嬉しくて、わくわくして、止まらないんです
「ハヤト、やめて!」
エリカの制止もむなしく、ハヤトは一気に距離を詰める。
――魔力を帯びた刃が勢いよく振り下ろされる。
俺は手の甲に一瞬だけ魔力を圧縮させ、そのまま軽く刃を弾いた。
キンッという鋭い金属音。
ハヤトの目が「はっ?」と開く。刃は完全に横へ逸らされていて、ハヤトは体勢を大きく崩しかけた。
だがさすがにAランク、即座に立て直して再度剣を振り上げようとする。
そこで俺は肘を軽く押さえ込み――。
「それだと剣は振れないだろ」
「ぐっ……!」
力任せに腕を振り抜こうとして、魔力をさらに込めたらしい。刀身が赤黒くきらめく。
けど、その分、俺が好きに使わせてもらうだけだ。
ホールドをふわりと解き、わざと空振りを誘う。途端にハヤトの剣先は俺の顔の前をスカッと通り過ぎた。
不意の反動でハヤトの重心が大きく崩れた瞬間、足払いでくるりと回してやる。
ハヤトの体が宙を舞ったところへ、俺はさらに魔力を込めた一撃を叩き込み、地面に伏せさせた。
「がっ……!」
ハヤトはうつ伏せで倒れ込んだまま、起き上がれないらしい。
顔には「今、何が起きた?」という戸惑いがあり、どこで負けたのか――そもそも何が起こったのかさえ理解できていないのだろう。
「く、そ……魔力も使ってないのに……」
ハヤトが消え入りそうな声を出す。
「いや、魔力は2回使ってる。……わからなかったなら、グレンたちのパーティに入っても足手まといだろうな」
目を丸くするユズハ、口をあんぐり開けたケイ。
エリカは慌ててハヤトを立たせつつ、俺をちらりと見る。
「……ごめんなさい、リク。……。でも、どうしても、みんなを……」
そう言いかけたところで言葉を飲み込む。
ハヤトはエリカに支えられながらよろよろと立ち上がると、わずかに震える声で捨て台詞を吐いた。
「なにが楽しいだよ……っ。そのフザケた考え、後悔させてやる……!」
最後にギロリとこちらを睨みつけ、エリカに促されるまま足早に立ち去る。
俺はそれを見送るしかなかった。
(あいつ、あとで何か仕掛けてこなきゃいいけど……いや、そんなこと言ってても仕方ないか)
「なあ、ユズハ、今……なにが起こった?ハヤトってやつ、なんで負けたの」
ケイが横目でリクの様子をチラリと確認しながら、小声で尋ねる。
「わ、わからないよ……」
「てか素手で剣 弾いたよな?あれどうやんだろ」
「知らないよ…!わたしもドラゴンに襲われたとき助けてもらったけど、一瞬で倒しちゃって……何が起こったのか全然理解できなくて」
「ドラゴンに襲われたぁ!?ガチじゃん! 強えー……」
ケイの声に気づいて振り返ると、ふたりは妙にそわそわした様子で俺を見ている。
「ごめん、あまり気にしないでくれ。エリカは前のパーティ仲間だったんだ。まさかここまで来るとは思わなくて」
ケイは「ああ、いろいろあるんすねー、ほんと」と苦笑まじりに返事する。
「……その、まあ……聞いた通り、俺はパーティには戻る気はない。この先も配信を続けたいと……」
「……わたし、嬉しかったです」
「え?」
「リクさんが “配信するの、楽しい” って言ってくれたこと。……ホントに嬉しくて。わたしも配信が大好きだから、リクさんにもその楽しさをわかってもらえたんだって思ったら……」
そう言うと、ユズハは笑みをこぼす。いつもの笑顔よりもずっとあたたかくて、どこかホッとしたような表情だ。
ケイも「うんうん、配信は楽しいっすよ。一体感ができたときの盛り上がりってのかな、そういうのが」と相槌を打つ。
「そう! 視聴者さんと一緒に作り上げる感じが、わくわくして止まらないんです。」ユズハが語るたびに、表情が少しずつ明るくなる。
「ケイくんが穴に落ちたときも、配信者も視聴者さんも“うわー!”って盛り上がるじゃないですか。……ああいうのが、ほんとに楽しいですよね」
後ろでケイが「オレが落ちたことは触れないで」と軽くツッコミながら、それでも俺はユズハの笑顔を見て、自然とつられて笑ってしまう。
「そうか、ありがとう。ユズハのおかげだよ」
それを聞いたユズハは にぱっと笑って「えへへ」とほんのり嬉しそうな声を漏らした。
「じゃあ、後片付けの続きをしよう。……そういえば、まだマナチャも確認してなかったよな」
「了解っす~」
ケイがさっさと向かっていくのを目で追いながら、俺は息をつく。
ユズハも同じように後を追いかけるのかと思いきや――
突然、何かに引っ張られる感覚がある。
「ん?」
足を止めて振り返ると、
俺の服のそでをユズハがきゅっとつまんでいる。
見上げてくるユズハと目が合う。
途端にユズハの顔が かっと赤くなる。
「え?」
「あっ…」
ユズハは小さく声を上げ、ぱっと手を離した。
「ど、どうした?」
勢いよく手をぶんぶん振りながら、見たこともないような慌てぶり。
「いえ、いえ!? え!?…え、えっと……その……」
消え入るような声とともに顔を伏せた拍子に、髪がさらりと揺れて赤くなった耳が見える。
「……なにかあったのか?」
「う、ううん!?……なにも、あっ、なんでもない、…です……!」
ユズハはまた何か言おうとするけど、うまく声にならないらしい。
あからさまにテンパってると思うが……
「…そ、そうか?」
「は、はい! あっ、わたしも片付け、しないと!」
そう言って、いきなり走り出してケイを追いかけていった。その後ろ姿を見送る俺は、一瞬呼び止めようとしたが、結局何も言えずじまいだ。
……さっきまで普通だったのに、急にどうしたんだ?
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