船
「あ、結局ついて来るんスね。」
「だから昨日そう言っただろう?」
いや、どう見てもシラフじゃなかったから…。
夜が明けて、宿をチェックアウトした後。
さも当然の如く俺たちの前を歩くケンさん。
昨日は二人揃って椅子で爆睡をかましてしまい、ケンさんもろともエクスとジェーラに怒られた。
グランは横でゲラゲラ笑っていた。
「いや、言っちゃ悪いけどキミたち3人だけで向こう行ったら死ぬよ?まだ死にたくないでしょ?」
その言葉に俺たち3人はケンさんから目を逸らし口笛を吹きだす。
ぐうの音も出ない。
「ぐう。」
出てる奴もいる。
薄々気づいてはいたが、こっちの大陸でこのザマだ。
向こうではまともに生きるのもしんどいだろう。
かと言って護衛を付けるお金もない。
断る理由はないな。
「じゃあ、今後もよろしくお願いします。」
「おう!任せときな!」
買い出しを済ませ、港へと向かう。
「じゃあ、私はここで。」
「帰りはアストンに寄ってくから、またね」
「気を付けて帰れよ!」
「また会いましょう!」
港の入口で、ジェーラと別れる。
この街の港は、空港の国内線と国際線が分かれているように大陸内行きと大陸外行きに別れている。
ジェーラが乗るのは大陸内行き、俺たちが乗るのは大陸外行きだ。
名残惜しいが、また会える。
そう信じて俺たちは別々の発着場へと歩みを進める。
「でっか」
「帆の数多すぎません?」
発着場へ着いた俺たち。
エクスとグランは、その船の大きさに驚いた様子。。
帆船だが、その大きさは優に100メートルを超えている。
彼らはこの大きさの乗り物を見たことが無いのだろう。
俺も船でこの大きさを見るのは久々だ。
確か7年ほど前に乗ったフェリーがこのくらいの大きさだった。
「デカくて当然、ここの中に2週間分の衣食住すべてが詰まってるからな。ほら、行くぞ。」
出航時刻が迫っている。
ケンさんがタラップに乗り、手招きする。
それを見て俺たちは慌てて船に乗り込む。
幾層にも連なる高い帆を眺めながら、甲板を歩く。
気分が高まる。
こんなにワクワクしたのはこの世界に来た瞬間以来かもしれない。
さあ、船旅の始まりだ。
この船は甲板の下に階層が2つある。
まず第一デッキ。
ここには食堂やバー、娯楽施設がある。
娯楽施設にはダーツやビリヤードなど、長旅でも飽きさせないようなアクティビティが揃っている。
そして第二デッキ。
ここは主に客室だ。
船の客室というと窮屈なものを想像しがちだがこの船の客室は広く、ホテルのようだ。
例の2人はいつもの如く真っ先にベッドにダイブしていた。
船が出港して数時間が経ったころ。
スマホなんてない(一部例外を除く)この世界で、暇を持て余した俺は2人を船内を探検しに行こうと誘った。
「じゃあ、色々見て回りましょうか。」
まず俺たちが向かったのは…。
『ドボォォォン!!』という水に飛び込む音が辺りに響く。
この船には室内プールがついていた。
まだまだ心は少年の俺たち。
プールがあると聞いて入らないわけがない。
「水着持ってきておいて正解だったな!!」
「余計な荷物増やすなよ…と思ってましたがグラン、ファインプレーですね」
2人は話しながら備え付けられた滑り台を無限に滑っている。
飽きないの?それ。
久しぶりに入るプールで、体がなまっていないか確認するため端から端までクロールで泳いでみる。
うん。筋トレの成果もあってわりかし泳げる。
「お。シンヤ、なかなかはえーな。ちょっと3人で勝負してみようぜ、今日の酒代を賭けてさ」
お?グラン君、そんなこと言っちゃって良いんですか?
俺はこう見えて小学6年生まではスイミングスクールに通っていたのである。
申し訳ないがここは勝たせていただいて、お財布に余裕を…。
「負けた二人が、勝った人の分まで払うってことでいいな?」
「そゆこと。じゃあ行くぞ!!Take your mark…ピッ!!」
マジでどこで知ったか分からない、グランの掛け声と共に俺たちは一斉に泳ぎだした。
プールで泳いでるときは元気ピンピンなのに、出た瞬間に来るあの気だるさは何なのだろうか。
「ビール♪ワイン♪ハイボール♪」
おめーは元気そうだな。
「自分から吹っ掛けた勝負で最下位とは…凹むぜ…」
「仕方ないよ。俺もあそこまで速いとは思わなかったもん」
先ほどの水泳大会で異次元の速さを見せたエクス選手は、現在俺たちの前をスキップをしながら進んでいる。
泳いでいたらいい時間になったのでケンさんと合流し、夕食にしようと部屋に戻る道中。
突然船が揺れだした。
波による揺れ方とは毛色が違う。
「いきなり出てきましたか…」
「え?何が?」
「ほら、未成年が大陸を渡っちゃいけない理由さ。」
大陸間を移動する洋上には強い魔物が出る。
よって未成年の大陸間の移動は禁止されている。
そういえばあったなそんなの。
「船には護衛も何人か乗ってるが、戦える奴は多い方がいい。武器取りに行くぞ」
やれやれ、やっと休めると思ったんだけどな…
部屋の方へ急ごうとしたその時、前方に見覚えのある顔が見えた。
「ほれ、武器持ってきたよ。早く上行くぞ!」
ケンさん、暇してたのか戦いたくてウズウズしてたのか。
まあどっちにしろ助かった。
走って甲板に出る。
そこにいたのは…。
「でっけえイカ!!!」
「イカ焼きにしたら何人前ですかね」
「いや、コイツマズいらしいよ」
なんという危機感のない会話であろうか。
俺たちを待ち受けていたのは、ダイオウイカよりもさらに大きな頭足類。
クラーケンだ。




