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ヴォロディア仙導戦記  作者: 萬井 歌舞人
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第1章 アイゼニアの姫のこと 1-4

 一方の三人は、侵入者を感知する罠が仕掛けられていたことなど露ほども気づかず、先を急いでいた。川を渡ってからは、地面はきれいに整地されており、かなり歩きやすくなっている。必然、進むペースも大幅に上がり、十分後には大きな扉の前に立っていた。

「地下神殿の扉じゃ。神獣の指輪は、ここに安置されておるはずじゃ」

 ユリウスは昨日のことのように覚えている。

 二十三年前のあの日、フローレンスはこの扉の向こうにあるはずの祭壇から指輪を手に取った。流れるような動作で右手の薬指に指輪をはめて、いたずらっぽく微笑むフローレンスに、ユリウスの目は釘付けとなった。すでに彼女に恋していたのだろうと思う。それは、ユリウスの隣にいたレオンハルトもまた同様であっただろう。やがてフローレンスはレオンハルトと恋に落ち、ユリウスはその想いを秘めたまま身を引いたのだった。だが、彼女が他界した今も瞼の裏にその姿を思い描くとき、彼の胸はせつなく高鳴るのである。

 魔神王討伐のあと、レオンハルトとの婚姻の席で会ったフローレンスの手にはもう神獣の指輪はなかった。代わりに左手の薬指に緑色に輝く指輪がはめられていた。何かの話の流れで神獣の指輪の行方を尋ねたユリウスに微笑みながらフローレンスは言った。

「あるべき場所に返したわ。私には、もう必要のない力ですもの」

 彼女の言った「あるべき場所」とは、この扉の向こうの地下神殿に違いないとユリウスは確信している。

(この扉の向こうにある)

 ユリウスは二人にハンドサインでを待機するよう指示を出した。

 そして慎重に扉を調べ始めた。ここはもう旧トルキア城の真下になる。扉の向こうに警備兵がいてもおかしくはなかった。

 周辺に魔法が設置されている様子はない。扉に手を当てて慎重に向こうの気配を探るが、人の気配は感じられなかった。

 後ろを振り向いての二人に頷くと、ユリウスは扉にあてた手に静かに力を込めた。

 わずかに軋むような音を立てて少し扉が動いた。どうやら鍵はかかっていなかったらしい。扉の向こうからの灯りは見えない。薄くあいた先の様子を伺うが、やはり人の気配はない。侵入防止の魔法陣も見当たらなかった。

 ユリウスは室内に油断なくカンテラの光を差し向けた。そのまま室内を見渡したが、トラップも仕掛けられていないようである。

「行こう」

 2人に声をかけて、かび臭い室内へと足を踏み入れた。警戒したようなことは何も起こらない。続いてキースとウォルフも入ってくる。二人は思い思いの方向を手にしたカンテラで照らした。

 神殿というには極めてシンプルな造りの部屋である。10メートル四方程度の部屋に扉は二つ。

3人が入ってきたのと反対側の壁に飾り気のない小さな一枚扉がある。察するにその先は王城へと続いているのだろう。

 二つの扉から一番離れた壁際に、一体の彫像があった。

 人をかたどったものではない。

 竜であった。『始まりの竜』である。

 トルキア王国を起こした英雄マーカス・バルムンクは『始まりの竜』の加護を受けていたという。トルキアに三秘宝をもたらしたのも始祖竜であるとされている。

 加護もの代償として一つの呪いも受けた。

 以降バルムンク家には女児しか生まれなくなってしまったのである。それは姓をメディスと変えた後も続いた。ゆえにトルキアは代々女王が治める国である。

 また王家を離れた者であっても、その呪いは効力を発揮した。少なくとも三世代は男児が生まれないことが分かっている。

 その『始まりの竜』の彫像の前には小さな祭壇がある。その上に大人の腰の高さほどの大きさの台座があった。

 ユリウスは台座に向かって、ゆっくりと歩を進めた。ウォルフも後ろから続く。

 台座の上に小指の先ほどの大きさの宝石が見える。全体に黄色く輝く石である。その中心部はわずかに赤みがかっている。

「師父。あれが・・・?」

「さよう。神獣の指輪じゃ」

 ウォルフの問いにユリウスは大きく頷いた。

「やはり、ここにあった」

 祭壇に近づきながら、懐からなめし革の布を取り出すと、

「この指輪には、正当な持ち主以外は直接触れてはならぬ」

と言った。

「何故です?」

 聞いたのはキースである。

「昔、その指輪を盗もうとした者が、右手を失くしたのを見たことがある」

 ユリウスは台座の前に立ち、なめし革を宝石にかぶせると、慎重に持ち上げた。

「とある祠に行くために案内を頼んだ女だった。その途中でよこしまな思いに取り憑かれたのじゃ」

 宝石を包み込んだ革を懐から取り出したひもで十字に縛る。ユリウスは、そのままそれを皮袋に入れて袋の口を閉じた。

「ある夜、宿屋でフローレンスと同室になった女は、フローレンスが入浴している隙に指輪を盗もうとした。儂とレオンハルトが大きな悲鳴を聞いて部屋を飛び出した時、女の右手は炎に包まれておった。すぐに炎は手首を越えて腕へと燃え上がり、瞬く間に二の腕をも飲み込もうとしていた」

 ユリウスは宝石を入れた皮袋を懐にしまった。

「レオンハルトが女の右腕を切断しなければ、命すらなかっただろう。とにかく女は一命だけはとりとめたが、神獣の指輪を素手で掴んだばかりに右腕を根元から失う羽目になったのじゃ」

 ユリウスはゆっくりとキースの顔を見た。

「女が今どこで何をしておるのか、生きておるのかどうかすら知らぬ。だが儂はこの目で見て学んだのじゃ。この指輪は持ち主を選ぶ。それ以外の者は決して触れてはならぬ、とな」

 壮絶な話に、ふたりは返答することもできなかった。

「そして今、儂の知る限りこの『神獣の指輪』を所有できる者は、たった二人しかおらん」

 ユリウスは、そこで一旦言葉を切ると愛弟子とレジスタンスの戦士の顔を交互に見た。

「一人は今は亡きイザベラ女王の一人娘である行方不明のオフィーリア姫」

 行方不明という表現は、ユリウスの希望を大きく含んでいると言わざるを得ない。すでに存命ではない可能性の方が高いとウォルフは思っているが、それは決して口には出せない言葉だ。

「もう一人は、ティアナ姫ですね」

 代わりに言ったウォルフの言葉に、ユリウスは大きく頷いた。

「なんとしても届けねばならぬ」

その瞳には強い意志の力が宿っていた。


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