憎しみ
「シンヤ!!大丈夫か!?」
思ったよりも早かったな。
「状況説明、必要か?」
「いや、大丈夫だ。見りゃ分かる。」
流石。
「シンヤ!武器です!」
俺はエクスが放った武器をキャッチし、構える。
全員が戦闘態勢に入った。
…一人を除いて。
「ルミナ…。」
カマロさんだけが、その場に立ち尽くしていた。
幼馴染が、テロ組織の仲間だったのだ。
その反応は当然である…
「お前黒髪似合うな。」
はい?
「はい?」
おぉ、おんなじ事言っとる。
「いや、茶髪も良いと思うんだが黒髪だと全体が締まるな。ハンマーとも相性がいいと思う。」
何を言ってるんだこのヒトは。
「ふざけてるんですか?さっさと…」
「いや、ふざけてないふざけてない。イメチェン、イイと思うぜ☆」
カマロさんは親指を立て、ウインクする。
ああ。
このヒトはこういうタイプだったよ。
むしろこういう反応で助かったかもしれない。
この反応に我を忘れていたルミナさんが自我を取り戻す的な展開もあるかもしれない…
「消えろ。」
ないね。
これはないね。
彼女は目の色を変えてカマロさんに武器を振るった。
だがそこは腐っても凄腕冒険者。
無駄のない抜刀、そして防御。
あのスピードのハンマーによる一撃を貰っても一歩も下がらない。
「おいおい、なんかオレ怒らせるような事したか?」
「それはさっきも訊かれましたよ!!!」
途轍もない勢いで連撃を放つルミナさん。
それに後れを取ることもなくカマロさんはついていく。
その攻防は、カマロさんが一枚上手であると感じざるを得ないものであった。
カマロさんの動きは相手を攻撃するようなものではなく、あくまで武装解除を目的とした動きに見える。
つまり、本気で戦っていない。
そのことはルミナさんも分かっているのか、顔を真っ赤にして必死に攻撃をしている。
悔しいのだろう。
当たり前だ。自分の非力さは彼女が一番よく分かっているはずだ。
トレーニングの話を持ち掛けた時も彼女は真っ先に応じた。
強くなりたいという気持ちが透けて見える。
そのことが分かってしまったら、俺たちはもう本気でかかっていくことはできない。
「もう、こうなったら…!」
彼女は何やら覚悟を決めた表情を見せる。
何かが、来る…!
「『荷重操・肆』!!!」
『ドン!!』という音と共に、俺たちは地に伏した。
身体が重いなんてもんじゃない…!
潰れる…!
「貴方たち全員にかかる重力を4倍に上げました。もう戦闘はおろか、動くこともままならないでしょう。」
なんとか立ち上がろうとするが、腕を動かすことすらできない。
俺の体重は60キロ。
それが4倍になっているわけだから、現在俺の身体には240キロの負荷がかかっている。
…ん?待てよ?
さっきケンさん200キロのバーベル上げてたよな…?
俺の予想通り、重くなった体を持ち上げた者がいた。
「ふぅ…ふぅ…長くは立ってられねーな。パパさん、立てるかい?」
「無論だよ、カマロ君。早くケリをつけるよ。」
あの二人はバケモンかよォ…!
「う…噓でしょ…でも、その状態じゃまともに動けないでしょう!!」
1人身軽なルミナさんは、まずはカマロさんに狙いを定めた。
彼の頭部にハンマーが直撃する。
しかし、カマロさんは全く動じることなくこう言い放った。
「軽いねぇ。」
4倍の重力の力に慣れた彼にとっては、20キロのハンマーなどピコピコハンマー同然であった。
逆に。
こちら側の攻撃は威力の方程式、速さ×重さの重さが4倍になったことによって単純計算で威力は4倍になっている。
重力で速さも落ちると思われるだろうが、今こちらが仕掛けているのは。
「いいぜパパさん!死なない程度にやってやれ!!」
「!?」
ルミナさんの注意をカマロさんが引いている内にケンさんが背後に回っていた。
今こちらが仕掛けているのは、重力に任せた縦方向の攻撃である。
ケンさんの手刀は、相手の首の後ろを正確に捉えていた。
「ちょっと寝ててもらうよ。お嬢さん。」
勝負あった。
「君の才能はとても貴重なものだ。ぜひ、私に力を貸してくれないか?」
カマロとの旅の途中、立ち寄った街で見知らぬ男にそう呼び止められた。
私は相手にする気は無かったし、実際に相手にしなかった。
だが、その私の態度は次の一言で一変することになる。
「天才と呼ばれる幼馴染が憎いと思ったことはないかな?」
憎いと思ったことはない。
そう思いたかったが、本当にそうなのかは疑問が残った。
時折抱く嫉妬や羨望の感情は、本当に憎しみでないと断言できるのだろうか。
私はその男の話を聞くことにした。
彼は私が自己紹介するまでもなく、私の全てを知っていた。
力が生まれつき弱いこと、質量操作の魔法のこと。
その男は、自分に協力すればコンプレックスも何もかも取り払ってやると言った。
人間はうまい話にすぐ乗ってしまう生き物だ。
私は幼少期から両親にもそういったことには口を酸っぱくして忠告されていたというのに。
私はなんて愚かなのだろうか。
ただ一人の幼馴染も、家族も、好意的に接してくれた人全てを裏切ってしまった。
私はこれからどうやって生きて行けばいいんだ…。
重たい瞼を開ける。
体がだるい。
魔法を使い過ぎたせいかな。
「あ、起きましたね。」
「大丈夫?案外強くいっちゃったみたいでごめんね?」
「カマロさ~ん!ルミナさん起きたってよ~!」
見慣れた金髪が私の眼前に歩いて来る。
「おはよう!目は覚めたか?」
ああ。憎しみなんて抱かずとも、私はこんなにも仲間に恵まれているじゃないか。




