(完結)
こちらで完結します!
ラストをお楽しみください^_^
「たわけ」「タワケ」と吠えるように繰り返しながら、道化師……いや、母親は、熱気球のようにぶりんぶりんと膨らんだ。
そして、土間から天井へと四方八方に拡張した。
僕は慌てて起き上がり、腰を落とした姿勢で後ずさる。
母はさらに巨大化し、座ったままでも肩が天井につくまでになった。
両肩を天井につけたまま、おじぎするように頭を下げ、こちらを見下ろしている。
母は、僕を玄関から出さないつもりなのだ。
僕の裡なる自殺願望を知ってしまった母は、もう僕を自分の見えないところに行かせることは決してしないだろう。
これから先一生、僕は膨張した母によって家に閉じ込められ、学校にもよみうりランドにも渋谷にも、行くことができないのだ。
もう自殺なんてしません、と謝ったとしても、母が聞くはずがない。
どうしよう、夏休みは今日で終わりだというのに、家から出られないなんて。
今日死ねなかったんだから、生きているなら普通に新学期から学校に行きたい。
また次の休みまで一区切り頑張って、キリのいい頃合いに自殺に再チャレンジしたい。
だから、この夏休み最後の日が、こんなことになっては困ってしまう。
思案の末、僕はこの膨らんだ母親から空気を抜いてしまうことにした。
ひとまずは、この通せんぼはやめさせよう。僕は、母の尖ったヒールのパンプスを靴箱から抜き取り、大きくふりかぶった。
そして、母の巨大な膝小僧にかかとを突き刺した。
ヒールで開いた穴から熱い空気が勢いよく吹き出す。
熱風に気圧され、僕は再び後に尻餅をついた。
さらに風が吹きつけてくるものだから、背中からでんぐり返しするように三回転ほど転がった。
そして気づいた。
そうか、ドアがダメでも窓がある。
外に逃げ出すには、窓を使えばいいのだ。そうなると窓が気になりだし、しぼんだ母のこともどうでもよくなって、僕は部屋の奥へと走った。
◇
寝室の奥の窓はあっさりと開いた。
僕は窓からベランダへ出て、外気を胸いっぱいに吸い込む。
やっぱり、外の空気はいい。一生家の中に閉じ込められるなんて、まっぴらごめんだ。
確かに僕は死にたいけれど、死んだように生きるのは嫌なんだもの。
その時、ベランダに不思議な風が吹いた。
まるでここがたらいの底で、その水を掻き混ぜた時のように、空気が撹拌されている。
不穏な予感を感じ、夜空を見上げる。
すると、天空の果てから巨大な手が地表に向かって伸びていた。
その指先が、地面に触れるか触れないかのところをくるくると攫うように旋回している。
たらいの底に落ちた小銭を探すように、辺り一帯を執念深く駆け回っていた。
ああ、あのサファイアの指輪と、パールパープルのマニキュア。紛れもなく母の手じゃないか。
ダメなんだ。僕は母から逃げられない。
あんな手紙、残すんじゃなかった。
遺書なんか、書くんじゃなかった。
僕はこっそり死ねばよかった。
【完】
お読みくださり、ありがとうございました!