再会
フォルクスからセデスまでは少々遠く、途中でキャンプを何度かすることになりそうだ。
「セデスの北方から、小型のドラゴンが何体か降りてきているらしいですよ」
「え、なんで?ドラゴンって暑い地域にしかいないんじゃないの?」
旅の物資を買い出しに行っていたジェーラが言う。
「弱いドラゴンは偶に縄張り争いに負けて南下してくることがあるんです。セデス周辺は特に、エキストラ大陸の人間居住地では最北端ですからその危険があります」
「弱いとは言ってもドラゴンですから、人間にとっては脅威です。セデスではドラゴンの討伐依頼も出ていて、凄腕冒険者のお小遣いになってます」
横からひょっこりとエクスが口を挟んできた。
ドラゴンをそんな扱いするなよ…。
ドラゴンってキング・オブ・モンスターだろ。
「ま、会わないことに越したことはねえな。見つかりやすい開けたところはなるだけ避けていこう。」
RPGなんかでは森や山の方がエンカウント率が高かったりするが、現実はそう単純なものではない。
開けた平原の方がスピードのある魔物や空を飛ぶ魔物などには接敵しやすいのだ。
それから二日、俺たちは北へと歩き続けた。
セデスから南に歩いて二時間の位置にある森の中のこと。
厳しい暑さに耐えるため、俺たちは道中にあった泉で水を補給していた。
そこは森一帯の動物たちが集まる場所であった。
「肉食獣がいなくて助かりましたね。」
「これで熱中症回避できる~」
気温は体感30度。
日本の湿気のある蒸し暑さに慣れている俺の体感なので、実際はもっと高いかもしれない。
「ちょっと飲んどくか…ぬるっ」
「『氷結塊』…あ、やべ」
俺はグランがぬるいと言ったのを聞いて、魔法を唱えた。
善意である。
「お前、水筒ごと凍らせてどうすんだよ」
出力をミスった。
「いや、出力の調整が分かんなくて…」
俺は魔法を唱える際、その魔法の使用者の動きを完全に再現する。
つまり、戦闘用の出力の魔法がそのまま出てくるのである。
今唱えた氷結塊は、シルビア戦でシグネが使ったものである。
あの時の氷結塊は爆弾を弾き飛ばすために使用したものであるため、出力が抑えられていた。
それでも日常生活で使うには強すぎるらしい。
どうしたもんかな…。
「基本三属性の基本形なら僕も使えるので、着火や冷却は僕に任せてください。怪我したら元も子もないですからね」
「へーい…」
便利なように見えて、痒いところに手が届かないんだよな。俺の能力。
そんなことを考えていると、何やら背後でガサガサと物音がする。
「ん?なんか今通った?」
「気のせいじゃないですか?」
しばらくすると、またガサガサと音がした。
「やっぱ何かいるな。」
この泉の周りは森の中では比較的開けている。
その奥の茂みから音がしたということは、音の大きさからしてある程度の大きさがあるものが動いていたということ。
ここらで見かけた中で一番大きい草食動物である鹿の音でも、ここまでの大きさにはならないだろう。
肉食、それもとてつもない大きさの動物だ。
10メートル…15メートルくらいあるか?
前に戦ったアロサウルスよりも大きい。
その身体が徐々に茂みから出てくる。
紅いうろこ、鋭い爪や牙。
それが何であるかは、語るまでもないだろう。
「おい、ドラゴンって小型って話じゃなかったっけ?」
「これで小型です、メチャクチャ速いらしいので気を付けてください」
バカ言ってんじゃねえよ。
この見た目でスピードタイプってか?
「なんでこのタイミングで…!街はもうすぐだってのに…!」
「ドラゴンは魔力に敏感です。日常で使用する程度の魔法なら問題ないのですが…おそらくその…」
「さっきの氷結塊ね!!すみませんでした!!」
武器を手に取る。
コイツを倒そうとは思わない。
ひたすら守って、相手を引かせるのが関の山だろう。
俺たちじゃあ勝てない。
メリーさんはかつて、俺に『エキストラ大陸の魔物なら勝てる』と言った。
でもそれは人間居住地域の魔物に限った話だ。
コイツは例外だろう。
防御重視、双頭剣で迎え撃つ。
「来るぞ!!」
瞬間、こちらへかっ飛んでくるドラゴン。
速い。
瞬間の時速は100キロを超えている。
マズいな。これでは逃げることもできない。
俺の動体視力でも攻撃を見切るので精一杯だ。
爪での攻撃を武器の持ち手部分で受ける。
その巨大な肢体から繰り出される攻撃は重い。
攻撃を食らった俺は、後ろへ弾き飛ばされる。
すぐさま起き上がり、攻撃を当てる。
…が。
「硬ってえ!!」
まるで鉄の塊に攻撃を入れているようだ。
ダメージが入ってる気が全くしない。
もうドラゴンは俺を敵とみなしていないのか、俺の攻撃には見向きもせず次なる標的のエクスへと目線を移していた。
「『加療毒気・反転』!!」
詠唱を済ませていたエクスは、アロサウルス戦で見せた毒の魔法を使った。
しかし。
「ダメだ全く効いてる気がしません!!!どりゃー!!!」
ヤケクソになってメイスで殴りかかったエクスを、敵はペシッと払った。
全く力感がこもっていない攻撃ながら、エクスは5メートルほど横に吹っ飛ぶ。
しかしその一連の流れで、俺は両手をフリーにすることができた。
この魔法は本当は使いたくない。
大切な人を奪った魔法だから。
でも今は四の五の言ってられないだろう。
大きく息を吸い、動揺しながらも記憶していたオーラの動きを再現する。
「『暗黒閃・極』」
これで効かなかったら策無しだ。
頼む、効いてくれよ…!
しかし、その願いも虚しく俺のレベルアップした黒く輝くビームは敵の紅いうろこに弾かれた。
その行動を不快に思ったのか、ドラゴンの目線がもう一度俺に向く。
敵の腕力は凄まじく、防御した俺の剣もろとも弾き飛ばされた。
後ろの木の幹に叩きつけられ、体が脱力していく。
チクショウ。物理は力不足、魔法は弾かれる、毒も効かん。
レベルが違い過ぎる。
全滅か。
こんなの、あの世でメリーさんに顔向けできないよ…。
敵は、最後の敵のグランへと歩を進める。
グランは覚悟を決めた表情で斧を握りしめる。
「さあ、来いよ!!」
その声に応えるように、敵は右腕を振り上げる。
鋭い爪による攻撃が、グランに当たる直前。
一陣の風と共に、辺りに金属音が響いた。
「よう。久しぶりだな、グラン。少し背が伸びたんじゃないか?」
俺と同じ武器を持つ、長身で茶髪の短い顎髭を生やした男。
どことなくグランに雰囲気の似た、その男にグランはこう言った。
「父さん…?」




