推しの結婚がショックすぎて、Sランクパーティをリストラされた
「みなさんに大切なお知らせがあります。わたし……結婚しますっ。そして……赤ちゃんも授かりました!」
まさか、あの清純派アイドル配信者 ステラ・リリィベルの口から、そんな言葉が飛び出すなんて――。
俺の名前はリク。
今朝、その衝撃の配信を見た瞬間から、頭は真っ白だ。泣く気力すら湧かない。
生活費を削ってまで“マナチャ”(魔力支援金)を送り続け、ここ数年ずっとステラを支えてきたつもりだったのに……まさか結婚して、しかも妊娠までとは。
やり場のない喪失感が胸に重くのしかかって、一歩動くのも億劫になる。
それでも、ひとまずパーティの集合場所である冒険者ギルドの酒場に来た。
俺たちはつい先日、晴れて“Sランクパーティ”に昇格したばかりだ。大手配信ギルドとの契約も結び、いよいよこれからってとき。
……そう、普通なら浮かれてしかるべき状況なんだけど、今の俺にそんな気分は微塵もない。
「おいリク! 明日の朝はしっかりここに来いよ。Sランクダンジョンを華麗に攻め落として、そのまま魔王討伐だ!オレに恥かかせんなよ?」
がっしりした筋骨隆々の男、パーティリーダーのグレンが鼻息荒くまくし立てる。
「いいか? 今回のスポンサーはメガ級企業なんだ。新商品PRも兼ねて、配信ギルドのバックアップもついてる。マナチャが悪けりゃ契約打ち切りだ。オレたちはド派手に見せ場を作んなきゃいけねえんだよ!」
今の冒険者は、ギルド登録して依頼をこなすだけじゃなく、配信ギルドと契約してダンジョン攻略配信を行うのが主流だ。
“マナネット”という魔力通信網が普及したおかげで、誰でも手軽に遠隔通話やライブ中継ができる時代。
視聴者から送られるマナチャは大きな収入源になるし、うまくいけばスポンサーがついて有名になれる。
そして未だ誰も討伐を果たしていない魔王の首を取れば、一躍ヒーローだ。
そんな夢のステージが目の前にあるってのに、俺は深いため息をつくしかなかった。
「……ごめん。俺、明日のダンジョン攻略は行けない」
ぽつりと言い放つと、グレンはあからさまに不機嫌そうに眉間にシワを寄せた。
「はぁ? なんだそれ。お前は相変わらず地味だが、最低限の仕事くらいはしろ。 Sランクなんだぞ?」
「……ああ...。でも、どうしても無理なんだ」
重い空気がギルドの酒場フロアに漂う。
他のメンバー――銀鎧の女騎士エリカ、痩せぎすな魔術師ニール、ピンク髪のヒーラーカリン――も会話に加わらず、困惑の表情を浮かべている。
そりゃそうだ。今の俺の顔は、鏡で見たらゾンビかってくらい生気がないだろう。
「はっきり言えよ。何があったんだ?」
グレンがテーブルをドンと叩くと、俺はしばし迷った末、しぼり出すように呟いた。
「……ステラが……結婚したんだ…」
「はぁ!? ...誰だそりゃ?」
「あれでしょ、アイドル配信者の」ニールは知ってるみたいだ。
「アイドルが結婚だぁ!?...そんな理由で仕事放棄すんじゃねえ!」
「ずっと応援してたんだ。だから、なんか……もう…全部どうでもいい」
言い訳になってないのは自分でも分かってる。
でもステラが救いだったんだ。どんなに辛い目にあっても、ステラの配信を見るとまた明日も頑張ろうと思えた。
その光が突然消えてしまった。俺の中で大事にしていた何かが、音もなく崩れ去ったんだ。
「……だからってSランクダンジョン攻略ドタキャンするか?お前、脳みそ腐ってんじゃねえのか!」
グレンは青筋を立てて怒鳴る。
エリカは「リク……」と言いかけて口をつぐみ、ニールは「まあ、ね。まあね...」なんて妙にリアルなため息をついた。カリンは完全に引いてて俺を見ようとしない。
「スポンサーはオレ様を大プッシュしてくれるってんだぞ。視聴者もオレの勇姿を期待してんだ。明日はガッツリとマナチャ稼げるんだぞ? お前、何考えてんだよ!」
「……何も考えられない...。行かなきゃいけないのはわかる……けど、無理だ。明日ダンジョンなんか行ったらモンスターの群れに自分から突っ込みそう」
そう言った途端、グレンの表情が怒りから呆れに変わる。
そして――深くため息をついたあと、バシッと指を突きつけてきた。
「……分かった。リク、お前はもうクビだ。パーティから外れろ。オレたちはオレたちで、Sランクダンジョンをクリアしてみせる。足手まといのお前なんかいらねぇよ!」
「……わかった」
それが俺のリストラ宣告だった。
プロSランクの肩書きも、スポンサー収入も、全部パァ。普通なら血の気が引くような事態だが……いまの俺にはショックを受ける余力すら残っていない。
そのまま酒場を出ると、ひんやりした夜風が肌を刺した。
「はぁ……どうするかな」
明日から俺は無職。所持金はスズメの涙。
……っていうか、もともと金はマナチャで全部溶かしてるんだ。下宿代すら危うい。
ステラのショックは消えず、脳裏では“彼女が美しいウェディングドレスを着ているシーン”がグルグル回り続けている。
ダンジョン攻略どころか、立ち直る気力すらわいてこない。
...どこか、ステラが目に入らない、なにも考えなくて済む場所があるなら...
そんな虚無感に突き動かされ、俺はふらりと街を出た。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
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