それは闇クエストです
これはラビがリクのダンジョンへ来るまでの前日譚…
◇◇◇
リクが配信画面を見つめるその顔には、深刻というよりは妙に諦めじみたムードが漂っていた。
とはいえ、その原因はごく個人的ながら、本人にとっては死活問題である。
「……金がない」
最近ようやく「配信を見てもいいかな」と思えるくらいに立ち直ったリク。もともと推しの配信者・ステラにどっぷりマナチャ(課金)していた彼は、推しロスに苦しんだ末、パーティからもギルドからも離脱してしまった経緯がある。いま無職状態なうえ貯金もゼロ。
ダンジョンコア(いまはシエルになってるが)を拾ったことで衣食住はどうにかなっているが、「配信でマナチャするためのお金」が一切ない、というのが彼の目下の大問題だった。
「はぁ〜……」
大きなため息をひとつ落とした。今は配信を見ているだけでも十分楽しい――はずなのに、やはり「マナチャを投げない自分」にどこか物足りなさを感じる。かつては給料のすべてをステラへ課金していた男だ。応援の意思を形にしないと落ち着かないのだ。
「どうする……?」
部屋の中で一人、リクは疲れた面持ちでつぶやく。
配信で得たマナチャをコアへ送信する前に換金する手はあるが、自分の完全なる欲のためにユズハ、ケイ、最近はシエルも加わって得たものに手を出したくない。さすがにそれは無い。人としてだめだ。
「……クエスト、受けるか……」
結局のところ、クエストをこなして報酬を得るのが、一番手っ取り早い。
しかし、ギルドが公式に推奨ランクを指定しているレーティングクエストは、ランクを持つ――つまりギルドに所属している冒険者でなければ受託できない。噂によれば、実績さえあればギルドから直接依頼が来るらしいが…リクには縁遠い話。
となれば、誰でも自由に受けられるフリークエストしか選択肢がない。加えて、リクがいるのは辺境のダンジョン。街へ行こうにも半日はかかる。往復だけで一日潰れてしまいそうだ。
できるだけ近場で、かつ高報酬で、さらに即日払い可能……って都合のいいクエストなんてあるわけ――
「……あった」
リクは魔導端末でギルドのクエスト掲示板を眺めていて、目を疑った。
ざっと見ても「犬を探してくれ。報酬最大5000ルーナ」「引っ越しの手伝い2000ルーナ」みたいな、予想通りの安い案件ばかりの中で、やけに目立つ謳い文句が目に飛び込む。
――――
高報酬!安心・安全☆
荷物を運ぶだけの簡単なお仕事!
日給5万~10万ルーナも可能!
冒険者さんも配信者さんも歓迎!
詳細は現地でお話いたします!
現地の場所は…
――――
その「現地の場所」というのが、いままさにリクがいるダンジョン近郊だった。
考えるまでもなく、ド級に怪しい。限りなく黒に近いグレー。
「……なんだこれ」
誰が受けるんだこんなもの、と思っていたのは最初だけで、気になりすぎて何分か画面をずっと眺め続けていた。
そして出した結論は、「...なんかあったら断る。」というものだった。
怪しさしかないこのクエストが、どういうものか興味が出てしまったというのも事実である。
良い子は絶対に真似をしてはいけない。
リクは端末を閉じ、軽く腰を伸ばしながら部屋を出てダンジョンの出口へ向かう。
その途中、通路で鉢合わせたのがユズハだ。
「リクさん、ちょうどいいところに! 新しい配信企画の案が浮かんだんですよ。みんなで――って、あれ? どこか行くんですか?」
「ああ、ちょっとクエスト受けてくる」
「クエストですか、どうしたんですか?」
「金なくて」
「えっ……? お金、ないんですか?」
「ああ、まあ……どうしても必要なんだ」
リク自身も歯切れ悪く答える。まさか「マナチャするためだけに稼ぎにいくわ」なんて言えなかった。
「ちょっと出かけてくるだけ。今日中には戻るから...あ、配信ネタ...」
「い、いえいえ!ぜんぜん、気にしないでください!?」
ユズハはバタバタオロオロしながら「じ、実はネタがいろいろありすぎて悩んでたんですよねぇ〜」と言って、リクを見送るのだった。
残ったユズハは「リクさんが金欠――しかも深刻そうに……」と大いに心配する。
そこへタイミングよく合流したのが、ケイである。
「おっす、ユズハ。実家で育った野菜が送られてきたから持ってきたわ!……って、なんか悩んでる顔してんな。」
「ケイくん! よかった、ちょうどいいところに来てくれた! 配信、しよ!」
「ん?そのつもりできたけどなんかあったのか?」
「実はね……リクさんがお金に困ってるみたいで」
ユズハは、さっきリクがひどくバツの悪そうな顔で「金がない」と漏らした一部始終を手短に説明した。
「マジか〜借金でもしてんのか?」
ケイは首をひねりながら「う〜ん」と唸った。いつもは陽気に「なんとかなるっしょ」と笑い飛ばす彼が、ここまで渋い表情をするのは珍しい。
「なんとか力にならないと!……それで、いますぐできる面白そうな配信ネタ……」
そう言いながら、ユズハの視線がふとケイの腕に注がれた。彼が抱えているのは、土の香りをまだまとったままの新鮮な野菜たち。カラフルな葉や根がちらりと覗いている。
「そうだ! その野菜を使ってお料理配信にしよう!」
「お?早速使う?いいよ、やろうぜ。シエルも一緒にさ」
「う、うん!シエルちゃん……も…あれ?」
こうしてユズハたちは、料理配信でマナチャを集めてリクを救う?大作戦をスタートさせることになった。
「シエルちゃんの料理……」一抹の不安を抱えながら。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
とくに派手な回でなくとも、楽しんでいただければ幸いです。
コメントやお気に入り登録などしていただけると、とても励みになります。
それでは、次回もどうぞよろしくお願いします!