第四話:側室の娘と 元王国諜報部
「私のフルネームは、リシリア・リュン・ファステリード。この国の第二王女です。
といっても、隠された側室の娘ですけど」
「隠された?」
「ええ。国王が一度だけメイドと関係を持った時にできた子供です。側室も数名いたのですが・・・全員との間にできなかったようですね」
ヴァイスの質問に、リシリアは答えた。
「なお、正妃様も第一王女様をお産みになった後しばらくして・・・なので、この国に王子はおりません」
「・・・その辺りは知っていたが」
ヴァイスのつぶやきに、リシリアは首を傾げた。
だが・・・彼は知ってることを話すと言っていたので質問は後回しにすることにした。
「ちなみに、アトナは私のメイドではありません。第一王女様のそばに仕えていたメイドの1人です」
「もっとも、私が仕えていたのは数日なのですがね。しばらくして事件が起きましたので・・・」
そう言ってアトナは少し表情を暗くしていた。
しかし、その表情はすぐに元に戻った。
「第一王女アリュシア様に仕えて数日ですが、王女様本人よりリシリア様のことは聞いておりました。
秘匿されておりました間、リシリア様はメイドに扮装してアリュシア王女様とお会いになっており、良好な関係を気づいていたようです」
「アリュシアお姉さまに私を教えたのは国王ですがね。メイドの娘ですが、お姉さまは実の妹のようにしてくださいました」
そう言って、リシリアは笑顔になっていた。
しかし、その表情はすぐに真剣なものになった。
そして、傍で聞いていた襲撃者に視線を向けた。
「恐らくですが、私の存在が知られたからこその襲撃ではありませんか?命が狙われる方向だったのが気になりますが」
その言葉を聞いて、襲撃者だった男は頷いた。
「そうだ。俺たちの雇い主は、お前の存在を知った。受けた依頼内容は『確保して連れてくる』か『確実な殺害』だった」
「依頼主は、だれですか?」
素直に答えられたので、続けて質問した。
しかし、その回答は首を横に振ることだった。
「直接依頼をしてきたのは、フードをかぶった男だった。動きから恐らく兵士ではないだろうな。
そいつも依頼を持ってきただけで、本当の依頼人はわからん」
「なるほど・・・しかし、そんな簡単に教えていいのですか?」
おかしいくらいに素直に話すので、リシリアは疑問に思った。
その質問に対しての襲撃者の回答は・・・怒りだった。
「あなたが秘匿されていたとはいえこの国の王女様だとするならば、恐らくその死は公に公開されることになるだろう。そうなると、その実行した犯人は?そう考えるとわかるだろう?そう、俺たちだ!
依頼してきた奴は、どちらにしろあなたを殺すつもりだろう。そしてその罪を俺たちに着せるつもりなんだろうよ!」
そう言って、彼はそばでまだ気を失っている仲間を見る。
「確かに俺たちは、金さえもらえば色々なことをやってきた。だが、それでも殺人だけはやったことはない!それが数年前、ただの情報屋として活動していた俺たちの生活はその日を境に様変わりしたよ。そして不条理な理由で住む場所を失い、それに対しての謝罪も賠償もない。大切なものを失ったにもかかわらず何もだ!」
そのセリフの後、少し間を開けて・・・リシリアの方を見る。
「この国は変わったよ。昔は本当に住みやすい、良い国だった。貴族の汚職なんかもなく、情報屋なんて言ってるがやってたことは迷子探しや浮気調査ばかり。裏金調査や誘拐、強盗についての調査なんて全くなかった。それが、数年前からどうだ?貴族の間で不穏な動きがあったり、不条理な理由で村がなくなったり。
『実験』と称して連れ去られた人たちがその後、姿を見せなくなったり・・・。教えてくれよ?何がこの国に起こっているのかを。劇的な変化が起きたのは第一王女様殺害事件の後だが・・・その前から少しずつおかしいことが起こってたんだ。第二王女様なら、何か知ってるんじゃないか?」
その目には、少しの涙が浮かんでいた。
リシリアは、何も言えなくなっていた。
彼女も、そしてアトナも王城の奥の方で暮らしていただけだった。
国に何かが起こっていたとしても、それを知る立ち位置にいなかったのである。
2人は、その答えを持ち合わせていなかった。
だが、その答えは別の所からやってきた。
「恐らく、首謀者はこの国の中枢にいる人物。最も有力な対象人物は・・・ランバード騎士団長」
そう言ったのは、ヴァイスであった。
「・・・それは、何か理由があるのですか?」
リシリアが聞くと、彼は頷いた。
