歴史
「お前、名前は?」
「エクスです。」
「分かった。エクス、お前は魔法がどんな仕組みで働いているか分かるか?」
2階の彼の書斎に連れてこられた僕は、そう問われた。
「空気中に漂っている魔力を取り出してそれを利用しています。」
「三角だ。正確には魔力というのは取り出さなくても使うことができる。」
取り出さずに使える?
どういうことだろうか。
「粘土を想像しろ。空気中に漂う魔力を粘土のように形を変えて使うんだ。」
なるほど。魔法というのはつまり、魔力を変形させた姿ということか。
「だが今回お前に教える魔法は、魔力を変形させない。」
「変形させない、と言いますと?」
「お前の言う通り、魔力を取り出してそのまま使うんだ。」
魔力をそのまま使う。
魔力という力を飛行に利用するには確かにそのままの形で魔力を放出した方がいいかもしれない。
「そのために…。おい、老人に重い物を持たせるな。手伝え。」
僕は慌ててディアブロさんが運ぼうとした分厚い本を手に取った。
1000ページはありそうな、ずっしりとした本である。
「飛翔魔法の理論を魔法学の基礎からまとめたものだ。明日までに目を通しておけ。」
明日まで!?
これ読むのに休憩なしでぶっ通しでも10時間は余裕でかかりますけど!?
「それはちょっと…」
「私には時間がない。分かったな。」
「…!」
…やるしかないか。
「読み終えたら教えろ。実践練習に入る。」
そう言うと彼は寝室に入っていった。
「おお、おかえり。」
「どう?飛翔魔法、会得できそう?」
「そう簡単なものじゃないですよ…。一度宿に戻ります。戻ったら僕は集中するので話しかけないでくださいね」
申し訳ないが結構なハイペースで読み進めなければならないのだ。
「おう、協力するぜ。今日だけはお前の召使いだ!」
「何か力になれることがあったら教えてくれよ。」
「ありがとうございます。では行きましょう。」
僕たちは返事のないお礼を言い、魔法使いの家を後にした。
「グラン、コーヒーをお願いします。」
「あいよ。」
僕は机に本とルーペを置き、一度伸びをした。
普段僕は読書をしない。
文章を読むのも速い方ではないだろう。
だが、やるときはやる男だと自負している。
「さて、やりますか。」
僕は表紙をめくった。
「『第一章、魔法とそのメカニズムについて』。」
救世主が時を操る秘宝を使用し人々と共にこの地に降り立つ以前、この世界に魔力は存在しなかったとされている。
魔力の存在を認知した救世主は、それを利用できるのではないかと考えた。
魔力とは窒素や酸素などと同列の、空気中に0.0003%の割合で存在する元素である。
その魔力の形を変え、従来の元素と混ぜ合わせて使用することで、魔法を使うことができる。
「結構学校では教えてくれない事も多いんだなぁ。半分くらい知らなかったや。」
そのまま読み進める。
「『第二章、魔法の誕生について』。」
救世主は、まず基本三属性の攻撃魔法を生み出した。
秘宝使用以前の世界と比べて魔物が凶暴化していたためである。
魔法の使用方法はシンプルで、一部の者以外は楽に扱うことができた。
その魔法が使えない一部の者は、魔力を別の方法で身体の物理的な強化に充てることができた。
よって、当初の目的である魔物に対する自衛は問題なく達成することができたのである。
その後、魔法使用のいろはを覚えた有志たちによりさらなる戦闘魔法や日常使用される魔法が生み出された。
「『第三章、飛翔魔法について』。ようやくここまで来た…。もう日が暮れてるじゃん…。」
有史300年、人類が夢見続けた空を飛行するすべを見つけた。
私は、魔力を単なる元素ではなくエネルギーとして使えるものなのではないかと考えたのだ。
なぜ魔力だけがほかの元素と違い、形を変えたり別の物質として使えたりするのかを突き詰めて考えると、どうやら魔力は、ミクロの世界においてとてつもない速度で振動しているらしいことが分かった。
この振動によるエネルギーを、そのまま放出することによって労せずして移動、ひいては飛行することができるようになったのだ。
「ふぅ…やっと読み終わった…。」
現在時刻は深夜2時。
読み始めたのが昼の1時だったから…13時間集中しっぱなしだったってことか。
うわ、自覚したら急に眠気が…。
「両者意識がある状態では初めましてだな、梶原慎也。」
檻に入れられた俺は、寝転んで天井を見上げていた。
そこに1人の男が現れる。
「おっと、自己紹介がまだだったな…。私は川崎誠也だ。」
ああ。こいつがか。
今すぐにでも殴り掛かりたいところだが、薬がまだ効いていて殴るどころか起き上がることもできない。
「心配しなくても、キミの仲間はすぐに来る。私には分かるからな。」
なぜだ?
そう訊こうとしたが、上手く口が回らない。
「まあ、ゆっくり寝ておいてくれ。また会う時があったら、その時はよろしくな。」




