第1章 アイゼニアの姫のこと 12-4
「これは、どうやって渡ったらいいんだ?」
ギリアムの言葉が、ウォルフを現実に引き戻した。すぐに渡河の手段を探している声に答えを示す。
「左の方を照らしてください。川の上に樹木の根が張り出しているはずです」
カンテラを左に向けると、確かに太い根のような物が川の上を横切っている。
「あれの上を渡れば、対岸に着けます。向こう岸に渡ってしまえば、もう地下神殿に着いたも同然です」
そこでウォルフは一旦目を伏せた。
「ただ私は神殿より先へは、行ったことがありません。そこからは、より慎重に進まねばならないでしょう」
「わかった。まずアレを渡ってしまおう」
ウォルフの言葉を一緒に聞いていたゼノンの判断は早かった。ここまで来て躊躇しても仕方がない。進むしかないのだ。
「ギリアム。向こう岸に行って様子を見てくれ」
「了解」
短く答えたギリアムは、軽快な足取りで根の橋に辿り着くと、そのまま渡り始める。
「おっと」
傍目に見れば、大人一人では抱えきれないような太い根だが、乗ってみると足場は意外と狭い。足を滑らせそうになって思わず声が漏れた。
さすがに体幹はしっかりしている。すぐにバランスを取って持ち直したが、思わず肝が冷えた。
「想像以上に足元が湿っていて踏ん張れない。渡る時は気を付けて下さい」
それぞれが頷いて気を引き締めた。あの激流の中に落下してしまえば、ひとたまりもないだろう。
その一幕を除いてはまるで危なげなく、たちまちの内に渡り終える。しっかりした足場を確保すると、すぐさま上下左右に光をあてながら罠などの危険の有無を探り始める。
やがて問題ないと判断して大きく手招きした。
「ウォルフ、頼む」
ゼノンに促され、ウォルフは一つ頷くと、根に脚を掛けた。ギリアムにも魔法陣は知覚できるが、見落としがないとも限らない。これまで通り、より専門的な眼で確認すべきだ。
ギリアムが足を滑らしかけたのを見て、妙に心臓がバクバクと脈打ち始めている。
気にしなければ、乗って渡るには充分な広さがあるのだが、脳内に湧いた悪いイメージに支配されてしまったのである。
(もし足を踏み外して落ちたら死ぬ)
下の激流を見てしまった。
完全に腰が引けてしまったが、行かぬわけにもいかない。
意を決して進み始めた。しかしバランスを崩すのが怖くて、片足づつとはいえど完全に持ち上げる勇気がない。
ウォルフは横向きになって足を擦りながら、「じりじり」と対岸へ進み始めた。
膝が震える。余計に危ない。
思慮深いことは彼の長所であり、また欠点でもあった。裏目に出れば、このように行動力を削いでしまう。
振るえる身体に鞭打って動かしながら、軽くギリアムの三倍以上の時間をかけて、対岸に辿り着いた。ウォルフは意図せず大きく息を吐いた。
それも束の間、すぐさま魔法の痕跡を探し始める。すると交代するようにギリアムが橋に近付いて、根の道にカンテラの灯りを向けた。
「ナッシュ、灯りをくれ」
ゼノンに声を掛けられて、ずっと後方を警戒していたナッシュが近寄ってくる。
対岸に二本の灯りが行ってしまったので、こちら側に残った光源はナッシュが持っている一灯だけだ。ゼノンはカンテラを受け取って行く手に光を当てた。
「殿下の番です。一人で行けますか?」
「たぶんね」
ティアナは笑った。
「えい!」
一声かけて根の上に登ると、軽やかなステップで渡り始める。こういうのは得意分野らしい。全く危なげなく、たちまち向こう岸に着いてしまった。
対岸で大きく手を振っているティアナを見て、ゼノンは苦笑した。口に出せないが、ウォルフとの対比が凄い。
「俺たちは一緒に渡ろう。すぐ後ろに付いて来てくれ」
ナッシュにカンテラを手を渡しながら言う。
「了解しました」
二人は歩調を合わせながら根の橋を歩いていく。
途中、何度か水しぶきを浴びたが、気にするほどのモノでもなかった。間もなく対岸に辿り着いた。
「こちら側は人の手が入っているな」
到着するなりゼノンが呟いた通り、床面は舗装されており、平坦でかなり歩きやすい。
「さあ、先に進もう」
歩き始めて数分もすると、「ごつごつ」とした岩肌が露出した壁面に、巨大な石造りの重厚な扉が現れた。半円アーチを描くフォルムの観音開きの扉は、数百年もの間、その場所に鎮座し続けているのだろう。表面が苔むしていて、長い年月を感じさせる。
「この向こうが・・・?」
「ええ。小さな祭壇があって、神獣の指輪が安置されていた場所です」
「鍵は?」
言われてウォルフは、視線を上に向け記憶を探った。
「掛かっていなかったはずです。少なくとも数か月前は・・・」
ゼノンとウォルフの会話を横耳に聞きながら、ギリアムとナッシュは扉を調べている。少し離れた場所でティアナは石扉を見上げて感嘆している。
「良し。開けてみよう」
ゼノンが決断を下した。
頷いたギリアムとナッシュが扉に手をかけて押してみる。
動かない。
二人が更に力を籠めると、ゆっくりと扉が開き始める。
転瞬!
不吉な予感がしてティアナが眉を寄せた。ウォルフも同じモノを感じて胸に手をやった。
「危ない!」
悲鳴にも似た声がティアナの唇から漏れた。
次第に勢いを増して開いた扉の向こう側には、ただ闇が広がっていた。その闇の深部から音もなく繰り出された大剣が、ギリアムの頭部に突き刺さった。




