第1章 アイゼニアの姫のこと 9-3
明けましておめでとうございます。
皆様の一年が、実りの多いものとなりますように
この世界が、昨年よりほんの少しでも平和で愛に満ちた一年となりますように
心より祈願いたします。
「指輪が・・・何か・・伝えてきてる・・・」
ティアナは自らが感じ取った感情を率直に伝えた。胸が重く、苦しい。
「とても悪いことが起きるみたい・・・」
瞳孔を開いて一点を見詰めながら話すティアナは、ある種のトランス状態にあった。脳裏に断片的な光景が浮かんでは消える。
思わず吐き気を催すような映像の数々。
死霊兵に襲われる人々。燃え上がる粗末な建物。恐怖に歪んだ女の顔。不気味な微笑みを浮かべる魔術師のような姿の小男。大剣を薙ぎ払って殺戮を繰り返す瘴気を纏った巨大な暗黒騎士。剣を取り立ち向かう男たちを取り囲む死霊兵。逃げ惑う子供たち。
「ああ・・・」
ティアナは震えだした。
「いけない!逃げて!」
ここではないどこかで繰り広げられる凄惨な虐殺に、思わず声が漏れた。
一体の死霊兵が、懸命に走る子供の背中に斧を振り下ろした。
「なんてことを!」
ティアナは激しく頭を振った。今見せられた光景を、頭から追い出したかったのだ。
あまりの恐怖に石像のように固まってしまう幼児。泣き叫ぶ男児。必死に仲間たちの手を引いて動かそうする女児。何かを叫んでいるが、その声は聞こえない。
再び斧を振り上げる死霊兵と子供たちの間に、庇うように両手を広げて、武器も持たずに若い女が立ちはだかった。ティアナよりも年長に見える。二十歳を少し過ぎたくらいだろうか?どことなく見覚えのある顔立ちだ。面識がある人だろうか?・・・分からない。
また場面が切り替わった。
剣や槍を手に無数に湧いて出る死者の兵士に立ち向かう数人の男女。何とか時間を稼いで食い止めようとしている。その奥で十四、五歳に見えるまだ線の細い少女が、子供たちを森の奥へを逃がしている。
手には弓を持って、背負っている見慣れない形状の物は、おそらく剣だろう。反りのある細身の刃物のようだ。この少女にも何故か見覚えがあるように感じるのは、気のせいだろうか。
少女は森の奥を指差し、子供たちに行くべき道を示しているようだ。
時折、腰筒から矢を抜いては弓を引く。放たれた矢は、どれも狙いを過たず敵兵を貫いてゆくが、すでに死人である虐殺者には全く効果がなかった。
頭部に矢を突き立てたまま、死霊兵は気にする様子もなく、全く止まらない。
子供たちを逃がし終えると、弓の少女も彼らを守るように後を追って森へ消えて行った。
子供たちのために死霊兵を食い止めていた男女も、一人また一人と倒されていく。
果たしてこれは現実なのか、あるいは幻なのか。この惨劇は現在行われていることなのか、それとも未来に起こることなのか。
(もう見たくない!)
