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ヴォロディア仙導戦記  作者: 萬井 歌舞人
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第1章 アイゼニアの姫のこと 12-3

 自由を満喫するように溌溂と身体を動かすナッシュの姿を目の当たりにして、ティアナは思わず微笑んだ。

 後方に神経を使いすぎたようだ。入り組んだ樹木の根に脚を取られて滑りそうになってしまった。すると、すぐに伸びてきた太い腕が、彼女の身体を支えてくれて事なきを得た。

「ありがとう」

 力強い腕の主はゼノンである。礼を言うと、すぐに返答が返ってきた。

「大丈夫です。足場が悪いので気を付けて下さい」

「ええ、ありがとう」

 ティアナはもう一度礼を言った。

 今日は、ずっと理由の分からない高揚感がある。それは洞窟へと足を踏み入れると、さらに強くなっていた。

 拍子抜けするくらい何事もなく洞内に入れたことで、辛うじて彼女を現実に引き留めていた心の(たが)が外れてしまったようだ。

 極端に注意力が散漫になり、周囲の景色が頭に入ってこない。

 それでいて一歩、また一歩と踏み出す毎に、原因の分からない喜びに感情が高まってしまう。もっと満ち足りた気持ちになりたくて、足を止めたくない。

(もっと早く、もっと先に進みたい!)

 敵地の只中にいるにも拘らず、心は踊っている。制御できない歓喜が爆発している。

 心のどこかで警報が鳴った。

 こんな状態で進むのは危険だと告げている。だが、まるで自分の感情をコントロールできない。

 まるで自分ではないみたいだ、と考えてふと思い当たった。

(指輪だ!)

 その愉悦とも言える情念は、神獣の指輪から流れ込んできているのだ。

 それに気づいた途端、いつもの自分が戻ってきた。指輪と自らの感情を別のモノとして切り分けられるようになったからである。

 平常心になれたことで、流れ込んでくる想いの断片を読み取れるようになった。

(喜んでるのね)

(力が戻るから?)

(解き放たれる?・・・自由になる?)

(これは・・・何?・・・故郷?・・・故郷に帰れる?・・・???)

(どういうことなの?)

 なるべく多くの情報を得ようと指輪と対話を試みる。

 しかし上手くいかない。一方的な感情が奔流のように流れ込んでくるだけだ。歓喜という名の激流の中から、意味の分かる言葉を拾い上げるしかなかった。


(先程から様子がおかしい・・・)

 指輪の感情を必死に読み解こうとしているティアナの半歩後ろで、ゼノンは、その様子を注意深く見守っていた。

 先程まで妙に心を躍らせていたかと思えば、今は困惑しているかのように見える。

(いづれにしても、心はここにないようだ)

 しかし、真に危険が迫る時まで、声は掛けないと決めていた。

 ティアナが指輪に選ばれた遣い手だからである。

 神獣の指輪が独りでに宙を漂い、ティアナの指にはまる瞬間にも立ち会った。不思議な力の一端を間近で見て、少なからず衝撃を受けた。

 また数日前、遠隔視とも考えられる映像を見せたように、指輪は遣い手であるティアナを正しい道へと導こうとしているのかもしれない。今現在も必要な情報を与えているのかもしれない。

 ならば邪魔をすべきではない。

 しっかりと見守っていれば良い。

 ティアナがつまづいた時は、手を差し延べれば良い。

 危機が危機が訪れた時は身を挺して守れば良い。

 ゼノンは自然と、それが自らの使命であると考えて始めていた。


 先頭を行くギリアムは、カンテラで周囲を照らしながら、ブービートラップを警戒している。

 続くウォルフは魔法陣を隠した痕跡がないか目を配っている。

 ティアナは指輪との交信を試み続けている。

 そのすぐ後ろでゼノンが見守っている。

 最後尾のナッシュは、後方を警戒している。

 各々が自らの役割に没頭しながら歩き続けていると、その音が聞こえ始めてきた。

「水脈です。この先で激しい地下川になって流れているのです」

 そう言ったウォルフは、この中では唯一のこの洞窟の体験者である。

「このまま先に進めばすぐに見えてくるはずです」

 その言葉通り、十五分程度歩いてゆくと、一行の行く手に激流が現れた。

 川幅は十メートル程度だが、水量が多く流れが速い。

 向かって右手の岩場に空いた穴から溢れだした水が、少し落下しながら勢いを増し左手ヘ消えて行く。

「こんなにたくさんの水が、どこから流れてきているのかしら?」

 圧巻の光景を前にしてティアナが疑問を呈した。

「方角から考えると、水源はおそらく深淵の湖(アビスレイク)ではないしょうか・・・」

 少し考えてからウォルフが答えた。確証はないが、以前訪れた時からそう考えている。

 この川は魔の森(ダークフォレスト)に入ってから地表に姿を現す。時に大小の滝となって落下しながら更に加速して、やがて東の海へと流れ込んでいく。それは間違いないだろう。

「この水の流れる先に、レジスタンスの村、ミネアクパがあるのです」

 思慮深い彼にしては珍しいことだが、言ってしまってから、ウォルフは後悔した。指輪を介してティアナが視たという惨劇を、思い出させてしまったかもしれない。

 横目で「そっ」と様子を覗ったが、ティアナが意に介した様子はない。少し安堵した。

 ミネアクパとは森の民の言葉で「希望」を意味する。行方不明となったオフィーリア姫を見つけだし、いつか国を取り戻す。そんな願いを込めてつけられたという。

(そういえば以前、滝壺の近くの洞穴に異国の男が住み着いたと聞いたな・・・)

 そんなことを、ふと思い出した。

 何年か前にレジスタンスの誰かに聞いた話だ。誰に聞いたかは覚えていない。現在に至るまで、その滝壺の男に会う機会はなかった。しかし、何か重要なことのような気がして、その情報だけが妙に記憶に残っているのだった。


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