玩物喪志
彼が現れたのは突然だった。
どこからともなく店に現れ、ぺらぺらと一方的に話しかけてきた。
『私はとある団体を代表している者だ。今は規模が小さいが、いずれは全世界へと広がることだろう。私に協力してくれたら、君の店をもっと大きくすることができる。』
胡散臭いったらありゃしない。
通常ならとっとと追っ払って、店の支度を始めるところだ。
しかし、その時のオレは度重なる赤字で店をたたむ瀬戸際にあった。
オレは藁にも縋る思いでその男に首を縦に振った。
彼の指示通りに店を改装し、彼の言う通りに経営戦略を立てた。
すると売り上げはみるみる回復し、特俵に指一本残して閉店を回避した。
それからというもの、店は拡大。
やれ宿屋だの、やれ教育施設だのとどんどん手を付けて行った。
そして、気づけば客の顔なんて見なくなっていた。
事務的に料理を作り、配膳する。
いつしか経営が厳しくなっていた時も来てくれていた常連客も来なくなった。
客との距離が空いてしまったんだなぁ、と思った。
思いはしたが、今の経営方針を変える気は無かった。
「主文、カイラ被告を禁錮10年の刑に処す。」
ブタ箱から出たらもう一度店を作り直そう。
…全く。生意気な小娘だよ。
「傷を受けてからすぐ治療しなかったので、腕の感覚が戻るのに時間がかかるかもしれません。とにかく、安静にですね」
「傷塞がる?これ」
「たぶん…」
そこは確証を持ってくれよ。
左肩を包帯でぐるぐる巻きにされて、これだとなんだか…。
「シンヤさん、なんか左半身だけマッチョな人みたいになってますよ」
ジェーラが笑いながらからかってくる。
「うるせーよMVP。」
「それ褒めてるんですか?悪態ついてるんですか?」
街の中にある別の宿に移動した俺たちは、各々エクスの治療を受けていた。
この宿は警察が手配してくれた。
爆破犯を捕まえるのに協力したことに対しての感謝を…とのこと。
感謝状も発行すると言っていたが、出発が近いのでと断った。
しかし気がかりなのは…。
ケンさんは自分のベッドに座り、左手薬指の指輪を眺めていた。
「大丈夫ですか?」
既に事の顛末は説明済みだ。
「ああ、冒険者をやってた時から覚悟はできてたよ。」
しかしその表情は暗かった。
当然である。最愛の人を失ったのだから。
…最愛の人を失う…か。
俺の両親は俺の死を悲しんでいるのだろうか。
学校にも行かず、仕事にも就かず、ただ食い物と飲み物を消費するだけの穀潰しと化した俺の死を、悲しんではくれるのだろうか。
悲しんでいたとしてもう向こうには戻れない。
もう少し、頑張ってみればよかったかなぁ。
「なんでキミまでそんな顔してんの。」
考え込んでいた俺に、ケンさんがそう言う。
「いや、実は…」
…こんな冗談みたいなことを言う時ではないか。本当だけど。
そう思ったが、ケンさんの優しい目を見て気づいたときには俺はこの世界に来た顛末を告白していた。
「そうだったのか。…シンヤ君」
俺の目を見てケンさんは続ける。
「キミのしたことは正しいことではない、かもしれない。だけど、これからその行動がキミの身近な人や周囲の環境にとってプラスになるように生きるべきだとおれは思うよ。」
そうだ。
「この世界に望んで来たのなら、この世界のためになることをするんだ。」
俺はあの行動が間違いにならないように生きなければならない。
この世界を、少しでも良くするんだ。