「こちらの知る、隠している情報を教えよう。そのうえで質問と協力を依頼したい。当時、この国にいたあなた方に」
そう言ってヴァイスは、襲撃者だった男の方も向いて言った。
「俺は・・・元この国の諜報部の一員だ。脱退したのは5年前になるか」
その発言に、全員の顔に驚きの感情が浮かんでいた。
「知ってるとは思うが、諜報部は暗部。表に立つような部署ではなかった。それ故に、俺たちの任務を伝えに来るのは騎士の誰かだ。だから、俺は第二王女のことも王女仕えのメイドのことも知らなかった。2人を知らなかった理由はそこにある」
そう言って、彼は脱退することになった時の話を始めた。
「表立っては、先ほど彼の言っていたようにこの国は平和そのものだ。だが・・・やはり裏は存在していたんだよ。王都から離れた地方に行くと、小貴族の中にはバレないようにしながらも着服していた奴らもいた。領地で行方不明事件が起きたりもしていたようだが、だいたいが領主が後ろ暗いことをしていたよ。気に入った女を攫っていたり、飽きたら奴隷商人に売ったり・・・男も適当な理由でひっ捕らえて、資金稼ぎの一端として奴隷商人に。そういった奴らを調査して、対処するのが俺たちの仕事だった。本気の抵抗をする奴には実力行使もしたことがある」
「あ・・・もしかして、ほんの数件ですが小さな町が魔獣の被害を受けて壊滅したって話は」
アトナの質問に、彼は頷いた。
「俺たちがやった粛清だ。といっても、住人には説明して事前に逃がしていたのでな。死者に関しては、そいつに加担していた奴らだけだ」
「それで、町の壊滅にしては死者が少なかったのですね・・・続けてください」
アトナがそう言うと、再び彼は話を再開した。
「そんな任務を行っていた時だ。ある貴族から押収した証拠資料の中に奇妙なものを見つけたのは」
「奇妙なもの?」
「ああ。騎士団本部からの手紙だった。その内容が『調査の進捗報告依頼』というものだった」
その言葉に反応したのは、男だった。
「調査・・・もしかして、こちらでも掴んでいた『地方での失踪事件』と関係があるのか?」
ヴァイスは頷いた。
「読み進めると、まさにそれだった。どうやら騎士団からの依頼で、町で技術士をやってる人物の調査依頼だったようだ。そして、結果騎士団が怪しいと判断した人物は秘密裏に本部に連行されていたそうだ」
「・・・失踪事件ということは、恐らくその人たちは帰ってこなかったという事でしょうかね?」
リシリアが聞くと、男は頷いた。
「ああ。俺の仲間が調査したそうなんだが・・・どれだけ探しても見つからなかったそうだ。ただ、数人だが騎士と一緒にいたという情報を掴んでいた。騎士団に問い合わせたこともあるが・・・知らないの一点張りだったそうだ」
「そうですか・・・。けれど、その事件があったからと言って、騎士団長が怪しいと言う理由にはならないのでは?」
アトナがそういうと、ヴァイスは頷いて話をつづけた。
「それだけだと、俺も怪しいとは思いはしなかった。だが・・・俺は独自にその件を調査した。そして、ある一人の技術士に行きついたんだ」
「それが、騎士団が探していた人物?」
ヴァイスは頷いた。
「それが5年前。俺が退団した理由だ。その技術士は、元騎士団所属の技術士だった。とある新技術を開発したが、騎士団長に無用の代物と決めつけられその上で『騎士団の秩序を乱そうとした』として解雇されたそうだ。彼は『全く聞く耳を持ってもらえなかった。検討したうえで不要だとされれば納得もできたが、仕様書を一瞥しただけで却下された』と言っていた。彼のこの件はそれより1年前だったそうだが」
「それとの関係がよくわからないのですが・・・つまり?」
「その技術者を解雇したのがランバード騎士団長だ」
リシリアは少し考える。
「・・・今の説明では、ランバード騎士団長が1人の技術士を解雇したことの説明ですね。
貴族が技術士を探す指示を与えていたのが騎士団だとして・・・それだと、騎士団が技術士を呼び戻そうとしていただけとしかならないのでは?
彼が首謀者という理由に繋がるかどうかは・・・」
そう。
この流れの説明では、騎士団長が首謀者という説明には全くならないだろう。
だが・・・
「その技術士が、騎士団長のある計画を知ってしまっていたとしたら?」
「ある計画?」
「国を乗っ取る計画。そして、近隣国への侵攻作戦の計画を秘密裏に進めてるという証拠品を持っているとしたら・・・どうだ?」
その発言に、3人は言葉を無くしていた。
お約束の一つ、王位簒奪。