第1章 アイゼニアの姫のこと 3-1
トルキアの神殿で指輪を手に入れた一行は、来た道を急いで戻っていた。
トルキアのレジスタンスであるキースを先頭に、『預言者』ユリウス・アークレイ、その弟子のウォルフ・シーアスターと続くのは、来た時と同じである。だたその足取りは往路の倍以上速かった。半分の時間も掛からないうちに入り口である森の木のうろが見えてきた。
時折ユリウスの手が無意識に胸元へ向かうのは、『神獣の指輪』がそこにあることを確認するかのようであった。
先頭を行くキースが無言のまま開いた左手を後ろの二人に突き出した。「止まれ」の合図である。後続の二人は足を止め、待機する。キースは右手の剣を足元の木の根に突き立てると、小石を拾って出口へ向かって無造作に放った。
小石が固い木の幹に当たってかすかな音を立てる。
「キースか?」
少し間をおいて小さな囁くような声が聞こえた。
「ジェイ、無事か?」
「いいや、退屈すぎて死にそうだったよ」
返答を聞いたキースの顔に思わず笑みが浮かんだ。
「今出る。アジトに帰ろう」
キースは後ろの二人にひとつ頷くと、再び歩き始めた。ユリウスとウォルフもそれに続く。
「目的のモノは手に入れたのかい?」
「ああ、大丈夫だ」
木のうろの向こう側、森の方からジェイの顔が覗く。キースのランタンがそのニヤけた顔を淡く照らした。
「憎たらしい顔だ」
「お前以外には愛されてるんだがな」
軽口をたたきながら少し上にある入り口から差し出された手をキースが握りしめる。キースの体が森の中に吸い出されるように消えた。
「さあ、ユリウス先生」
再びジェイの太い腕が洞窟の中へ差し出される。
「すまん」
「さあ、あんたの番だ、ウォルフ」
「助かるよ、ジェイ」
三度目に差し出された腕はウォルフの体を引き上げる。
これで全員が再びそろった。来る前と違っているのは、半分ほどにしぼんだ油袋と、ユリウスの懐の内ポケットに入った『神獣の指輪』だけである。
「さあ、早いとこアジトに帰りましょう」
キースが言うと、ユリウスは右手を上げて
「少し待ってくれ」
と、言った。そして胸ポケットから『神獣の指輪』が入った袋を取り出す。
「これはウォルフ、君が持っていてくれ」
「師父・・・」
突然のことにウォルフはどう答えてからいいのか分からなかった。
「もし敵と遭遇した時は、お前は戦わずに逃げるのじゃ」
ユリウスは真剣な眼差しを弟子に向けた。
「奴らは儂が指輪を持っていると考えるだろう。だから別々に逃げれば、儂を追ってくる。お前はできる限り戦闘を避けて、この指輪をティアナ姫に渡すことだけを考えよ。何よりも神獣の指輪が重要だということを理解するのじゃ」
ユリウスはランタンを地面に置くと、その左手でウォルフの右手を取って、
「さあ受け取れ。しっかりとしまっておくのだぞ」
と、右手の袋をウォルフに持たせた。ユリウスの両手が弟子の右手をしっかりと包み込むような形になった。
「お前の力を信じている。お前は最高の弟子じゃ。お前ならできる!」
ウォルフは、包み込まれた右手から師の想いを確かに受け取った。
ユリウスは、弟子の手を離すと照れくさそうに言った。
「それに、お前の方が足が速いからな。ほんのちょっとだけじゃが・・・」
ウォルフは思わず微笑んだ。
「ジェイ、キース。儂らが二手に分かれた時は、すまんが君達も頼む」
「そういうことなら俺が先生と行くよ」
間髪入れずにジェイが言った。
「俺はデカいから、囮にしかなれないからなあ」
その言葉にキースとユリウスは無言で頷いた。
「ウォルフ」
ユリウスが呼び掛けた。
「もしものことがあった時には、儂の書斎の机の右の一番上の引き出しの手記を読んでくれ。鍵は本棚の下から二番目の棚の左から七番目の本の中じゃ」
それから再びウォルフの右手を取った。
「さあ、早く仕舞え。良いな。下から二段目左から七番目じゃ」