プルヒッター
「終わりだ、シルビア。」
そう俺が告げる。
「何も貴女を殺すつもりはありません。攫った人たちを帰してもらうだけです。」
ヴァルカンさんが続ける。
すると。
「終わり?ウフフフフ…アハハハハ!!!」
狂ったか。
シルビアはいきなり笑い出した。
頭をぐしゃぐしゃと搔きむしる。
「終わりだなんてとんでもない。これからが始まりよ…!」
そう言うとシルビアは着ていた黒いスーツを脱ぎ捨て、ワイシャツ姿になった。
ピンヒールも脱いで、明らかにまだ戦闘を続ける意思を見せた。
「ここからは小細工は無し。この鞭も…」
彼女は手にしていた武器を一瞥すると、ポイっと後ろへ投げ捨てた。
「もういらない。」
その言葉を皮切りに体の重心を落とし、格闘家の様な体制をとったシルビア。
先ほどの鞭を使っていた時のしなやかな体の使い方とは全く別物の、荒々しい動き。
「見せてやるわよ、そこの糸目の小僧!これがあんたの言っていた、格上に勝つためのパワーだ!!」
その言葉と同時にシルビアはヴァルカンさんに殴りかかった。
先ほどよりも明らかに間合いが近い。
あれでは彼の鞭は使いづらいだろう。
すかさず俺は一本剣を投げ捨て、助太刀に入る。
格闘タイプの相手なら、二刀流の手数で押すよりも一本の剣で一つ一つの攻撃を丁寧に対処した方がいいだろう。
ヴァルカンさんにシルビアの拳が当たる寸前、俺は彼女の拳に向かってドロップキックをかます。
しかしその攻撃は効かない。
それどころか俺の蹴りは、なんの予備動作もなくはじき返されてしまった。
腕一本で、なんてパワーだ。
しかし、奴は俺やシグネには見向きもせず、ヴァルカンさんだけを狙い撃ちしているように思う。
先ほど良いようにやられたお返しといったところか。
あまり好ましくない状況だ。
今のシルビアはヴァルカンさんには相性が悪すぎる。
どうにかこちらにヘイトを向ける方法は…
…そうだ。
俺は持っていた剣を地面に突き刺し、両手をフリーにする。
集中し、あの時のアイツの動きを思い出す。
動きを再現すると、合わせた手のひらの間に黒く輝く球が出現する。
近い間合いで戦っているヴァルカンさんに当たらないよう、角度を調整する。
ここぞという、完璧なタイミングで魔法を放つ。
「『暗黒閃・強』」
俺の手元から放たれたビームは、完璧な軌道でシルビアの頭へと吸い込まれていった。
初めて使った時に比べたら、とてつもなく良い精度だ。
しかし。
「!?」
シルビアは、腰を屈めて俺の魔法を避けた。
すると、驚いたような顔でこちらを向き直る。
驚きたいのは俺の方だというのに…
戦っていたヴァルカンさんを放置し、こちらへと向かってくる。
突き立てた剣を拾いなおし、顔の前に構える。
しかし相手は戦闘態勢には入らず、口を開く。
「あなた、どういうこと?」
「どういうこと、とは?」
状況を理解できない俺に対して、彼女は言う。
「それはオーラ様の魔法よ。彼オリジナルのね。」
オリジナル魔法。
それは魔法使いの一人前の証と言われている。
あのフードを被った魔法使いもまた、オリジナル魔法を持っていてそれを俺にぶつけてきたということだろう。
「なぜあなたにそれが使えるの…?見たところあなたは戦士職、でもさっきも魔法を使ってきた。何かカラクリがあるように思うわ。」
そう難しい話じゃないんだけどな。
「簡単だよ。相手の動きを再現するんだ。原子レベルで、正確にな。同じ物理法則が働いている限り、全く同じ動きをすれば同じパフォーマンスができるはずなんだ。」
「あなたの言ってることは半分くらいしか理解できないけれど、あなたはここで潰さないといけないって私の本能が言ってるわ。悪いけどここからは全力で行くわよ…!」
彼女はそう言って、今度は俺へとターゲットを変更して殴りかかってきた。
左のジャブを剣の側面で受ける。
しかしそのガードした剣の横から、ぬるりと右のフックが飛んできてそれを食らってしまう。
その拳は重さもさることながら、熱い。
身体が焼けるようだ。
恐らく魔法と併用しているのだろう。
インパクトの瞬間に火球弾を拳から放ち、その放った拳でも攻撃をしている。
そんなところだろう。
大丈夫、動きは覚えた。次はガードできる…。
ッ!!
「残念、三段構えよ。どう?私の『閃熱拳』のお味は…?」
利き手ではない左手からも火球弾を飛ばして来やがった…これはどう足掻いても剣でガードする速度が間に合わない。
万事休すか…。
薄れゆく意識の中、俺の脳内にはある人の言葉が浮かんでいた。
『勝機が見当たらないときは、周りをよく見ろ。そこには絶対にヒントがあるはずだ。』
野球部の恩師、筒井先生の言葉だった。
閉じていた目を開ける。
どれくらい時間が経ったのかはわからない。
一緒に戦っていた二人は、俺の後ろで倒れていた。
「あら、起きたの?もう勝ち目がないのは分かったでしょう?」
いや、まだだ。周りをよく見ろ。ヒントが絶対にあるはずだ…。
そう目を凝らしていると、教室の窓の影に人がいる気がした。
グランとエクスではない、誰かが。
既に俺にはそれが誰なのか、心当たりがあった。
いける。
この瞬間、俺の脳内には勝利のシナリオができていた。
しかし、それを実行するにはシルビアと距離を取らなければならない。
距離を詰めてくるシルビアに向かって、暗黒閃・強の黒い球を見せびらかし、牽制する。
「おっと、それはちょっとまずいわね。でも、私も魔法が使えることを忘れちゃダメよ?」
そう言ってシルビアは俺の眼前から飛びのき、距離をとる。その距離、12メートル。
彼女が準備している魔法は、手元の火の玉の大きさから、基本形ではないと分かる。
恐らく、火球弾・強だろう。
シルビアは俺から見て教室を十二時の方向としたとき、十時の方向に立っている。
距離をとってくれたのは嬉しい誤算。
完璧だ。
「燃え尽きろ!!『火球弾・強』!!」
相手の魔法が放たれたと同時に、俺は叫ぶ。
「ジェーラ!!!」
「何ッ!?」
教室の陰に隠れていたジェーラが、先ほど弾かれ教室の中に入っていった野球ボール大の爆弾を、俺に向かって投げる。
俺は教室に剣の側面を向けてバッティングの構えをとる。
夢の中で経験した、久しい感覚。
火の玉が俺に迫り、当たるのとほぼ同時。
爆弾は俺の目の前へと向かってくる。
三遊間を抜ける低いライナー性のヒットは、俺の代名詞である。
レベルスイングの我ながら綺麗な軌道で、俺の剣の側面は正確にその黒い白球を捉えた。
鋭く低い打球は、先ほどシルビアが放った火球弾を通過する。
爆弾の導火線に火が付き、爆発の秒読みを開始した。
「そんな…!バカな…!」
そう呟くシルビアのもとへと転がっていく、黒い球。
「やっぱり、打ち心地はバットの方が良いね。打球面が平面だと空気抵抗で上手く振れたもんじゃないや。」
洞窟内に、轟音が響いた。




