囚われの身みたいなものかしら
後日。
ダンジョンの一室――シエルが新設した配信スペースでケイと俺はすでにカメラや機材を点検しながら、配信の準備を進めている。そこへおめかししたユズハとシエルが入ってきた。
ユズハの格好は、いわゆるギャル系ってやつなんだろうか。
淡いピンクと黒が混ざったトップスは、胸元も肩も大胆に見せる作りになってて、まるでステージ衣装みたいに派手だ。
しかも動くたびに、小さな飾りがキラキラ揺れるもんだから、いやがおうにも目を引く。ミニスカートと厚底ブーツの組み合わせまでド派手で、ユズハの明るい性格がさらに際立っている。
一方のシエルは、タートルネックのノースリーブドレスを着てた。
こっちは襟もとをガッチリ隠してる代わりに、肩や腕はまるっと出ているせいで、その白い肌が妙に映えるんだよな。深い青の生地も高級感を醸し出していて、表面には小さい模様も入っていて、角度によって微妙に光を放っている。
こうして並んでみると、ユズハはポップで派手、シエルはシックで上品。対極に見えるのに、どっちも完璧に着こなしてるからすごい。
俺とケイは、思わず「おお〜……」と声を漏らすしかなかった。ユズハのセンスを侮ってたわけじゃないけど、ここまで違うテイストを同時に映えさせるとは思わなかったな。
ユズハは「せっかくのシエルちゃん初配信なので、気合い入れました! シエルちゃんには刻印を隠すようにしてあげたんですけど、ノースリーブでちょっと高級感も出そうかなーって思って」と楽しげに答える。
俺が事前に頼んでおいた「シエルの秘密を配信では伏せる」という件を守るため、胸元の刻印はすっかり隠されているわけだ。
「それで、私はここで何をするの?」
「簡単に言えば、視聴者さんに魔術の詳しい人がいたら相談したいってことです。ほら、シエルちゃん魔術に興味あるっていうテイで……色々聞けたらなって!」
「ふうん?」
わかったのかどうか怪しい相槌に、俺は念を押すように声をかける。
「一応、シエルがコアだってこととか、刻印の話はしないでほしい」
「それは、命令?」
「いや、そういうんじゃなくて……お願い、というか。できれば伏せてほしいんだ。」
「ふふ、わかったわ。」
◇◇◇
楕円を真っ二つに切ったみたいな形のテーブルが、配信スペースのど真ん中に設置されている。そこに俺たち4人がずらりと座っていた。カメラから見ると、ちょうど横一列で並んでいる格好だ。
並びは左からケイ、ユズハ、シエル、そして俺。
「みんなー! 今日も配信に来てくれてありがとー! それじゃあ、さっそく始めちゃいますねっ!」
いつもながらの盛り上げ口調に、コメントが瞬く間に流れていく。
『待ってました!』
『今日も楽しみ』
と温かい声が並ぶなか、やがて『誰あの美人?』という書き込みがチラホラ混ざりはじめた。
「今日は自己紹介スペシャルをやります!みんな気になってたと思うけど、実は新しい仲間が増えたんですよ~。その名もシエルちゃんです!」
ユズハがシエルに手を向ける。
「じゃあまずは……ケイくんからお願いしよっかな!」
ユズハが軽快に話を振ると、左端に座るケイが「え、オレから?」と目をしばたたかせる。
「ちょっと引っ張ります!あ、ちゃんと理由があって、座ってる順番的に、左からが自然かなって思って!大丈夫大丈夫! ケイくんがトップバッターのほうが盛り上がるって!」
「それは嘘でしょ!絶対オレよりシエルのほうが盛り上がるよ!」
軽くやり取りを交わしたのち、ケイが「まあいいや」と話し出た。
「どうも、ケイですっ!配信者歴は2年目! それまでは田舎で畑いじってました!」
「えっ、畑!?」
ユズハが目を丸くしたのと同時に、俺も少し驚きの声を上げる。ケイが農業とは、確かに意外だ。
「でしょ? 意外でしょ? でも、人と話すの好きだし、誰かに見てもらいたくて配信始めたんだよね。グルメ配信が多いかな。料理したり食べたり。でも冒険者配信もやってみたくて、ダンジョン攻略に手を出したら……ま~きつくてさー。」
ユズハが笑いながら「元プロのリクさんに教えてもらおうか!」と合いの手を入れる。
「ほんとそれね!」
そしてケイの隣に座るユズハが続ける
「じゃあ次は私だね!ユズハです! 配信者になってもう4~5年くらいやってるんですよー。ダンジョン配信したり、グルメレポやったり、何でもアリでフットワーク命で動いてます! 服とかコーデを考えるのも大好きで、雑談配信だといっつも話しちゃうんだ〜。最近はリクさんと共同配信させてもらってて、いろんな企画考え中! 配信者のみなさん、コラボ依頼とかぜひお声がけくださいね!」」
……改めて聞くと、ユズハってベテランの配信者なんだな。
実際、ユズハの喋りはテンポがいいし、場の空気を一瞬で作れる。
俺はまだユズハの詳しい過去とか知らなかったけど、今の手慣れっぷりを見たら、長くやってきたのが分かる気がする。
「はい!それじゃあお待ちかね……新しい仲間を紹介しましょう! シエルちゃんです! じつは魔術に興味があって、特に、古い魔術に詳しい人を探してるんですよ。もし心当たりがある方いたら、コメントくださいね。――さあ、シエルちゃん、一言どうぞ!」
シエルはやたら視線が集中するなか、口を開いた。
「……そうね。私はシエル……今の私は……囚われの身みたいなものかしら。それを解く鍵が魔術で……ね?」
言いながら、シエルはゆっくりと俺のほうを見やる。
囚われって……
コメントにはネタなのか本気なのか判別がつかないような反応があふれ出す。
『なにそれ?』
『不思議ちゃん?』
「あ、あはは……なんていうか、独特の世界観を持ってるんですよねーシエルちゃん!」
そんなユズハのフォローも意に介さず「面白いわ、これ。」とコメントを読んで楽しんでるようだ。
コメントは止まらず、どうにか場を収めようとするユズハが「えーっと……」と考えながら、話題を変える。
「そ、そうだ! 次はリクさん …って思ったけど、シエルちゃん向けのコメントいっぱい来てる! なになに…?」
『囚われについて詳しく』
『魔術って使えるの? 見たい!』
などなど。そんな視聴者の声を拾ったユズハが、画面を指さす。
「魔術使えるの?だって。どうかな?」
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