クラーケン
クラーケン。
地球ではノルウェーに伝わる怪物。
絵画や言い伝えでは巨大なタコやイカとして描かれることが多い。
近年ではその正体はダイオウイカであるというものが通説となっている。
にしてもこれは…。
「デカすぎるな…」
その身体を足を伸ばして測ったら100メートルくらいはありそうだ。
地球のダイオウイカは、デカくてせいぜい15メートルくらい。
文字通り、桁が違う。
こんなのどうやって倒せばいいんだ?
通常、イカは眉間に包丁を入れて締める。
なら、眉間に剣を突き立てれば倒せるのではないか?
そんなことを考え、剣を握る手に力を入れていると。
「コイツは倒さない。全力で船を守るだけだ。」
ケンさんがそう言った。
「なんでですか?」
「俺たちが倒すより、適した奴がいるからだ」
ちょっと何言ってるか分からないが、経験者のケンさんが言うのだ。
従った方がいいだろう。
「コイツの攻撃手段は主に足による打撃だ。船をその打撃から守るのがおれたちの仕事だよ」
護衛は4人。
俺たちと合わせて8人だ。
敵は2本の触腕で船をがっちり固定し、残りの8本はフリーとなっている。
つまり。
「おれたちは1人1本足を担当し、絶対に船に危害が加わらないようにするんだ」
「では、護衛の人とも連携しないとですね」
そう言ってエクスは隣にいる護衛の人を見る。
「おう、話は聞いてたぜ。それじゃ、よろしくな!」
リーダーと思われる金髪の男性はニカッと笑い、親指を上げた。
さあ、やろうか。
俺の担当は左第3腕。
両方の第4腕が一番強いらしく、そこにはケンさんと先ほどのリーダー格の男があてがわれた。
彼の得物は両手剣。
スピードが落ちがちな武器だが、彼は違った。
筋力が強いらしく、まるで木の棒を扱っているかのように軽々と振り回す。
「オレ、カマロっていうんだ。よろしく。」
その上、隣になった俺に話しかけてくる始末。
強い人ってなんでみんな戦闘中に話したがるの?
「ちょ…ちょっと今余裕ないんで自己紹介は後でしますねえええええ!?!?」
俺が応答しようと一瞬気を抜いた瞬間、敵の触手が俺の足首に絡みつき俺は宙吊りになった。
それを見たカマロさんは、懐から何かを取り出して触手へ投げる。
投げられたソレは触手の俺を捕らえている付近を切り落とし、彼の手元へ戻る。
ブーメランか。
頭側から落とされた俺は、慌てて体をねじり背中から着地する。
この高さからでも頭を打ったら致命傷だ。
「気を付けてねー」
「ハイ、スミマセン」
そっちから話しかけたんちゃうんかい。
それはそうと、敵の動きが突然ぎこちなくなる。
足を切られたせいか。
「お、キタキタ♪」
それを見たカマロさんは、いそいそと脇にあったバケツを手に取る。
「え?何してるんですか?」
「あ、ちょっと下がっておいた方がいいよ。」
え、なんで?
そう言う寸前、俺はその意味を理解する。
敵のろうとが膨らみ、墨を勢いよく放出する。
「待って俺もう替えの服ないごぼぼぼぼぼ」
まともに食らってしまった。
ふと横を見ると、同じく真正面から墨を食らったカマロさんは。
「よっしゃー!イカスミゲット!!」
バケツいっぱいに入ったイカスミを見てご満悦であった。
「いや、なんで?」
思わず心からの疑問が漏れてしまう。
「あとで船の料理人さんにイカスミパスタ作ってもらおうと思って。」
イカスミだけもらっても困ると思うよ。
あとイカスミパスタってそうやって作るものじゃないんじゃあ…。
「あ、キミも食べる?」
そうじゃない。
バケツを凝視していたのは食べたいとかそういうことじゃない。
「あんまり真面目に取り合わない方がいいですよ。疲れるので。」
左第2腕担当の茶髪の女性が話しかけてきた。
「でも、実力は一流です。信用して大丈夫ですよ。」
そう告げると彼女は戦闘に戻っていった。
良かった。この人はまともそうだ。
彼女の武器はハンマー。
華奢に見えるが、どこにアレを扱える筋力があるのか。
それにしても、鈍器は美しさとは無縁だと思っていたが…。
彼女は所作がいちいち美しい。
見習いたいな。
戦闘が開始されてから10分が経った。
しかし、これをいつまでやればいいんだ?
いい加減俺も体力の限界が近づいてきた。
足がもつれる。
俺がよろけ、倒れそうになったその時。
辺りに『グオオオォォォォ』という低い唸り声が響いた。
とても低い、聞こえるか聞こえないかギリギリの声。
周波数でいったら20ヘルツ前後だろう。
この周波数の音を発する動物は自然界にはそう多くない。
海というこの場所ならなおさらだ。
「来るぞ!!下がれ!!!」
ケンさんが叫ぶ。
その声を聞いた俺たちは、一斉に後ろへと走る。
第一デッキへ続く階段を5、6段下がり、走ってきた道を振り返る。
攻撃を防ぐ俺たちがいなくなったため、クラーケンは船に攻撃をしようと腕を振り上げる。
その時、ひときわ大きな揺れと共に海から黒い巨体が現れた。
地球でもダイオウイカと戦闘を繰り返し、吸盤の跡がついた姿がよく見られるその動物。
ただ違うのはその大きさ。
体長は地球のそれの6倍を超える。
この世界のマッコウクジラは、100メートルに迫るその巨体を宙に浮かせ、大きく口を開きながらクラーケンと共に深い海へと沈んでいった。




