ハイスピード・バトル
学校の教室という狭い空間で戦うということ。
それは、自分の攻撃が味方に当たってしまうリスクを背負うことでもある。
だが幸か不幸か、現在戦えるのは俺とシグネのみ。
そしてシグネは後方支援に徹してくれている。
これで俺は思う存分暴れることができる。
『暗黒閃・強』は、両手をフリーにしないと使えない。
今回の戦闘では封印だ。
鞭の先端の速度は、音速を超えるという。
シルビアが鞭を振るうごとに、『パァン!パァン!』という音が聞こえる。
これは音速を超えた鞭の先端が、小さなソニックブームを起こしている音だ。
俺の動体視力をもってしても、先端を正確に捉えることは不可能である。
それすなわち、一つ一つ正確な防御ができないということ。
ならば、できることは一つしかない。
双頭剣の強みを活かす。
攻撃が来る左右方向を重点的に、得物を振り回して防御する。
これは本来、対大人数用にメリーさんに教わったものだ。
「あら、意外に頭は回るのね。でも、それじゃあ防戦一方じゃない?」
その通りである。
俺一人なら。
「そのために私がいるんだっつーの!!」
シグネが叫び、魔法を放つ。
「『火球弾・強』!!」
火球弾。
攻撃魔法の基本三属性にして、最も使い勝手が良いとされる魔法。
キャンプの火起こしなんかでも有用だ。
それゆえ魔法使いでなくとも使用者は多く、魔法の才が少しでもあるものなら習得すると言われる魔法である。
先ほどこの魔法を俺が使った際シルビアが驚いていたのは、俺が基本的には魔法を使えない戦士職に見えたからだろう。
実際俺は、正攻法のやり方では魔法を習得することができなかった。
俺に魔法の才は無いのだろう。
異世界に来たら魔法を自由自在に使いこなしてみたいと思ったものだが、それは叶わないようだ。
さて、その火球弾だが、基本的な魔法ゆえ使用者の力量による威力のばらつきが大きいことでも知られている。
基本的に魔法の威力は、強魔法が基本の魔法の2倍、極魔法が強魔法の4倍程度の威力である。
しかし先ほどのシグネの火球弾・強は、シルビアの基本形のそれの5倍程度の威力があったように思う。
天性の魔法の才が、シグネにはある。そう思わせてくれる一撃だった。
「あ…貴方たち、なぜそこまで連携がとれるの…?貴方たちは出会ったばかりなんでしょう…!?」
「驚いたな。そこまでわかるのか。あんたは相当な高みにいるらしい。」
どうしたらそこまでわかるのか知らないが、羨ましい能力だ。
「だが、驕りがある。自分が負けることなど考えちゃいないだろう。」
「えぇ。少し驚いたけれど、負けるとは言ってないわ。」
ここまで来るとむしろ清々しいな。
良いだろう。その鼻っ柱、叩き折ってやる。
そう剣を握る手に力を込めていると、俺の肩が叩かれた。
「治療は終わりました、もう少ししたら二人とも目を覚ますでしょう。私も加勢します。」
そう言って俺の横に立ったのは、ヴァルカンさんだった。
「ありがたいです。それじゃあどう攻めましょうか…!?」
俺が驚いたのには当然理由がある。
ヴァルカンさんは俺の横を通り過ぎると、シルビアとの間合いを詰めだした。
「危険です!流石に鞭の軌道は見きれません!!」
そう俺が言うと、ヴァルカンさんは武器のステッキ右手に『まあ見ておいてください』と言わんばかりに空いた左手でピースサインを作って見せた。
「あんた、舐めてるわね。さすがの私もちょっとキレそうよ」
「口より手を動かしたらどうですかね?」
そう言われると流石にキレたのか、シルビアはこれまで以上のスピードで鞭を振るいだした。
しかし。
ヴァルカンさんはその凄まじい連撃を苦しい顔一つしないまま、全てはたき落として見せた。
俺が絶対に見切ることができなかった鞭を、いとも簡単に。
俺が驚いていると、ヴァルカンさんは『ね?大丈夫だったでしょう?』と、俺の方を振り向いてニコッと微笑んだ。
そしてシルビアの方へ向き直ると、口を開いた。
「物事には相性という物があります。あなたの鞭は確かに速いが、私もスピードには自信があります。相手が格上の場合、スピードを制するにはパワー。そしてパワーを制するにはスピードが必要です。あなたの鞭にはパワー…すなわち重さがなかった。なので勝負は単純なスピードの速い方に軍配が上がります。」
「バカ言わないでよ…鞭にスピードで敵う武器があるとでもいうの?」
それを聞くと、ヴァルカンさんは武器の先端を弄りだした。
「ええ、ありません…だから私も使っていたのです。鞭をね。」
十字にクロスしたステッキの先を、『ブン!』と音がするほど勢いよく振ると、中から長さおよそ1.5メートルほどの鞭が伸びてきた。
地面に向けて伸ばした鞭の先端を、足で踏みつけ固定する。
「私の武器の構造は少々複雑でしてね…遠心力を与えると鞭が伸びる仕組みになっているのです。そしてこう離すと…」
そう言って踏んづけていた鞭の先を離す。
そうすると、シュルシュルと音を立ててステッキに鞭が収納された。
「私はあなたに対しては魔法攻撃よりも、物理攻撃の方が有効だと判断しました。私、肉弾戦はあまり得意ではないので…シンヤ君、サポートしていただけると助かります。」
あれだけの動きを見せておいてよく言うよ。
「ちょっとヴァルカン?その言い方だと私の立場がないんだけど?」
シグネがプンプン怒った様子でそう言う。
「何も使えないとは言ってないよ、シグネ。ちょっと使いづらいだけだ。」
冗談っぽくヴァルカンさんが笑う。
この人が戦闘に参加しだしてから、俺たちの雰囲気が明るくなった気がする。
流石は神父様、カリスマとはこういう人のことを言うのだろう。
「でも…そうですね。魔法を使いやすくするには、少しでも広い場所に出ることです。それすなわち…」
ヴァルカンさんがそこまで言いかけた時、しびれを切らしたシルビアが鞭を振り回し襲い掛かってきた。
それを見た俺は双頭剣の持ち手切り離し、二刀流の状態にする。
二本の刃をそのまま左右に持ってきて、盾のように使いながらシルビアに突進し、タックルをする。
タックルを仕掛ける寸前、剣を二本とも前方に投げ、洞窟に面した窓を割る。
その割った窓から、シルビアと一緒に教室に比べれば開けた洞窟へと飛び出す。
「そう。そういうことです。」
ヴァルカンさんがそういったのを聞いた俺は、彼に親指を立てた。
「第三ラウンド…だな。シルビア。」
「ガキどもが…私をなめるなよォ!!」
徐々に本性が出てきたのか、シルビアの口調が荒いモノへと変化していく。
その言葉と共に、シルビアは懐に手を突っ込み、何か黒い球体を取り出す。
爆弾。しかも先ほど使ったものより数段大きい。
野球ボールほどのサイズだ。
「おい、それ使ったらお前もただでは済まないぞ?」
「知るかそんなもん!!私は!!負けるのが嫌いなんだよ!!」
もう頭に血が上りまくってもう何も考えられなくなっているな。
危険な兆候だ。
俺らもろとも爆破されかねない。
「いくわよ!『火球だ」
「『氷結塊』」
シルビアが魔法を唱え、点火しようとしたその瞬間、いざこざのうちに回り込んだシグネが氷の魔法を放ち、爆弾を弾き飛ばした。
弾き飛ばされた爆弾は、先ほど俺たちがいた教室の中へと入っていった。




