温泉宿
タラップを降りる。
中々の長旅であった。
この中での生活は楽しかったので、名残惜しくもある。
それにしても…。
「涼しいですね。ちょっと寒いくらい。」
ここ最近熱気にさらされがちだった俺たちの身体は、北半球の空気に慣れずにいた。
ここはパンゲア・ウルティマ大陸北部、ランボである。
現在の日付は3月26日。
まだ少し肌寒さの残る春である。
「短い間でしたが、お世話になりました!」
「いやいや、オレたちこそ助かったぜ!また会おう!」
2週間、苦楽を共にした仲間と別れる。
「ルミナさ~ん!!黒髪似合ってるから染め直さなくてもいいんじゃな~い?」
「しつこいですよ!!」
俺たちはあれから黒髪を隠そうとするルミナさんを、よくからかっていた。
本気で嫌がっている様子はなかったし、まあいいだろう。
再び仲間として受け入れてくれたのが嬉しかったんだと思う。
去り際にも茶々を入れて、2人に背を向ける。
ここからは、また4人の旅だ。
長旅で疲れた身体を癒すため、ランボに2泊ほどすることになった。
この街には温泉もあるそうな。
風呂好きの俺からすると、なかなかテンションの上がるイベントである。
今回泊まる宿は、日本の旅館のようないでたちをしていた。
懐かしい雰囲気で、いつか話した下田の旅館を思い出す。
思えば旅に出てからこれまでずっとトラブル続き。
久しぶりに羽を伸ばすことにしよう。
少し早いが、俺は浴場に向かうことにした。
脱衣所を見渡すと浴場へと続く扉の前に、なにやら白い箱が目に入った。
これってもしかして…。
「冷蔵庫だこれ。」
風呂場の近くにある冷蔵庫に入っているものと言えば…。
「牛乳入ってるやんけ!!!分かってるなオーナーさん!!!」
テンションブチ上がりである。
しかもその冷蔵庫の上には、『ご自由にお飲みください』の文字が!
おいおい、いいのかこんな幸せで…!
はやる気持ちを抑えながら、浴場へ入る。
俺は昔から、こういう温泉に来たときは全種類の風呂に入ると決めている。
だが、まずは体を洗ってからだ。
こういうところのシャワーの操作はまちまちで、いつまで経っても慣れない。
だが、毎回シャワーの扱いに四苦八苦するのも旅館の大浴場の醍醐味である。
「冷てぇ!!!」
そう、こういうのである。
シャワーに振り回されながら体を洗う。
このボディーソープやシャンプー、ドラッグストアとかで見たことないけど、企業限定販売とかなのかね?
そうこうしているうちに体を洗い終わった。
さあ、風呂に入ろう。
まずは大風呂。
大浴場と言ったらやっぱりこれだよな。
今は俺以外に客はおらず、広い浴槽を独り占めしている。
しっかり肩まで浸かって温まる。
ちょっと熱いくらいがちょうどいい。
次にジェットバス。
ここのジェットバスは寝ころびながら浸かるタイプだった。
肩の位置を調整して、ジェットを当てる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
ジェットバスって、声出るよね。
左肩の古傷によく効く。
お次は露天風呂。
露天風呂の良さといえばなんといっても開放感!
合法的に屋外で裸になれるのだ。
このぐらいの季節では湯船から出た時にひんやりとした空気が肌に当たるのが心地いい。
湯船に浸かると下半身の熱が上半身に伝わり、その上半身の熱を大気が冷やす。
これって永久機関なのではなかろうか。
さて、最後に忘れてはいけないものがある。
そう。サウナだ。
サウナに入ろうと扉を開けると、先客がいた。
「あ、どうも~」
俺が露天風呂に入っているときに入ったのだろう。
辺りは湯気が立ち込めていて相手の姿は見えない。
話をしようと彼に近づく。
湯気の中から次第に身体が現れる。
その人の髪色は黒であった。
咄嗟に身を引き、サウナから出ようとするとその男は言った。
「大丈夫ですよ、ボクは怪しい組織の者ではありません。日本っていうところからから来たので髪が黒なんです。」
…え?
「今なんて?」
「だから、ボクは怪しい組織の者では…」
「いやそっちじゃなくて。」
「日本から来ました…?」
「そうそれ」
まさか他にも日本から来た人がいるなんて…!
「ちょ、ちょっと話しましょう」
故郷の話で盛り上がれる人がいるとは…!
嬉しい話だ。
ここにいるという事はこの宿に泊まっているということだ。
部屋に遊びに来てもらうのもいいかもしれない。
見た感じ、彼は14、5歳に見える。
俺のようにホストファミリーがいるのかもしれない。
「ここで話したらのぼせてしまいます。上がって、牛乳でも飲みながら話しませんか?」
「そ、そうですね。ちょっと興奮してしまって…」
俺は彼と共にサウナを出て、脱衣所へ向かう。
「そういえばお名前を聞いてませんでしたね。」
「ああ、俺はシンヤです」
簡単に自己紹介をする。
この世界の常識に慣れてきた俺は、無意識に下の名前だけを告げていた。
「ボクはシンジです。なんだか名前が似てますね」
シンジと名乗った彼はそう言って笑った。
脱衣所へと続く扉を開ける。
浴場の熱い空気から移動してきたため、外気よりも高い気温である脱衣所の空気も涼しく感じる。
ロッカーから下着だけを取り出し着用したのち、俺たちはいそいそと冷蔵庫へ足を進める。
「じゃあ、乾杯です。」
俺は自分の牛乳瓶をシンジのそれとカチンと合わせ、一気に飲み干す。
だがシンジは一向に飲もうとしない。
「どうかしましたか…」
と言いかけた時、俺は自分の身体の異変に気が付いた。
頭がぼうっとする。
意識を保っていられない。
盛られた。
そう気づいたころには遅かった。
「お前は…やはり例の…!」
混濁する意識の中、ふり絞るように声を出す。
「ええ、そうです。ですが日本から来たというのは嘘ではありません。」
更に彼はこう続けた。
「ボクの名前は川崎信二。川崎誠也の息子です。」




