第1章 アイゼニアの姫のこと 9-1
ティアナ達五人は、北へと着実に進んでいた。
アイサとガウェインと別れてから既に五日経っている。
偵察に出た二人は、夜が明けても戻らなかった。
あの日、ティアナには幾つかの選択肢があった。端的にいえば、「待つ」「追う」「進む」の三択である。気持ちとしては、追いたかった。しかし、選んだのは「待つ」である。一日だけ、その場を動かずに待つことに決めた。
きっと二人は一日も経たない内に返ってくる。そう思っていたのである。しかし次の夜明けを迎えても二人は戻らなかった。
失意の中、ティアナは「進む」ことに決めた。これは、やり遂げねばならない目的がある旅だ。二人が向かった東の方角には、目的地はない。身を切る思いで、その決断したのだった。
それから四日、五人は順調に森を移動している。
先頭に立つのは、短期間とはいえアイサから森の知識を学んだティアナである。その両脇にはゼノンとギリアムが張り付いている。ティアナの後ろを歩くのは魔術師ウォルフ、そして最後尾にナッシュという布陣を崩さずに歩を進めてきた。
鉈はアイサが持って行った一丁しかなかったため、藪を切り開くのはゼノンのナイフである。充分な切れ味を持つ大型ナイフではあったが、刃物としての用途が違う。枝一本切るにも無駄な負荷がかかっているはずだが、それを感じさせないのはゼノンの卓越した技術の賜物であろう。
ティアナが方向を決め、ゼノンが道を切り開く。そんな風にして進んでいる。
アイサとガウェイン。二人と別れて以降、彼らの口数はめっきり減っていた。ただ黙々と足を運んでいる。
だが一行には悲壮感はなかった。ティアナの勘が二人は生きていると告げている。まるで根拠のない理由ではあったが、ティアナには不思議な力がある。彼らはそれを信じた。それ故に二人の安否に一抹の不安を抱えながらも、生死については心配していなかったのである。
ここ数日は、昼の内になるべく距離を稼ぎ、夜は各自が修練に励む。そんな日々である。
ゼノンとギリアム、そしてナッシュは素振りをしていることが多い。
魔法を習得することにしたティアナは、ウォルフの指導の下、時間の許す限り、瞑想している。
目的は自分を守護してくれている神の存在を感じることである。
はっきりと認識できるようになれば、あとは正確に呪文を唱えるだけで魔法は発動する。だがこの「認識すること」が難しい。魔術師協会によると、それができるのは一万人に一人とされており、つまり、それこそが魔法使いとしての適正である。
認識の度合いも人によってまちまちで、一般的には、「より鮮明に神の存在を感じられるポテンシャルを持った者ほど強力な魔法を具現化できる」とされているが、それを確かめる術はない。
例外もある。「暴走」と呼ばれる現象で、本人が意図せず魔法を使ってしまうことを指す。そんな風に無自覚に魔法を使う者は、「暴走者」と称される。
彼らは魔法の才能を持って生まれてきたことは間違いないため、「訓練されていない魔法使い」と言い換えても良いだろう。
アモッカーは呪文を唱えない。願うだけである。
この願望を守護たる神が聞き届け勝手に発現させてしまうのだ。具体的には、無意識に物体に魔法を付与してしまったり、他人の精神を操作してしまったりする。
精神操作というと、集団洗脳などの悪いイメージを抱きがちだが、現実的には、もっと身近にあるモノと考えられる。例えばあの人と話をすると、妙に勇気が湧いてくる。何故か癒される。そう感じた時は、無論全てではないが、暴走者による魔法の可能性がある。
ここで特筆しておくべきことは、「願う」だけで魔法は発現できるということである。
では何故、魔法使いは呪文を唱えるのか?それは効果の強さ、大きさ、長さ、範囲などを制御するためなのである。
守護たる神は万能ではない。願いだけでは、具体的な強さが分からないため、人を殺傷できるレベルの魔法を放ってしまうこともあるのだ。魔法を支配できていない魔術士であるアモッカーは、人災となり得る。暴走者による痛ましい事件も枚挙にいとまがない。
そうした事件を起こしやすい者とそうでない者の差は、背後にいる守護神の差と言ってよい。ガーディアンの格が低いほど、加減が分からず事故につながる危険性も高い。ここでいう格とは、経験値と言い換えることができる。
それはさておき、つまるところ、現在のティアナはアモッカーなのである。
ティアナの勘の鋭さも、実はそれに関連している。
ウォルフが見るにティアナの守護神の格は非常に高いようだ。暴走の危険は低いだろうが、能力を眠らせたままにしておくのは、宝の持ち腐れというものだ。特に有事である現在は、制御を学んでおくに越したことはない。
以前は断ったウォルフからの提案を、今回はティアナは受け入れた。才能というモノなのか瞑想を始めて僅か四日にも拘わらず、朧気ながらガーディアンの存在を感じ取っている。
早くも呪文を学ぶ段階に足を踏み入れていた。
一方、師であるウォルフは、夜間はひたすら師の残した手記を読んでいる。何か隠されたメッセージがないかと、何度も何度も繰り返し読んでいた。
やはり、気になるのは最後の数ページである。
死霊兵に効果のある魔法と記載された四つの呪文。それぞれにタイトルが付けられている。
浄化之矢。
聖域。
浄化付与。
神降。
詳しい注釈はない。
まだ、その効果を試したことはなかった。
その名前から何となくどんな効果を持つのか推測できる気もする。
(近い内に試しておかなくてはならない・・・)
いざという時になって使ってみるのは、あまりにも危険な賭けだ。未知の呪文を唱えることに少なからず恐れはある。しかし、できることは全てやらねばならない。
(今夜、試してみよう)
ウォルフの腹は決まった。