目を背けようとしても、脳内に浮かぶ映像は消せない。助けようとしても、手を差し伸べることもできない。
森へ逃げた子供たちを追わせまいと死霊兵に立ちはだかった男がまた一人、斬られて倒れた。
ティアナは自らの肩を両腕で抱きしめて、震えを止めようとした。
「大丈夫ですか?」
「姫!」
「何が起こっているのですか?」
口々に言いながら、仲間たちが駆け寄ってくる。ティアナが見ているモノは、彼らには分からない。神獣の指輪は、ティアナだけに虐殺の光景を転送しているのだ。
神獣の指輪に「意思」というモノが宿っているのならば、これからティアナが立ち向かわなければならない相手が、どれほど残酷で、どれほど強大なのかを理解させようとしているのかもしれない。
中途半端な想いでは何も変えることはできない。覚悟を決めなければならない。そう告げているのかもしれなかった。
生まれて初めて目にする殺戮行為に、ティアナの顔面は蒼白となり、身体の震えが止まらない。
駆け寄ったゼノンが、半ば放心状態となっていたティアナの身体にマントを羽織らせて、そのまま力強く抱きしめた。
「失礼いたします。しっかりしてください!気を確かに持って・・・!」
その力強い腕のぬくもりと、仲間たちの声がティアナを現実に引き戻していく。脳内に展開されていた映像が、霞んで消えていく。
・・・・・。
どのくらいの時間が立っただろうか。
ティアナには分からない。刹那のようでもあり、一時間も経過したようでもあった。あまりのショックに、時間の概念が消失していたようだ。
気づけば誰かに抱きしめられている。そっと手を持ち上げて、その太い腕を軽く「ぽんぽん」と叩いた。
「もう、大丈夫・・・です」
口から洩れた声は、自分がイメージしたものよりも、小さく掠れていた。
「失礼をいたしました。無事に任務を終えた後に、如何様なる処分も謹んでお受けいたします」
慌てて離れたゼノンが、数歩下がって跪く。王族の身体に不用意に振れてしまったことを謝罪しているのである。
「いいえ、ありがとう・・・」
ゼノンの行動は全てティアナを守るためのもので、他意はなかったことなど分かっている。感謝こそすれ、罪に問う気持ちなどない。
「頭の中で何処かの映像が浮かんだの・・・」
ティアナは自分の身に起こったことを伝えるべきだと判断した。
「これが見せたんだと思う」
右手を上げてみせる。人差し指のリングが、炎の灯りを反射して妖しく煌めいた。
慎重に言葉を選びながら、話を続ける。
「ある小さな村で・・・甲冑を着た兵士たちが・・・、人々を襲っていたの。・・・その兵士たちは剣で切られても、頭を弓で射抜かれても、全然、怯まずに人々を襲い続けていた・・・。まるで痛みも感じないみたいに・・・」
惨たらしい光景を思い出して、ティアナは身震いした。
「死霊兵ですね」
ウォルフの言葉にゼノンが無言で頷く。
「家が燃えていて・・・、みんな立ち向かっていたけど、どんどん命を奪われて・・・。五歳くらいの男の子がいたの。その子も・・・」
ティアナの顔が心痛に思わず歪んだ。
「もう充分です」
それを察したゼノンが制止する。
「いや、最後にもう少し思い出してください」
そう言ったウォルフを、他の三人の兵士たちが睨みつける。
「兄さん、これ以上は・・・」
詰め寄りながらたしなめるナッシュを片手で制して、ウォルフは続ける。
「とても大事なことです」
「いいわ。思い出せる限り答える」
ティアナは弱々しく微笑んだ。
「その村は、どんな場所にありましたか?周りの様子は分かりますか?」
視線を木々に覆われた中空に漂わせ、見せられた映像の記憶を探っていく。
「森の・・・中だったのかな・・・。村を囲む丸太の壁の上の方に、たくさんの高い木々が見えた・・・。弓を持った女の子が森の方へ小さい子たちを逃がしてた・・・。その先に・・・川が見えた・・・。かなり流れの激しい川・・・」
回想を聞くにつれて、ウォルフの様子が緊迫していく。森の中の川沿いの村。そんな場所を知っている。弓を持った少女にも心当たりがある。
「他に、何か手掛かりになりそうなことはありませんか?その少女の特徴とか・・・。他に目印のようなものとか・・・何か、ありませんか?」
ウォルフが知っている少女ならば、かなり特徴的なことがあるはずだった。
ティアナは少し考えた。
「少女は、十五歳くらいだったかしら・・・。どこかで見たことがある気がしたわ・・・。でも、どこで会ったのかは分からないの。それから、その村は・・・」
眼を閉じて俯いて何かを感じ取ろうとしている。
しばらくして、顔を上げたティアナは、迷いなく北東を指差した。その方角に手を向けた時、指輪の引力が急激に増した。その方角に強く引き寄せられている。間違いなかった。
「あっちの方だわ」
全員の視線が一点に集まる。深い夜の森の中でティアナが示した指の先を見上げると、生い茂る木々の隙間から暗い空が垣間見えた。
「レジスタンス・・・」
ウォルフの口から思わず小さな呟きが漏れる。レジスタンスの村は、その指が差す方向にあるのだ。
気のせいかもしれない。
見上げた空に、微かに白煙が立ち上っているように見えた。
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