
白い木刀かと思われた“それ”は、実は白鞘。刀身を抜き放つと、鎖を一閃で断ち切ってしまう。
さらに扉を蹴り飛ばすと、あっという間に入口は開放された。
ヨウの手さばきを冷静に見ていたリクは(やはり、只者じゃない。この手並みは歴戦の冒険者のそれだ!……それよりこんな勢いで壊して大丈夫なのか? ここは拠点じゃないのか?)
そして何事もなくダンジョンへ入っていくヨウを見て、リクは神妙な面持ちでついていく。
(まさかこんな怪しいクエストに……こんな手練れがいるとは。離脱するタイミングも考えないとな……いつでも戦えるようにしておかないと)
そうして二人は見事に、真面目にすれ違ったまま歩き出した。
◇◇◇
一方、その頃。
リクが留守にしているダンジョンのキッチンは、ちょっとしたパニックに見舞われていた。
「きゃああーー!」
悲鳴を上げたのはユズハだ。視線の先には、テーブルに突っ伏しているケイがいる。
彼の前には、黒なのか灰色なのか、それとも赤みがかった何か得体の知れない液体のような料理があった。いや、料理と言っていいのかどうかさえ怪しい。
「ケイくん、大丈夫!?」
ユズハが顔を覗き込むと、ケイは顔を真っ青にしてぷるぷると震えている。
「し、しぬ。こんな刺激、舌で感じたことない…」
ほんの数十分前まで、ワイワイとした雰囲気だった。ケイが実家から送られてきた新鮮な野菜を広げ、ユズハは「料理配信をやろう!」と張り切り、シエルも加わって、新しい企画をスタートさせようとしていたのだ。
だが、実際に料理配信をぶっつけ本番でやるのはリスクが高い。そこで「予行演習」と称して、まずはキッチンで腕試しをしてみよう――そんな流れで始まったはずが、まさかの惨事を引き起こしてしまった。
「どうしてこんなに焦げ焦げになるの?」
ユズハは真っ黒な鍋を見つめながら頭を抱えている。下ごしらえまでは順調だった。シエルの包丁さばきも悪くなく、ポトフならシンプルだし失敗しにくい、はずだった。
「おかしいわ…」
シエルはしかし納得がいかない様子だ。かつてコアだった頃、リクのリクエストに応じてとんでもなくマズい料理を生み出した黒歴史があるだけに、人型の体を手に入れた今なら料理なんてお安いもの。そう自信たっぷりに豪語していたのに、結果は“未知の闇鍋”にしか見えない代物だった。
「ごほっ、ごほっ……いや、逆に才能を感じるわ……」
ケイが咳き込みながら冗談めかすものの、顔色はまだ悪いままだ。視界がチカチカするようで、テーブルを手探りしながらうめき声を漏らしている。
「予行演習でよかった……これ、本番だったら前回以上の大惨事だよ……」
それでも、シエルはまったく諦める気配を見せない。
「無意識のうちに魔力が流れ出ているのかもしれないわ。もう一回やれば、きっと感覚がつかめると思うの」
「ええ……? 続けんの? 材料たちが悲鳴上げてるよ……?」
「成功するまでやるわ」
妙に強気なシエルの表情には、なぜか闘志さえ宿っていた。
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