ビュッフェ
「ふぅ…」
部屋に備え付けられたシャワーを浴びながら、汚れと疲れを洗い流す。
どちらも落とすのには苦労した。
生臭いったらありゃしない。
もう替えの外着はないので、仕方なくパジャマに着替える。
この服に付いた墨、落ちるのかな…。
「お、出たか。」
「飯行こうぜ!!」
シャワーから出ると、仲間たちが待っていた。
その手にはトランプが握られている。
「ちょっ!!ちょっとこの勝負だけやらせてください!!もうすぐでストレートフラッシュが!!」
「お前、ポーカーフェイスって知ってっか?」
楽しそうで何より。
エクスを引っ張り出し、向かったのは食堂。
途中でコック帽を被った男性に縋りつく金髪が見えたが、無視して席につく。
そんなに食べたい?イカスミパスタ。
ここの食堂では、ホテルでよくあるビュッフェ形式となっている。
好きなものを好きなだけ食べられる、夢のようなシステムだ。
「俺席とっとくから、先ご飯持ってきていいよ」
「お、悪いね」
俺は家族とビュッフェに行くときも、いつもこうして最初は荷物番をしていた。
この時間に何を食べようか、ランチプレートの構成はどうしようかを考えるのだ。
幸せな時間である。
目をつぶって考える。
洋食にしようか…。
カイラの店のこともあったし和食もあるのだろう。
和食でもいいな…。
「お!さっきの子じゃん!!」
「やめてください、恥ずかしい…」
俺の至福の時間にノイズが入る。
目を開けるとカマロさんと、一緒にいた女性が立っていた。
「さっきは話そうと思ったらすぐどっか行っちゃうからさぁ…」
カマロさんは女性に羽交い締めされながらも動じずに俺に話しかける。
「いや、汚れて気持ち悪かったので…」
「そういやキミ、なんで寝巻きなの?」
「だ・か・ら!!着替えが無いんですって!!」
本当に人の話を聞かないなこの人は。
ふと彼の手元に目をやると、真っ黒いスパゲッティを大事そうに抱えていた。
「あれ、てっきりあの感じだと作ってもらえなかったんだと思ってましたが…」
「お!これか?いやシェフの人に頼んだらさあ、墨袋から出た状態の墨は使えないって言うんだよ」
やっぱりな。
俺はこれでもメリーさんの食堂で料理を手伝っていた身。
料理に関しては少し造詣がある。
イカスミパスタは本来、墨袋を破かないように細心の注意を払いながらフライパンに入れ、麺と合わせてから袋を破り混ぜるものだ。
「『そこをなんとか!!』って言ったら普通のイカで作ってもらえた」
骨折り損のくたびれ儲けとはこのことである。
墨を吐くことが分かっていたのなら先に教えておいてくれ。
おかげで俺のお気にの服が一着お亡くなりになった。
今は洗剤に漬け置きしているが蘇生するかどうか分からない。
「この人は目を離すとすぐこういうことするんです…イカスミをバケツに入れた時点で止めるべきでした…」
それは本当にそう。
その思考回路に至らなかった俺にも非がある。スイマセン。
「あ、もしよかったらご一緒していいですか?」
「もちろんいいですよ!あ、こっちは仲間が座るのでこちら側へ…」
隣の席に2人を案内する。
「申し遅れました、私はルミナと申します。彼とは幼馴染のはずなのですが今では完全に保護者に…」
同情します。
ルミナと名乗ったその女性は、茶髪を肩口で切りそろえたボブカット。
先ほども言ったが体は華奢。
とてもハンマー使いとは思えない。
「梶原慎也です。名字がありますが別に偉いとかではないので下の名前で適当に呼んでください。2週間よろしくお願いします」
「ハイ、よろしくお願いします」
彼女はよくできた人だ。
俺の名字がある理由が訳アリだと即座に察知。
追求せずに最低限のレスポンス。
そして追求しようとしたカマロさんに無言の圧をかける。
行動に無駄がない。
尊敬できる人間だ。
そうこうしているうちに食事をもって仲間たちが戻ってきた。
「ごめん、遅くなった…ってさっきの人たちじゃん」
「いつの間に仲良くなったんですか?」
どちらかというと仲良くなったというよりも押しかけてきた…まあいいや。
仲良くなったということにしておこう。
仲間に席を任せ、俺はルミナさんと共に料理を取りに行った。
「これだけあると目移りしてしまいますね。」
「そうですね~、なんかお好きなものとかあるんすか?」
見知らぬ人との会話は新鮮で楽しい。
日本にいた時はよくネットの住人たちとボイチャを繋げてゲームをしたものだ。
「私は大陸の果てにある漁村出身なので、魚介類は何でも好きです。カマロはなぜかイカにハマっていますが…」
幼少期に食べたものは忘れられないものだ。
「俺は魚介でいったら牡蠣が好きですね。レモンもいいですがポン酢がよく合うんですよ。」
初めてオイスターバーに行った時の衝撃は、何物にも代えがたい。
「貝は良いですよね。私はよく海岸沿いにある岩に張り付いているカメノテって貝をおやつに食べてました」
「あれって貝じゃなくて甲殻類らしいですよ」
「え!?そうなんですか!?今初めて知りました…」
そうしてしばらく話したのち、会話が途切れるとルミナさんは突然神妙な面持ちでこう言った。
「シンヤさん、貴方はカワサキセイヤという名前を知っていますか?」
!?
「ど…どうしてその名前を…?」
俺たちの旅の目的。
オーラを連れ帰るにあたっての最大の障壁。
「詳しくは話すことができませんが…。」
なぜその名前が彼女の口から…。
「この船の中に、彼の組織の幹部クラスが潜んでいるとの噂があります」




