賢老
シンヤが消えた。
失踪したのだ。
風呂に行くと言って僕たちと別れたのち、そのまま消息を絶った。
番台さんに聞くと、シンヤは脱衣所に一度入ったあとは出てきていないそうだ。
恐らく転移魔法を使用しての拉致。
番台さんに更に詳しく話を伺うと、シンヤの後にもう一人黒髪の少年が脱衣所に入っていったそうだ。
敵組織の人間とみて差し支えないだろう。
その少年は、最近になってよくこの宿に顔を出すようになったそうである。
僕たちをピンポイントで狙った犯行だと思われる。
「さて…今後の動きをどうするかが肝ですね…。」
僕たちはパンゲア・ウルティマ大陸の地図を前に頭を抱えていた。
基本的に僕とグランは、この辺りの土地勘がない。
よってこれからの行動はケンさんが軸となる。
「実のところ、おれもあんまり詳しくないんだよね…。行き当たりばったりで旅してたからさ。」
現在の僕たちは、シンヤ奪還を最重要目標としている。
シンヤが連れ去られた場所が分かればいいのだが、それには地図から敵のアジトを割り出さなければならない。
「ジェーラがいればな…。」
彼女がいれば、初見の地図でも地形や標高からアジトの場所を割り出すことができただろう。
だが、現実には彼女はいない。
僕たちだけで何とかしなければならないのだ。
地図を穴が開くほど見つめているうちに、僕の目に一つの場所が留まった。
「ここってなんなんでしょうか。」
僕が指さしたのは、地図に記された円形の白い部分。
落丁だろうか。
岩山に囲まれたその場所だけ、標高がマイナス表示になっている。
「ああ、そこはクレーターだよ。救世主が現れた聖地とされているが、岩山に囲まれてるから誰も到達したことがない。」
なるほど。
かつてカイラは謎の板を使ってオーラと交信をしていた。
奴らの技術力ならあるいは…。
「おそらくここです。ここにその少年のみならず、敵全体のアジトがあるはずです」
「マジで?奴らのアジトはネーブル海じゃなかったのか?」
「恐らくネーブル海はブラフでしょう。それに、奴らなら技術的にもあり得る。」
問題はどうやってここまで到達するかだ…。
「よし、分かった。やってみる価値はある。」
ケンさんが膝をポンと叩き、こう言った。
「この街におれの知り合いの魔法使いの爺さんがいる。まだ生きてるかは分からんが、彼なら方法を知ってるかもしれない。」
「急ぎましょう。」
僕たちは急いで用意をして、宿を出た。
「ここだ。」
「いかにもですね。」
「でっけー壺で緑色の液体かき混ぜてそうな家だな」
周りの家は普通なのに、ここだけ怪しげな雰囲気が漂っている。
「結構な言い草だな、ガキども。」
その声に振り返ると、三角帽に長いひげを生やしたこれまたいかにもなお爺さんが立っていた。
「おお!!生きてたかディアブロ爺さん!!」
「父さん、この人がその人?」
「そうだ。爺さん、今年でいくつだっけ?」
「94だ。ケン、お前も老けたな。」
アンタークで90歳まで生きてる人なんて見たことがない。
こっちの大陸は魔物のみならず人まで強いのだろうか。
「18年ぶりにこっちまで来たんだ。茶でも用意してやる、入れ。」
悪い人ではなさそうだ。
「で?どっちがあの時のガキだ?」
「俺です。」
「そうか。オーラの分までしっかり生きろよ。」
その話、グランが知らなかったらどうするつもりだったのだろうか。
「爺さん、それがちょっと問題でな…。」
「オーラは生きてるんです。」
「待て、どういうことだ?」
それから僕たちはディアブロさんに、現在とある組織と交戦中であることやオーラがその組織に属していること、メリーさんが死んだこと、仲間がその組織に捕らわれていて助けるために力を借りたいことなど全てを話した。
「なるほど、話は理解した。だがあそこに行くのはやめておけ。」
「なぜだ?仲間を助けて、敵組織も倒せる一石二鳥のチャンスなんだぞ?」
それを聞くと、ディアブロさんは意を決したように話し始めた。
「私はあそこに行ったことがある。正確にはクレーターの外壁の上に立っただけだが。」
「なんですって!?」
「どうやって行ったんだ?」
声を荒げる僕に対して、ケンさんは冷静に問いかける。
「私が生涯をかけて開発した、飛翔魔法だ。あそこに行ったのは丁度…ケン、お前が旅立った直後だ。」
飛翔魔法…!
そんなものが実現できるとは…。
「あそこの上で見たものは、人知を超えていた。一言で言うなら、鉄の世界とでも言おうか…。」
鉄の世界。
僕のチンケな想像力ではそれがどんなものか想像もつかない。
「得体のしれないものが沢山あった。私は他のどんな感情も忘れて、ただ恐怖を抱いたよ。あそこには行ってはいけない、何か我々とは到底相容れないものが潜んでいる。」
なるほど、大体読めてきた。
僕の考えは正しかったようだ。
あそこに奴らのアジトがあるに違いない。
恐らくカワサキの技術力の結晶がそこにはあるはずだ。
「それを聞いたらますます行かずにはいられません。そこに仲間がいることが確定したようなものですから。」
僕の言葉を聞いたディアブロさんは。
「そうか。どうなっても知らんぞ。」
そう言うと彼は席を外し、階段を上がり2階へと歩いて行った。
「どこに行くんですか?」
「どうやってあそこに行くと思ってるんだ。お前に飛翔魔法を教えるんだよ。ケンもグランも魔法は使えんだろう。」




