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ヴォロディア仙導戦記  作者: 萬井 歌舞人
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第1章 アイゼニアの姫のこと 10-1

「こっちね」

 ティアナを筆頭に、ゼノン、ギリアム、ウォルフ、ナッシュの順で魔の森(ダークフォレスト)を歩き続けている。

 行く先はティアナの右手の神獣の指輪のみが知っている。

 指輪が強く引かれる方へと歩んでいるのだ。

 一行は目的地を変更し、指輪がいざなう場所へ直接向かうことにした。幻視で見たような虐殺を繰り返させないために、一刻も早く指輪の力を解放したい。それがティアナの希望だった。

 神獣の指輪。それは魔族(デーモン)悪鬼(オーガ)死霊(レイス)などの闇の属性を持つ勢力に対して絶大な力を持つ。ただティアナの右手の指輪は、まだ能力を解放された状態ではない。真の力を手に入れることこそが、最優先事項であると言ってよい。

「指輪の能力を得るためには、選ばれし者が契約の地に行かねばならぬらしい」

 それはユリウス・アークレイが残した言葉である。

 先代の所有者だったフローレンスに聞いたという。しかし契約の地がどこにあるのか、そこまではユリウスは知らなかった。

「トルキアの・・・どこか、だと思う・・・」

 勘の鋭い老魔導士にしては珍しく、なんとも歯切れ悪く推測を述べていた。それが妙に鮮明にウォルフの脳裏に残っている。

 在りし日のフローレンスは、他の四人の仲間と別れ、たった一人で契約の地へ向かった。数日後、再び合流した時には、すでに能力を解放していた。

 師と弟子、二人きりの旅の途中、何かの拍子に過去の冒険の話になった。ユリウスからしたら、若い弟子への寝物語の心算だったのかもしれない。

 その一つだ。

 旅の途中、ユリウスとは本当に様々な話をした。

 まだトルキアがインガル帝国に蹂躙される前の話だ。

 自らの経験から得た知識を、惜しみなく与えてくれた。

 身寄りのないユリウスは、ウォルフを実の息子のように思っていたのかもしれない。そしてウォルフもまた、彼を第二の父のように尊敬していた。

 旅の途中、焚き火を挟んで向かい合って座り、語り合った数々の夜。

 どれも師との大切な思い出だ。

 指輪がティアナを選んだ時、不意にその夜の記憶が蘇った。契約の地へ連れて行かねばならない。そう感じたと同時に、トルキアの大都市が思い浮かんだ。

 その都市に立ち込める不穏な空気を思い出し、其処ではないことを願った。しかし今、ティアナの差し示す方向は、ウォルフの願望を容易く裏切ったのである。

(やはりトメロスか・・・)

 敵兵の密集する城郭都市に、上手く潜入しなくてはならない。

 城郭都市であるトメロスは、街全体を高さ十メートル程の堅牢な石造りの外壁が取り囲んでいる。塀の上にはインガル兵が配置されており、二十四時間三百六十度にわたって周囲を巡回し、城壁の外に異常がないか警戒している。

 正規のルートで市内に入ろうとすれば、厳戒態勢を敷かれた東、北、西の三か所の門扉のいづれかを(くぐ)るしかなく、それには通行許可証が必要となる。

 初めての者が通行許可証を得るには、厳重な審査を通過する必要があり、正攻法でいけば結果が出るまで二週間は優にかかるだろう。

 正攻法と記したことから推察できるように、裏ルートもある。

 端的に言えば、コネである。

 有力者に伝手がある者は良いが、ない場合は金を積んで縁故を作れば良い。下位の者に金を握らせ、上位の者を紹介してもらう。そこで多少割り増して賄賂を渡して、さらに上位の者につないでもらう。これを繰り返すと、幾ら使うかは風任せではあるが、運が良ければその日の内に、長くても三日の内には許可証になる。

 主に大商人が使う手段がこれだ。

 コネも金も持たない者は、時間をかけるしかない。

 いづれの手段を取っても、武器の類は持ち込めない。預かり証を発行してもらい、外に出るまで門番に保管を委ねることになる。

 インガル兵以外の住民は、市内で武器を携帯すれば罪になる。所持することは禁じられていないが、家の外に持ち出してはならない。ナイフ一本でも見つかれば禁固刑となる。

 法律でインガル兵は上級国民と定められており、それ以外の職種の者は中級国民、重篤な犯罪歴のある者は下級国民とランク分けされている。これは一種の身分制度であり、ランクが下の者が上に逆らっただけで犯罪となる。

 下級国民となってしまうと、かなり酷い扱いを受けることになる。所持品を盗まれたり暴行を受けたりして訴え出ても、必ず負ける。インガルの法は、下級国民を守ってくれないのである。

 底辺としての境遇に耐え切れなければ、下級国民でも市外に出ることはできる。直接的には命を奪われることもない。

 ただし老若男女問わず、布切れ一枚に至るまで所有物を奪われて、まさに身包みを剝がされて放り出されるのである。それは、もはや死と同義である。

 故に下級国民に堕ちた者たちは、踏みつけられ虐げられても、歯を食いしばり耐えることを選択する者たちが大多数を占めている。

 本国よりこの制度が持ち込まれた時、インガル帝国の兵力は急増した。

 兵士に志願する者には、出自が問われないからだ。

 多くのトルキアの若者たちが、上級国民となるために自ら兵役に就くことを望んだ。その家族も準上級国民として、優遇されるようになる。病気の際は優先的に治療を受けられるし、身体が不自由なものは免税される、同じ職種に就いても中級国民より基本給が高いなど、様々なアドバンテージを得られるようになる。

 一方で入隊した元トルキア人は、必ず警備兵としてインガルへと送られ、十年たった今でも出生地に帰任できた者は、一名たりとも存在していない。

 帝国軍部は何も規制しない。長期休暇を取って里帰りするのも自由である。

 ただ故郷に残された家族とインガルに配属された兵士は、互いを人質に取られたかのように感じ、自らの素行に注意を払うようになったことは確かだ。

 また天涯孤独の者には愛着のある土地を離れさせ、インガルで新たな絆を育ませる。彼らの場合は上級国民として特権を持つ優越感を得られ、次第に帝国に従順になっていくのだ。

 これらはインガル帝国の目論見通りであることは言を待たない。

 ちなみに上級国民の上は、貴族階級となっている。

 中級以上の国民は大きな手柄を立てれば、一定の教育を受けた後に爵位を授与され貴族となることも可能だ。インガル帝国は封建制度を取っているので、貴族ともなれば功績に応じて肥沃な土地が与えられるようになる。

 公明正大に運営されているとは言い難いが、身分に関係なく信賞必罰のシステムがあるのだ。

 インガル生まれでない者でも、実力さえ示せれば出世のチャンスがある。旧弊を大事にしがちなアイゼニアなどの国家に比べると、遥かに立身出世には向いている国といえる。

 その上、露骨なほどに信賞必罰である。

 城壁から敵兵を発見しただけでも褒賞が与えられるので、巡回の兵士にしても自然と仕事に取り組む意欲が高くなっていく。

 そんなインガル兵が守るトメロスへ正面から潜入するのは、困難を極めるだろう。

 それがウォルフの印象であった。

 何度もトルキアを訪れていたが、市街に侵入したことはない。

「森からの抜け道を目指しましょう」

 それが最善のように思えた。ただし出口は城の中になる。

 いづれにしても、一筋縄ではいかない。生き残るには山のように膨大な幸運が必要だろう。

 ウォルフは天に祈らずにはいられなかった。



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