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ヴォロディア仙導戦記  作者: 萬井 歌舞人
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第1章 アイゼニアの姫のこと 12-1

 入口となっている大樹のうろ(・・)の周りに、特段異常は見当たらなかった。

 魔の森の外れからトルキア城へと続く樹木の洞窟の入口である。

 低木の影にティアナとゼノンの姿があった。少し離れたところにウォルフとナッシュのシーアスター兄弟が、逆方向の藪の中にはギリアムが身を潜めている。

 小一時間ほど入口周辺を見守っていたが、森の獣もインガルの警備兵も気配すらない。

「この洞窟の存在をインガルは知らないのかもしれないわね」

 都合のいい考えをティアナは口にした。

「油断は禁物です。何かの罠が仕掛けられているかもしれません」

 ささやき声でゼノンが戒める。

「でも、何時までもこうしていても仕方ないわ」

 ここまで数キロの道のりを一行は三手に別れ、視認できる距離で互いをカバーしながら「じわじわ」と洞窟に近付いてきた。そのため昼前には到着できる程度の距離だったのだが遅々として進まず、もう夕闇が降りる時刻になろうとしている。

 それが少しティアナには気に入らない。

「分かっています。暗くなる前に洞窟の周りを調べましょう」

 宥めるようにゼノンが言った。そのまま手招きをして藪の中のギリアムを呼んだ。

 大きな音を立てないように注意しながら、近衛第一隊副隊長である熟練の騎士は、すぐに近寄ってくる。

「動きますか?」

 開口一番、ギリアムが訊いた。

「ああ。ウォルフを連れて、入り口付近にトラップがないか確認してみてくれ。俺達とナッシュは待機だ。二方向から周囲を警戒する」

「了解しました」

 ギリアムは周囲に目を配り異常がないことを確認すると、二人の元を静かに離れていく。

 行く先はシーアスター兄弟の潜む木立である。

 

 その時、ウォルフはピーコックブルーの瞳を閉じたまま、精神を集中させていた。

 眼を開けてしまえば、入ってくる情報量が多すぎて処理しきれなくなってしまうためである。

 ウォルフは、いま自身の周囲に魔力を飛ばしている。細かい粒子状にした魔力で索敵を行う技術を習得しようとしているのだ。

 習ったことはないが自分にもできるはずだと信じている。

 彼を魔法の世界に誘ってくれたユリウス・アークレイが使うを見ていたからである。傍から見ていた時は、いとも簡単な作業のようだった。だが、これが異常なほど難しい。

 身体から離れた魔力は、少しでも集中が乱れれば霧散してしまうのだ。

 魔力を思ったように操作できず、まだまだ師の背中は遠いと痛感している。

 ユリウスは物体に魔力の粒を当て、距離や反射角で形状を読み取っていた。

 魔力を魔法のエネルギー以外の用途に使おうと発想したのは、ユリウス・アークレイただ一人である。だからその技術を持った魔導士は、他に存在しない。

 過去、ユリウスほど独創性に富んだ魔術師はいなかった。「史上最高」「先駆者」「稀代の英雄」「魔道の深淵を知る者」などユリウス・アークレイを褒め称える言葉は数多くあるが、一番近くにいた弟子ウォルフが考えるユリウスとは「努力の人」である。

 確かにユリウスは天才と呼ばれるに相応しい才能を持っていたが、同じように発想力が豊かな者など星の数ほどいる。その中で、一縷の閃きを実現させるための苦難を厭わない者だけが、革新的な成功の果実を得る可能性を秘めているのだ。

 その観点からいえば、天才とはすべからく努力家なのである。

 敬愛する師の姿勢を間近で見続けてきたウォルフは、同じ道を歩むと心に決めていた。何事も簡単には諦めず強い意志を持って進む道だ。

 ふと思いついて始めた魔力による探索だが、ここに身を潜めた時から、何度失敗しても諦めずに練習し続けている。

 その甲斐あってか、満足する程とはとても言い難いが、何とか形になってきた。

 ユリウスのように広範囲に広げる技術はない。だから一本の触手のようにして伸ばすように工夫した。それが触れたモノの形状を、読み取れるようになってきている。

 広さを諦めた代わりに距離を手に入れた。

 当初は五メートル先も怪しかったが、今では三十メートル程度まで探れるようになった。

 目が届かない場所でも探索できるのが最大の利点だ。もう少し鍛えれば、かなり有益なスキルに発展しそうな予感がする。

 練習あるのみ。今もウォルフは触手を伸ばし、その先にある物体を感じ取ろうとしている。

(これは・・・木、だな)

(枝が伸びて、葉が付いている)

(石・・・土・・・ん?・・・枯葉、か?・・・草・・・)

 触れる物の微妙な質感の違いを心に刻んでいく。すると閉じた瞳の奥に、少しづつ立体的な映像が現れ始めた。さらに魔力を伸ばして映像に不足している部分を補完していく。

 次第に樹木の洞窟入口の周辺が克明に浮かび上がってきた。

 不思議な感覚である。肉眼よりも「くっきり」と見える。有体に言えば、葉の一枚一枚から小石に至るまで、ぼやけて見える部分がない。そこに存在するモノ全てに焦点が合っている感じだ。

 情報量が多すぎて、少し気持ちが悪い。だが手応えを感じ始めていた。

 背後で小さく下生えが鳴って、集中が途切れた。同時に脳裏に展開していた映像も消える。

「副長、隊長は何と?」

 ナッシュの問いかける声が後ろで聞こえた。

 実のところゼノンの許に向かったギリアムの動きに、ウォルフは全く気付いていなかった。魔力の触手を操作することに集中しすぎていたためだ。遠くの状況が分かっても身の回りが疎かになっては、元も子もない。ユリウスのように実戦で使うのは、まだまだ先の話になりそうだ。

「完全に日が落ちる前に洞窟の周りに罠がないか調べたい。ウォルフ、一緒に来てくれないか?」

 ギリアムは囁くように言う。

「ナッシュは、ここで待機して周囲を警戒していてくれ」

「了解しました」

「行きましょう」

 乞われてウォルフが腰を上げる。

 一時間ばかり魔力で物を観続けていたせいか、肉眼を使うと少し違和感がある。感覚を戻そうと、何度か左右に頭を振った。

 すぐに頭が回り始める。

 自分に声がかかるということは、魔法による仕掛けがないか判断して欲しいのだろう。先程、魔力の触手で観た限りでは、不審なモノは感じなかった。しかし、あれで魔法の痕跡を感知できるのか不明である。もう一度、自分の眼でしっかりと確認しておくべきだろう。

 ウォルフは先に立ったギリアムの後を追って、極力音を立てないように、目立たないようにと注意を払いながら動き始めた。

 

 

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