勝利
「私と一緒に、世界を変えないか?」
彼と出会ったのは、牢屋の中だった。
スリの常習犯だった私に声をかけてきたのは、黒髪の眼鏡をかけた男。
背はあまり高くなく、当時13歳だった私と大差なかった。
なぜ私に声をかけてきたのかは分からない。
分かったのは、その男が相当な手練れであるということだけだった。
屈強な看守三人を無傷で倒し、牢屋の中の私に声をかけた。
でも当時の私にとってはそんなことはどうでもよかった。
シャバに出られさえすればなんでもいい。
私にとってこの退屈な鉄の部屋は、地獄以外の何物でもなかった。
しばらくして、私はその男が教祖だという宗教団体に入信することとなった。
そこで聞かされたのは、その男のお世辞にもまともとは言えない思想であった。
かいつまんで話せば、こういうことである。
『私の出生地であるこことは別のある場所の文化、人間を頂点に立たせよ』
とてつもない独裁思考。
だが私にはこの男に借りがある。
そしてこの男に対抗しうる力も持ち合わせていなかった。
従うしかなかったのである。
そしていつしか、私もその思想に染まっていった。
いつからだろうか、私が私でなくなっていったのは。
いや、その『私』でさえ、ろくなものではなかったのかもしれない。
「いやはや、よくジェーラの気配に気づきましたね」
「なんというか、メチャクチャ集中してたんですよ。遮蔽物が透明になって、そこに隠れている人影が見えるような感じがしたんです」
シルビアを倒した帰り道。
洞窟のさらに奥には独房のようなものがあり、四人の若者が収容されていた。
男女半々、年齢も俺と近い。
「やっぱりシンヤ君は特別な目を持っているんでしょうね。」
日本にいた時は特にそんな特殊能力があったようには思えなかったんだがな。
「てか、ジェーラはなんで独房から出てこれたのさ?」
シグネが聞く。
それは俺も気になってた。
「ヴァルカン様にコレ、持たされてたんですよ」
そう言ってジェーラは懐から金属用と思われる小さいノコギリを取り出した。
「助けに行った際、人攫いとの戦闘が始まったらコレを使って逃げる準備をしろって。」
ジェーラは本来青髪であるとのことだが、シルビアによって髪は黒に染められていた。
その髪をサイドテールにした、150センチくらいの小さな女の子である。
年齢よりも若く見られることが多いかもしれない。
「この髪の色、嫌だから早く戻したいんですけど…あ!あなたの髪はカッコいいと思いますよ…?」
なんとも言えない表情をしていた俺に、すかさずフォローを入れるジェーラ。
どちらかというと髪の色をディスられるよりも、年下にフォローされる方が辛い。
苦虫を嚙み潰したような顔をしている俺の両肩に、グランとエクスの手が乗せられる。
貴様らなにいっちょ前に『まぁそう落ち込むなって』みたいな顔してんだ。
お前ら今回寝てただけだろ。
「あ、そうでした。シンヤ君たち、トランスアンタークティック山脈を超えるおつもりでしたよね?」
俺の頭の中が『?』で埋め尽くされていると。
「あの岩山…もとい山脈のことですよ」
と、エクスが後ろを指し、教えてくれる。
なるほど、俺らが越えようとしている山脈か。
名前長すぎだろ。
「もしジェーラさえ良ければ、彼らについていってあげなさい。廃坑の攻略にはあなたがいたほうがいい」
「いいですよ」
判断が早い。
「いや、申し訳ないですよ…それに今まで囚われてたのに今度は旅に同行させるなんて…」
「いいんですよ、私もそろそろ街を出たいお年頃なので。」
「それ自分で言うの?」
まあ本人がいいって言うなら断る理由もないか。
「私、ずっと洞窟とか廃坑の構造や魔物の湧き方なんかを勉強してたんです。お役に立てると思うので連れて行ってください。」
「よし分かった!じゃあ戦闘とか危ないことはお兄ちゃんたちに」
「子供扱いしないでください」
だから、急に話に割って入るとそうなるんだって。グラン。
ギャグマンガみたいな涙の流し方をしているグランを慰めながら、アストンへと帰る。
今日は教会に泊めてもらい、明日発つことになった。
ヴァルカンさん主催で、連れて帰ってきた被害者の人たちと俺達でささやかながら食事会を開くとのこと。
「シルビアがやられました。」
「あれ?問題ないんじゃなかったの?」
彼は全て分かっている。
分かったうえでとぼけている。
現場から『私の魔法』の痕跡があった。
奴だ。
奴はアンタークを離れた。このままアストン近郊に留まることは考えづらい。
なら当然通るのはトランスアンタークティック山脈、そしてそのさらに北、フォルクス平原。
こちらの大陸に上がり込まれる前に倒す。
その気になれば『最終手段』もある。
あまりいい気分ではないが…それを使わないで済むことを祈ろう。
「ダメだ!エクスにそれ以上飲ませるな!」
「大丈夫です、信じてください」
「てめーには前科があるからダメだよ」
俺とエクスが取っ組み合いをしている横で。
「ヴァルカンさんは飲まないの?」
と、グラン。
「いや、僧侶は基本飲まない…よ?」
ですよね。
それが普通ですよね。
「なんですかその僕が普通じゃないみたいな言い方は~」
ダメだ、コイツ酒回りだしてる。
「寝ろ。ダメだお前もう寝ろ。」
「さっきめっちゃ寝たので眠くありませ~ん」
自虐かそりゃ。
「エクスさんが無敵の人になってる…」
ジェーラちゃん、なんでそんな言葉知ってるの?
「なんというか…あなたたちで旅してると楽しそうですね」
結構言い回しを考えてヴァルカンさんが言う。
「いやぁ…結構大変ですよ?」
なーにが『いやぁ…結構大変ですよ?』だ。お前はエクス側だろう。
「そうだ、山脈の向こう側に行くのならあなたたちに伝えておかなきゃいけないことがあります。ジェーラもよく聞いておきなさい。」
そうヴァルカンさんが言うと、俺たちは取っ組み合いを止め、そちらを向く。
「山脈の向こう側では、湿ったこちら側の空気が山を越えることにより乾き、高温になる『フェーン現象』が起きています。夏が過ぎた今でも相当な高温になっていると思われるので注意してください。」
日本でも夏になるとよく聞くフェーン現象。
アンタークの近くは乾いた気候なのだが、ここアストン周辺は湿地や湖が近くにあることもあり空気が湿っている。
山脈の高さは日本の比ではないので、フェーン現象の効果も凄まじいだろう。
しかし、この世界は所々科学が進んでるな。
とても魔法がある世界とは思えない。
普通なら神とか精霊のせいにされてもおかしくないだろう。
それに…。
この世界、いくらなんでも暑すぎないか?
ここは陸地で言ったら世界の最南端に近い所に位置している。
いわば高緯度地域だ。
夏とは言えどそこまで暑くなるもんなのか?
「お前話聞いてる?」
考え事をしてると、普段は俺よりもはっちゃけてるグランとエクスに『ヴァルカンさんが話してるのにお前って奴は…』みたいな目で見られた。
心外…!




