推しロスとドラゴンが同時に襲ってくる
頬に冷たい水滴が落ちる。
その感触で、意識がじわりと浮上した。
まばたきを繰り返しながら見上げると、岩肌むき出しの天井がある。
ここは……ダンジョン?
何も覚えてない。
...いや、かすかに...
街を出てそのまま当てもなく彷徨っていたらどこか辺境の打ち捨てられたダンジョンを見つけた気がする。
「ここなら終の棲家にちょうどいい」とかなんとかひらめいて
そのまま奥へ入り込んで...
気づけば寝落ちしてたらしい。
「...はぁ〜〜〜......」
推しの結婚が想像以上に尾を引いている。
ふと、ステラが『ダンジョンに住みたい』と言っていたのを思い出した。
最近は、田舎ダンジョンからの企画配信や住み込み配信、サバイバル配信なんかは当たり前になっているし、ずっとダンジョンに暮らしてサバイバルテクを披露してバズった配信者もいるくらいだ。
そういえばステラは『ダンジョンに行ったことないの!』って言ってたっけ……今それ思い出して何になるんだ。
深いため息をついた、その刹那。
「きゃああああああっ!」
何やら悲鳴のような声が遠くでこだまする。
こんな何もない辺境のダンジョンで、悲鳴?
なんとなく声の方向に視線をやると、金髪の女の子がカメラらしきものを必死に構えていた。
服装や装備をざっと見る限り、いわゆる“ダンジョン配信”をやっている冒険者……いや、配信者だろう。
「……なんだ、ただの配信者か」
俺の存在に気づいていないのか、女の子はカメラ越しに視聴者へ状況を訴えているらしい。
その先にあるのは、巨大な影――ドラゴンだ。だいたいAランクくらいだろうか。
今にでも爪を振り上げようとじりじりと彼女に詰め寄っていく。
「……なんだ、ただのドラゴンか」
本来なら大騒ぎのはずなのに、妙に実感がない。
結局ステラはいつから...いやいやいや、何を考えている。
彼女の幸せが一番だろ?
「見てるよね、みんな! これ、どうなってるの? ドラゴンじゃん! きいてないって!」
その声が耳に入ってきても、まるで右から左へ通過していく。
配信者がソロでドラゴンに挑むなんて珍しいな……
「ちょ……マジでやばいから! 誰か! ほんと……助けてぇええーっ!」
その絶叫がようやく俺の意識を引き戻した。
“助けて”――言われてみれば、あの子は今、死にかけてる。
「……まずい状況じゃないか」
気づけば足が動いていた。
...まて、ドラゴンの倒し方を忘れた。
えーと攻撃しやすいように一回、転倒させる必要があるんだっけ、まず爪で攻撃できないようひるむ程度に腹を狙う......って、
いや違う、いまは攻略配信じゃないんだから好きに倒せばいい。
ドシンプルでいけ。
ドラゴンの弱点は逆鱗のある顎の下のみ、それ一択。
スッと身を低くすると、魔力で身体を強化してドラゴンへ突進。
ドラゴンは大きく息を吸い込んだ。
このドラゴンはいきなりブレスか。
...ああ、こういうのも対応しなくて良いのか。
以前はあえてブレスを吐かせてピンチを演出したり(スポンサー要望)とかもあって...
でもステラは言っていた。
『危機をくぐり抜けてみんなが頑張って倒してる攻略ってハラハラするけど、それが良い!』
魔力を両脚に注ぎ込んで、一気に跳躍。
『最後にかっこよく倒すシーンが爽快感あって一番好き!』
爽快感...かっこよく......
...かっこよく倒すってなんなんだよ!
「そこだっ」
空中で体をひねるように回転しながら、ドラゴンの顎下へ拳を叩き込む。
ズドンと鈍い音がダンジョン内に響く。
ドラゴンの頭がぐらりと大きくのけ反り、巨体が崩れ落ちた。
放つはずだったブレスも、呑み込む形になったようだ。
「え、今……素手で……?何がおきたの...?」
配信者の女の子が呆然と倒れたドラゴンを見つめている。
俺はというと、倒したその場でうなだれ...というかかがみ込んでいた。
「…あぁぁ...」
倒し方を指示されないだけでこんなに自由...そんなことを気にする必要がないと認識するたびに、考えないようにしたいのに喪失感が襲ってくる。
...立ち直るにはもう少しだけ時間がほしい。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
とくに派手な回でなくとも、楽しんでいただければ幸いです。
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