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ヴォロディア仙導戦記  作者: 萬井 歌舞人
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第1章 アイゼニアの姫のこと 10-4

 ティアナは、ウォルフの想いを正確に理解した。

 ウォルフは露ほども意識していなかったが、暴走について説明したことで思わぬ効果もあった。

 実はウォルフの見ていないところで、ティアナは守護者との対話だけで魔法を発動したことがあった。呪文を使わずに、だ。

 無詠唱魔法について聞いたことがあったからである。呪文を唱えるより圧倒的に早く魔法を放てるという。

 試しに試しにやってみたら、思ったよりも簡単にできてしまった。

 ならば・・・、

(呪文なんて覚えなくてもいいじゃない)

と、考えてしまったのは必然であろう。

 そんな経験から、呪文を暗記するという作業に身が入らなくなってしまったのである。しかし、今ウォルフの説明を受けて、それが如何に危険なことであったか理解した。

 自分の意思を他人に余すことなく正確に伝達することは、極めて困難だ。それは生者に対してだけではない。守護たる神(ガーディアン)に対しても同様なのだ。

 何よりもそれが一番大きな収穫だったと言ってよい。


「魔導士殿。この辺りならトロメスも近いのではないか?」

 二人の会話に一段落付いたのを感じ取って稽古を終えた騎士組の三人が近寄ってきた。ゼノンは二つ年長だが、ウォルフには敬意を持って接してくる。「魔導士殿」という呼び方にも嫌味がない。

「ええ、かなり近付いています」

 一行がいる場所は、既に森の外れである。目立つのを避けるため、魔の森(ダークフォレスト)からは、あえて出ないようにしているが、十五分も歩けば完全に森を抜けられる位置だ。

 魔の森は生命力に溢れており、放っておけば周辺の土地を飲み込むように木々が成長し、どんどん範囲を広げていってしまう。

 アイゼニア側は「封じの壁(ザ・ウォール)」と呼ばれる高さ五メートルの壁を、一万三千キロメートル以上にも亘って建築し森の成長を防いでいたが、トルキア側には壁はない。

 その代わり、地面には一定の間隔で金属製の太い杭が打ち込まれている。

 マルタイス国との国境から東の海岸に至るまで、実に十万本を越える不揃いの杭が延々と並んでいるのだ。

 何故か不思議なことに、それだけで森は浸食してこないのである。

 辺りは森と荒野という代り映えのしない景色が数万キロにも亘って続く。いつしか旅人たちは、必要な情報を杭に刻み、目印として利用し始めた。

 近付いてみれば、「トメロスまで三十キロ」だとか「森の民の村入口」だとか情報が刻まれているのが読み取れる。

 最東端の一本から一万二千七百四十二本目までは、誰かがナンバリング刻印を施している。その次の一本には一、二、七と三文字のみが刻印されていた。そこで力尽きてしまったのだろうと推測できるが、誰もその事業を引き継いでいないようだ。

 今現在、一行が歩む場所からは、その杭は見えない。

 彼等は、ウォルフの案内でメディス王家の地下通路を目指している。

 まず進入に厳重な審査を通過しなければならない正攻法での入市は、選択肢としてはありえない。そう考えると、ウォルフが採用できる経路は二つしかなかった。

 一つは、約二か月前に訪れた地下神殿へと続く道。もう一つは、ユリウスの残した手帳に記された抜け道である。

 いづれを選んでも大きな不安がある。

 前者にしても神殿より先には足を踏み入れたことがなく、そのまま進んでも指輪が導く目的地へ辿り着けるのかどうかは不透明である。

 記憶をたどれば確かユリウスは、神殿の先は王宮につながっていると言っていたような気がする。

 王宮で敵兵の待ち受ける真っ只中に出なければならないとすれば、たとえ目的を達成しても生きて帰ることは極めて困難であろう。

 ならば後者はどうかと自問してみて、劣らず難易度は高いと思う。

 師の手記にあった内容とはいえ、何よりも信憑性が低い。

 その秘密の入口についてユリウス自身の口から語られたことはなかったし、筆跡も目に馴染んだ師のそれとは異なる気がしている。というよりもそれは確信に近い。

 すると、一言で表現するならば「得体が知れない」ということになってしまう。

 ではユリウスの他の誰が手帳に情報を書き込めたのかと考えてみても、全く何も思い当たらない。まるで頭の中に霞がかかったかのように思考がまとまらないのだ。

 ウォルフはどちらかと言えば優柔不断な性格と見られがちだが、それには相応の理由がある。

 何か問題に直面した時、彼の脳内では瞬時に無数の選択肢が駆け巡っている。通常、人が思い浮かべるであろう数よりも、遥かに多い可能性を見ているのだ。そして一本一本の道を進んだ先に起こるそれぞれの未来を試算している。

 如何に素早く行っても無数のルートをそれぞれ検証しているのだから、選択が遅れがちなのも致し方ないだろう。裏を返せば、それだけ頭が良いということだ。

 そのウォルフが「全く何も思い当たらない」というのは、ある種の異常事態と言えよう。

 不可解。それ故に、後者を選択できなかった。しかし、その道を捨てたわけではない。

 もう一度、あの樹木の洞窟に入ってみて、問題があれば戻って試してみる心算でいる。

 順調にいけば・・・。

「明日の昼頃は洞窟の入口に付くでしょう」

 ウォルフは言った。

 そこからはさらに危険度が増す。魔の森(ダークフォレスト)のそれとはまた違った意味での脅威だ。

「気を付けねばならんな」

 それを汲み取ったかのようにゼノンが応じた。

「敵兵がいるかもしれませんね」

 これはギリアムである。如何に彼らが精鋭と言っても、ここは敵地だ。一対多となれば分が悪い。極力、戦闘は避けるべきだろう。

 胃の辺りにモヤモと不安を感じて、隣で聴いていたナッシュの右手が無意識に剣の柄に伸びた。

「何があっても全員で生き延びて帰るさ」

 ゼノンが笑った。

 それはナッシュの心に不思議な安心感をもたらす。

 そんな暖かな笑みだった。



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