アロサウルス
アロサウルス。
ジュラ紀後期の北アメリカ大陸に生息した肉食恐竜。
平均的な全長は8.5メートルで、大きいものでは12メートルに達したという。
長い尾、大きな頭、小さな前足、二足歩行など典型的な肉食恐竜で、ジュラ紀最強とも言われた恐竜である。
俺は幼い頃図鑑を読むのが好きだったので、コイツみたいなメジャーな恐竜や動物のデータは一通り頭に入っている。
それは良いとして、なんでコイツがここにいるんだよ…!
この世界に元々いた魔物なのか?
他人の空似?
「なんなの…?コイツ…。こんなの見たことない…!」
そうではないらしい。
俺の目が正しければ、コイツは図鑑で見たアロサウルスそのものなのである。
しかしそんなことを考えている暇はない。
答え合わせは後だ。
アロサウルスのスピードは、30キロ前後と言われている。
俺やグラン、エクスはともかくジェーラは確実に逃げ切れない。
戦うしかない。
「お前ら!コイツから逃げるのは無理だ!全力で戦うぞ!」
俺が呼びかけると、二人は武器を引き抜く。
「ジェーラ、下がってろ。」
グランが冷静にジェーラを退避させる。
「音が聞こえる程度に離れて隠れていてください。戦闘が終わったら合図します。我々が勝ったら二回、負けたら一回、音を鳴らします」
と、エクスも続ける。
「音が一回しか鳴らなかったら全力で逃げろ。間違っても様子を見に来るんじゃないぞ」
そう俺が言うとジェーラは頷き、俺たちにこう告げた。
「分かりました。…『力譲法・序』。微力ながら私の力を皆さんにお渡ししました。ご武運を」
「助かるよ。待っとけ、すぐ二回金属音がするはずだ。」
それを聞くとジェーラは俺たちが通って来た方向に走り出した。
「おっとデカブツ、お前の相手は俺たちだ」
走り出したジェーラに反応し、追いかけようとしたアロサウルスをグランが斧で制止する。
敵のターゲットが俺たちへと変わる。
「さて、僕たちは寝てるだけじゃないという事を彼女に教えてあげましょうか。」
俺は寝てないけどね。
…敵の全長はおよそ9メートル。
体高は3メートル弱といったところか。
皮膚も分厚そうだし手数よりも一撃の重さを追求した方がいいな。
剣は通常の形状で、一本を両手で扱った方がいいだろう。
コイツに対してはそこまでのスピードはいらない。
しかしまぁ…俺が恐竜オタクだったらこれ以上の幸せは無かっただろうになあ。
コイツに殺されても良いとすら思えたかもしれん。
でも、俺はもう死ぬのは御免だがね。
甲高い咆哮と共に、並んだ三人の真ん中に立っていたグランに向かって突進していくアロサウルス。
グランは武器でその攻撃をガードする。
その間に俺とエクスは敵の背後に飛び退き、背中側から攻撃を仕掛ける。
エクスはメイスを振り回しながら飛び掛かる。
俺は剣を地面に突き刺し、両手を空ける。
「これがアイツに効くかは分からんが、物は試しだ!『暗黒閃・強』!!」
俺の手元から放たれたビームは敵の皮膚に穴を開けるが、貫通には至らない。
恐らくこれは対人間用の魔法。
人間以上の耐久力をもつ者にはそこまで効果を発揮しないのだろう。
しかし今の一撃で敵のヘイトが俺に向いた。
俺へと突進してくる敵を、両手を広げて挑発する。
「だが、俺はそこまで武士じゃないぞ?」
俺へと突っ込んできた敵を寸前で躱し、奴は壁へと突っ込む。
「ハメ殺しだ!二人とも、やっちまえ!!」
首から上を壁にめり込ませた敵を攻撃する。
が、硬くて刃が通らない。
「嘘だろ?俺たち筋力バフかかってんだぜ?」
呆れて半笑いでグランが言う。
斬撃が効かないとなると打撃か魔法だろう。
しかし暗黒閃・強はさっきので効かないと分かっている。
エクスは魔法使いじゃない。基本三属性の基本形しか使えないだろう。
それじゃコイツ相手には話にならないだろう。
そうこうしているうちに敵が壁から抜けてしまった。
どうする…どうすればいい…!?
「シンヤ、僕に一つ考えがあります」
隣でエクスが言う。
「でもこれが成功したところで弱体化だけです。しかも外傷は与えられません。」
「何でもいい!策があるならやってくれ!」
「分かりました。とどめは頼みましたよ…!」
そう言うとエクスは距離を取り、魔法の詠唱を始めた。
魔法を使用するには本来詠唱が必要である。
魔法の進化の過程で、攻撃魔法や、戦闘中に使う一部の魔法のみ改良がなされ、詠唱なしで使うことが出来るようになったという。
詠唱を開始しているあたり、エクスが使おうとしているのは非戦闘魔法だ。
何をする気かは知らないが、酒が絡まなければ頭のキレる彼のことだ。
信用していいだろう。
俺はより防御に特化した双頭剣へと武器を変え、牙や爪から繰り出される攻撃をいなしていく。
右、左と仕掛けてくる攻撃を受けるうちに、敵は左足を引きずっていることに気が付く。
俺たちの攻撃で傷を与えられていたのか?
いや、あそこには攻撃していない。
俺たちに接敵する前に何者かにダメージを負わされていたのだろう。
太ももあたりをよく見ると、何かに刺されたような傷跡がある。
何か、極太の注射針を刺されたような…
「詠唱が出来ました!そいつから離れてください!!」
廃坑内に響くエクスの声。
俺とグランは後ろへと飛び、エクスの横へつく。
「『加療毒気・反転』!!」
エクスがそう唱えると、敵の体が一瞬紫に光る。
「恐らく成功です。毒用の治療魔法をあべこべに詠唱しました。これで逆の効果になると思います」
治療魔法を反転させて逆に毒に侵したのか…!
毒に侵された敵の動きは、精細を欠いている。
「やるなら今だ!とどめを刺すぞ!」
「サンキューエクス!フォルクスに着いたらビール一杯奢ってやるよ!」
「ありがたい話ですが、それには生き残らないとですね!!」
その通りだ。
弾かれたように俺たち三人が飛び掛かると、敵はひと際甲高い咆哮を上げ、前足を振り下ろした。
その攻撃の矛先は、俺たちの身体ではない。
武器だ。
三人まとめて得物を弾き飛ばされ、全員が丸腰に。
瞬間、『死』の一文字が脳内に浮かぶ。
しかし、その次の瞬間にはその一文字は消えていた。
この状況を打破する方法が見つかったのだ。
今までなんで忘れていたのだろう。
コイツを倒すのに必要なのは、強力な魔法か、強力な『打撃』だ。
アイツが遺して逝ったものは、無駄じゃない。
ありがとう、シルビア。
彼女の動きをトレースし、渾身の力を込める。
その威力は、本家の二倍ほどだろう。
ならばあえてこう呼ぼう。
この技の名前は。
「『閃熱拳・強』!!!」




