記憶
「最近は涼しくなってきて過ごしやすくなりましたね」
「ええ、全くです。夏はクソです。」
僧侶同士馬が合うのか、ヴァルカンさんとエクスが仲良くなっていた。
「しかし、この辺りはアンタークと比べてちょっと寒いくらいですね。服装間違えたかもです」
エクスの言う通り、この辺りは少し肌寒い。
「ここは山岳地帯ですからね、標高が高いので少し寒く感じるのかもしれません」
確かに、夏が終わったばかりだというのに雪の積もった岩山が見えている。
俺たちの旅の進行方向にも高い山があるので、山を越えなければならないようだ。
「次の街に行くには山越えが必要なのか…大変だな」
俺と同じことを考えていたのか、グランが言った。
「そうでもないよ」
と、シグネ。
「この辺りは昔鉱山があってね、廃坑があちらこちらにあるんだ。」
なるほど、その廃坑を通ればわざわざ山を登らなくても山の向こう側へと行けるわけだ。
「君らみたいな旅人がよく使うから綺麗に整備されてるし、地図も発行されてる。ウチにも何冊かあるから帰ったら一冊あげるよ」
「ありがとう、助かるよ」
そんな話をしていると、目印にしていた地面を棒でひっかいたような跡が消えた。
「ここで気づかれたな。」
「ええ、間違いないわ。」
恐らく攫われた痕跡を残していたことが犯人にバレたのだろう。
しかしこのまま進んでいいものか…
バレたのなら他の方角に向かって歩くこともあり得るわけで。
「このまま進みましょう。気づかれる前までは街から一直線にこの方角へと進んでいます。迷いがなく、拠点の場所をしっかり把握している証拠です。以上のことからアジトが複数あることは考えづらいでしょう。」
酔いが醒めたのか、エクスがしっかりとした考えを主張した。
「同感です。しかもこの先の岩山のふもとには天然の洞窟があります。確定でしょう。」
ヴァルカンさんが指をさした先には確かに岩山があり、点のように小さくだが洞窟のようなものも見える。
距離にして4キロメートルといったところか。
…。
この世界いちいち距離のスケールがデカすぎる気がする。
移動手段が徒歩しかないというのはこんなにも辛いものなのだな、と感じる。
公共交通機関にお世話になりまくっていた身としては大変しんどい。
ありがたかったんだなあ、公共交通機関。
運賃の値上げに文句言ってすみませんでした。
それから一時間弱ほど歩いて、やっと山のふもとの洞窟へと着いた。
着いたのだが…。
「どうしましょうか。これ。」
洞窟の入口からしばらく奥に入ると、石造りのゴツくてデカい門で先が塞がれていた。
辺りには祭壇や怪しげな壺なんかもあり、明らかにヤバい雰囲気が漂っている。
ぶっちゃけ近づきたくない。
「行きますよ、攫われた人を助けないと。」
ですよね。
俺らから協力するって言い出したんだ。覚悟決めろ。
五人全員で力を合わせ、重たい門を開ける。
すると。
懐かしさと共に、強烈な嫌悪感と吐き気が襲ってきた。
そこには、日本の学校と瓜二つな空間が広がっていた。
思わず膝から崩れ落ち、手を地面につく。
「おいシンヤ!大丈夫か!?」
グランが四つん這いになった俺の背中をさすってくれているが、どんどん呼吸は浅く、早くなっていく。
完全に過呼吸の状態になってしまっている。
「大丈夫ですか!?だいじょ…」
意識が、薄れていく。
「大丈夫ですか?梶原先輩?」
「ああ、多少頭が痛いが大丈夫だ。」
高校2年の夏、野球部の練習試合の最中に俺は熱中症で倒れた。
「山本、筒井先生はどこだ?」
「ベンチで試合の指揮を執っていらっしゃいますけど…まさか試合に出る気じゃないでしょうね?」
「そのまさかだよ。」
山本の制止を振り切り、筒井先生に報告に行く。
体調は戻りました、もう行けますという旨を伝えると。
「そうか。よし、次代打で行くぞ。」
それを聞くと俺はヘルメットとバッティンググローブを準備し、ベンチの前で素振りをする。
感覚や筋力は当時の状態らしい。
筒井先生が主審に代打を告げ、敵味方の選手たちの声だけがこだまする練習試合特有の雰囲気の中、俺は打席に立った。
九回裏、ノーアウト、ランナーは一、二塁。
三対三の同点で、一打サヨナラの大チャンス。
俺が代打に出なかった場合、先発出場していた九番のピッチャーが打つ予定だった。
最悪、このまま延長になったとしても俺はピッチャーができる。
その事も考えての采配だろう。
この時の俺の仕事は、なにもサヨナラを狙うだけではない。アウトカウントを増やさずに、一番に繋ぐこと。ノーアウト満塁で一番からなら得点しない方が難しい。
そんなことを考えていると、筒井先生からサインが出た。
サインの内容は、エンドラン。
繋げるのではなく、『お前が決めろ』というサインだった。
思えばここでスイッチが入ったように思う。
他人からの期待による、程よい緊張状態。
集中力も上がり、この時点で俺は人生で二度目の『ゾーン』に入る。
相手ピッチャーもエンドランを警戒しているようで、二塁へ何度か牽制を行っていた。
極度の集中状態にあった俺は、牽制時にショートが守備位置へと戻るのが遅いことに気が付いていた。
三球の牽制を挟んだのちの初球。
左投手のインコースへと食い込んでくるスライダー。
先刻確認した通り、ショートが守備位置に戻り切れず、セカンドベースに寄った状態にあるので三遊間が広い状態にあった。
そこを狙い撃つ。
インコースへ曲がってきたスライダーを、腕をたたんで引っ張る。
ライナー性の打球は見事に三遊間を抜け、得点へと、ひいては勝利へと繋がった。
「お、目覚ましたぞ!」
「あんたどういうことよ。いきなりぶっ倒れてさ。」
グランとシグネが声を上げる。
「いや~ちょっと昔のトラウマを思い出してしまって。」
「まぁいいわ、先に進みましょ。」
そうシグネが言うと。
「それには及びませんよ。」
暗い教室を繋ぐ廊下の奥から声が聞こえてきた。
「受講者の子かな?若いし、良さげな生徒たちね。」
声の主は、教鞭を持った長身の女だった。




