別れ
「何バカ言ってんだテメェ!!シンヤがお前に手を貸す訳ねぇだろ!!」
グランが食って掛かる。
「私はもう長くないらしい。後継者が必要なのだが…息子はまだ肉体的にも精神的にも幼い。キミの様な人が必要なのだ。」
当然、答えはノーと言いたいところだ。
しかし…。
彼の後継者になるということは、タイムマシンの使用が可能になるということ。
またあの時代に戻って、人生をやり直すことができる可能性が生まれるということなのだ。
「おい!!シンヤ!何とか言ったらどうなんだ!?」
「…条件がある」
「…嘘だよな…?嘘だと言ってくれよ…!」
彼は敵だ。それは分かっている。
でも、今から俺が敵を敵たらしめている要素を取り払ってしまえばいい。
「日本文化の強制、およびテロ行為を早急に止めてもらう。」
これが飲めないのなら俺たちはまた敵同士だ。
「…なるほどな。」
彼はそう呟くと、手を顎に当てて黙った。
「お前何考えてんだ…!そんな条件なしでも、ここで奴を殺せば全てが終わる!簡単な話だろ!!」
「そんな決着をメリーさんが望んでいると思うか?」
「…!」
俺はできるだけ血を流さずに解決したい。
もう人が死ぬのは御免だ。
俺たちが話をしていると、考え込んでいた川崎が口を開いた。
「よし。ならばこうしよう。『ノアの箱舟』計画は今現在をもって終了とする。」
それはこの時代への関与を終了するという宣言だった。
「つまり、俺たちはもうこの時代には帰ってこないということか…?」
「そうだ。」
その返事を受けて、一瞬の静寂が流れる。
「俺は嫌だぞ。もう大切な人と離れ離れになるなんてあんまりだ。」
涙を押し殺した声でグランが言う。
それを聞き、沈黙を貫いていたケンさんが口を開く。
「おれはシンヤくん達が話していた内容を少しも理解できていない。でも…。」
一呼吸おいて、彼はこう言った。
「おれ達にはおれ達の、シンヤ君にはシンヤ君の居場所があるんじゃないかな。」
「慎也には慎也の居場所があるのよ。」
家を追い出される直前、自室から聞こえてきた母の言葉だった。
その日は遅くまで父と母が言い争っているようだった。
家に引きこもる俺の処遇を決めるための言い争いだろう。
父は俺のことを早々に見限っていた。
学校に行かなくなった時から『自分の仕事をしないのなら出ていけ』とよく言われた。
既に何度も家から追い出されそうになり、そのたびに母が止めてくれていた。
いつしか俺はそれが当たり前だと思うようになってしまっていたのかもしれない。
それがどれだけ図々しく、誤っていることかも知らずに。
結果的に翌日、俺は家から出ていくように言われ、家の近くの橋から飛び降り自殺を図った。
途轍もなく自分勝手な行動だと、今では反省している。
「俺は俺の正しいと思う方法で世界を救う。それが自分にできる精一杯の償いだと思うから。」
俺は川崎に歩み寄り、右手を差し出した。
「俺は元居た時代に戻る。100年後の世界も、俺のやり方で救ってみせる。」
ケンさん、エクス、そしてグラン。彼らとはお別れだ。
「分かった。後は頼んだぞ。」
川崎は俺の右手を取り、微笑んだ。
「私はもうしばらくこっちの時代に残る。息子の介抱もしてやらねばならないしな。あの子にはかわいそうな思いをさせてしまった。だから、これが私の償いだ。」
時空移動装置の空間の外側と内側を隔てる扉を挟んで最後の会話をする。
「これが私の現在の仕事をまとめたものだ。キミにはこれから毎日、みっちり働いてもらうよ。」
「げ。これ1日のスケジュールなんですか?」
俺は渡された書物のスケジュール表を見て驚愕する。
その書物をくるくると丸め、ズボンのポケットに突っ込む。
「それじゃあ、お別れだ。…おい2人とも、明るくいこうぜ。ケンさんを見習えよ」
「父さんが異常なんだろうがよぉ…。」
「いや、結構心にクるものがありますね…。」
「最後ほど明るくいこうっていう信条だからな。おれは。」
かく言う俺も、泣かないように必死なのである。
「じゃあ、元気で!」
その言葉に、2人は涙をぬぐって応える。
「おう!お前もな!!」
「そっちこそ、過労死しないようにしてくださいね!!」
扉が閉まる直前、俺の頬にもこらえていた熱いものが伝った。
午前4時、まだ日の昇らない街中を歩く。
別れとは、その瞬間は一瞬だが心には長く残るものだ。
あの別れは相手の心に長く残るだろうか。
もしそうならそれはとても幸せなことだと思う。
それは相手が自分のことを想ってくれている証なのだから。
研究所に帰り、白衣に腕を通す。
家に帰り、着慣れたいつもの服に腕を通す。
「さて、ちょっと早いけど仕事始めますか!」
俺は。
「ちょっと早いけどランニング始めますか!」
僕たちは。
あの別れを忘れない。
リプロデュース・アトムズ 完




