第1章 アイゼニアの姫のこと 10-2
ユリウスが残した四つの魔法の内、二つの検証はあらかた終わったとウォルフは考えている。
弟であるナッシュを巻き込んで、初めて試してみた夜から四日が過ぎた。最初の二日間で、浄化付与の効果時間の延長に成功している。
発動までに二十秒ほど余計に時間はかかるが、十分間ほど持続するので、ゼノン達もある程度は自由に動けるようになるだろう。この魔法が死霊兵に有効なのか?一番重要な一事が、未だに分からないのがもどかしい。
期待通りの効果であるなら、騎士たちの闘いがかなり楽になるはずだ。
戦力という考え方をすれば、軽く数倍にはなるだろう。
もうひとつ検証したのは浄化之矢である。
これは逆に威力を抑えてスピードを求めてみた。師匠であるユリウスのやり方を継承した形だ。掌の上に魔法陣を重ねて、百発程度は連射できるようにまで鍛え上げた。
今できる準備は整った。あとは天に任せるしかない。
残る二つの魔法、聖域と神降は、何度考えても「もやもや」とした不安を感じる。やはり使うべきではないというのが、率直な想いだった。
この四日は、ティアナの育成にも力を入れている。
思った通り、彼女の潜在能力はずば抜けて高い。守護たる神との交信に成功し、簡単な火炎魔法は、意図して使えるようになっている。
ただし発動には、かなり時間がかかる。熟練度を上げて発動時間を短縮するには練習あるのみなのだが、当の本人にやる気がないのが悩みどころである。
関心のある事柄には驚異的な習熟度を発揮するティアナだが、持って生まれたムラのある性格は治っていない。どうしても魔法に興味が湧かないのは致し方ない。一定のレベルに達したところで、ウォルフも半ば諦めていた。
やる気のない生徒に何をどうやって教え込むかは、いつの世も難しい問題である。とりあえず昨夜からは、浄化之矢の呪文の暗記に取り組ませている。
火魔法と浄化魔法が使えれば、何かの役には立つだろう。
もうひとつ、教えておくべきか迷ってることがある。
暴走である。
同じ「アモック」と呼ばれてはいるが、前述したまだ魔法使いでない者の「暴走」とは少し異なる。
ティアナは既に守護たる神との交信に成功しており、魔術師の仲間入りを果たしたと考えて良い。神と意思疎通ができる魔術師が引き起こす暴走は、素人のそれとは桁違いに強力なのである。
心のリミッターを外し、全ての魔力を一撃に乗せる暴走は、魔術師にとって最後の手段である。
広範囲に強力な破壊をもたらす代償として、ほとんどの場合は術者自身も命を失う。
無意識の内に心に限界点を設けておくということは、自分自身を守ることでもある。
限界突破といえば聞こえがいいが、突破できないから限界なのである。リミッターを外して限界点を越えてしまえば、まず意識を保てなくなる。発動した魔法は制御を失い、敵ばかりか自らを含めた味方まで無差別に攻撃するのだ。
端的に言えば、魔術師の暴走とは自爆のことである。
当然、ティアナにやらせてはならない行為だ。であるにも拘らず、何故、ウォルフは「教えるべきか迷っている」のか。それは偏に、意図しない暴走が起きる、またはそれに巻き込まれるのを防ぐためである。
絶体絶命の窮地に追い込まれた時、守護たる神に「現状を打破したい!」と強く願うだけで、望んでもいない暴走が起きてしまう可能性があるのだ。その反面、暴走を教えてしまえば、意図的にその手段を選ぶかもしれない。
ウォルフは「自殺」という行為に嫌悪感を抱いている。
ユリウスと出会う前、自身の能力を制御できなかった頃、幼い彼に取り憑いてきた悪霊たちの大半が、自死を選択した者であった。
生きた人間であれば、多かれ少なかれ感情の起伏がある。辛く悲しい経験があったとしても、耐えて生き続ければ、いづれ必ず幸福や笑いを見出せる日々が訪れる。
自死を選んだ者は違う。
必ず悪霊となるのだ。
実は他者を守るための死であれば、この限りではない。その決断に至るまでの理由が重要で、自己犠牲という崇高な精神を持って臨んだ者は清い魂を保つ。逆に逃避や保身のためにその選択をすれば、堕落してしまうということだ。
苦難から逃げてしまえば、その原因となった出来事を消化できず、暗く歪んだ想念に捕らわれたまま、永遠とも呼べるほどの時を彷徨い続けることになる。
助けを求めて生ある者に縋り付き、気が弱い者が相手なら精神をむしばみ、自分と同じ立場に引きずり落してしまう。
これが「悪霊」と呼ばれる所以である。
ちなみに天寿を全うした者は、悪霊にはならない。
死の瞬間まで苦痛を抱えていても、その時を迎えれば全てがリセットされるのだ。そして一回り大きな人格になるということを考えれば、それは成長を促すための苦難であったと考えられなくもない。
今がどれほど苦しくとも、生きるためにあがき続けることが大切だと、ウォルフは考えている。
あがくとは待つことではなく行動することである。目の前の壁を乗り越えるために恥も外聞も捨てて動き続ける。すると不思議と必要な助けは得られるものだ。
どんな窮地に陥っても自殺だけは選択しない。生命を終えるその時まで、醜くともあがきながら生きてゆく。それがウォルフの信念である。
自分に近しい人々も、そうであって欲しい。それ故に自死にもつながる手段を教えるべきか否か迷っているのだ。
「何を悩んでるの?」
どちらかと言えば優柔不断なウォルフは、いつまで経っても答えが決められなかった。幾度となく何かを伝えようとしては口をつぐむ姿に、その日の夜、ティアナの方が我慢できずに声を掛けた。
既に夕食を終え、それぞれがトレーニングに励んでいる。そんな時間である。
ゼノン達三人は適度に距離を取って剣を振っている。ティアナは浄化之矢の呪文を繰り返し暗記しているところだ。
先刻から「ちらちら」と様子を覗うような視線を向けられているのには、気づいていた。
「それは・・・・その・・・」
ウォルフは、まだ腹を決められず口籠った。
「わたしのこと、でしょ?」
ティアナは目を逸らそうとするウォルフの顔を覗き込んだ。
「まあ・・・そうなんですが・・・」
焚き火に照らされた王女の顔はとても美しかった。
ティアナに対して恋愛感情はないと断言できる。しかも一回りも年下で、まだ子供だと思っている。それなのに何故かウォルフの心臓の鼓動は、激しく高鳴っていた。
そんなことは露知らずティアナは続ける。
「ウォルフってば、わたしのことを信用してないのね」
「なっ・・・、何故、そう思われるのです?」
激しく動揺する心を隠そうと、努めて平静を装って返事をする。
「だって、わたしを信じてたら、どんなことだって隠さずに言えるはずでしょ?」
「それは・・・」
自分が赤面しているのが分かる。
(これが日中でなくて良かった)
心から思った。
ウォルフは、紅潮する顔を隠すようにティアナに背を向けた。
「姫は魔術師となられました・・・」
背中に視線を感じている。正解かどうかは分からないが、もう言わなくては間がもたない。
いささか情けない理由だが、ウォルフは遂に暴走について教える決心をした。




