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ヴォロディア仙導戦記  作者: 萬井 歌舞人
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第1章 アイゼニアの姫のこと 7-7

 レオンハルトは時間のある限り何度も立ち会ってくれた。

 数ヵ月間に渡って、実に千回以上も、まるで複写したような立ち合いが繰り返された。

 ゼノンが構えて立つと、無造作に歩み寄ったレオンハルトが、「すっ」と剣を合わせる。それだけで剣を奪われてしまうのだった。それだけなのに、何故か異常なほど疲れる。ギリアムやガウェインと立ち会うよりも数倍の疲労感があるのだ。

 レオンハルトは何も言わず、ただ同じ技を繰り返して見せた。

 ゼノンはただ、必死に見極めようとし続けた。

 小さな変化が生まれたのは、四ヵ月ほど過ぎた頃である。

 合わせた剣に微かな振動を感じたのだ。その微かな兆しを逃すまいと、手に全神経を集中させた。

 ねじられるような感覚がある。

 そのタイミングに合わせて、剣を動かしてみた。

 すると剣は奪われず、手の中に残っている。

「それだ!」

 レオンハルトの声がした。ゼノンを見るその瞳は柔和に細められ、口元に微笑みを浮かべている。ゼノンが切っ掛けをつかんだことを、心から喜んでいる笑顔だった。

 えもいわれぬ達成感が体の芯から溢れ出してくる。

「もう一度やってみよう」

 王に促されて、それから何度か立ち会ってみた。

 最初は成功率は十回に一回というところたっだだろう。だが立ち会う回数が増えるにつれて、徐々に確率も上がっていった。

 レオンハルトは根気よく相手をしてくれる。

 反復練習で身体に覚え込ませるのが、一番効果的なのだと知っていたのだろう。何度も何度も繰り返した。レオンハルトの剣に逆らわず、受け流すように回転させる。

 次第にゼノンは、王の動きを模倣するようになる。それはモーションが大きく、オリジナルの技には到底及びもつかない練度ではあったが、やがて一つの技術として花開いたのである。

 それこそがあの立ち合いで、ナッシュとアイサの獲物を奪った剣技だったのだ。

 その技を「螺旋剣(スパイラルショット)」と名付けたのはギリアムである。

 螺旋剣を体得したことで、五分五分に近かったギリアムやガウェイン相手の立ち合いでの勝率も、大幅に上がった。と、いうよりも、ほぼ負けなくなった。無論、ギリアムやガウェインも、決して遊んでいた訳ではなかったのだが・・・。

 ゼノンは螺旋剣を通して大事なことを学んだのである。

「力には方向があり、物には重心があるということだ。それは構えた剣にもある」

と、ゼノンは手首を返して軽くナイフを振って見せた。

「簡単にいうと、タイミングを逃さずに、相手の力の方向に逆らわないで、重心を叩いてやれば、ああいうことになる」

 手にしたナイフを、中空に弧を描くように回してみせる。

「ギリアムのおかげで、皆があの技を螺旋剣と呼んで称えてくれるんだが、まだまだ未完成だ。動きが大きすぎて、なあ・・・。陛下の剣技を見てしまうと恥ずかしくて仕方がない。あの方の剣は、本当にほんの僅かに動くだけなんだ。ピンポイントで急所を捕らえることができれば、一ミリにも満たない動きで制圧できるんだと思っているんだが、これが、なかなかに難しい」

 ゼノンが苦笑する。

「なるほど・・」

 相槌を打ってはみたものの、ナッシュの理解の範疇をはるかに超えている。だがそれは同時に殻を破る切っ掛けとなる言葉でもあったのである。

 ただ「速くあれ」「強くあれ」と、持って生まれた反射神経と恵まれた肉体を駆使して剣を振るっていたが、何かが変わりそうな気がする。

 自分はもっと研鑽を積まなければならない。

(まずは、ゼノン隊長を越える!)

 そう決意した。すると居ても立っても居られなくなってしまった。

「貴重なお話をありがとうございます。失礼します」

と、剣を手に取って立ち上がった。

 そして少し離れた場所に行って剣を抜き素振りを始める。ただ、そのやり方は今までとは異なっていた。速さも力強さも回数も求めない。自分の重心がどこにあるのか。力はどのように流れているのか。見えないモノを意識しながら、ゆっくりと剣を振る。そういう素振りだ。

 再び槍を削り始めたゼノンは、横目でナッシュを見て満足そうに微笑んだ。

「どれ、俺もやるか・・・」

 ギリアムも剣を片手に腰を上げる。適当な広さの場所を探して剣を振り始めた。

「ふっ」

 ゼノンは笑った。これこそが、まさしく望んでいたことだからだ。ほんの少しでもいい。今より強くなる。望むのは、それだけだった。

 槍に最後の一削りを入れて、回転させながら先端が均等に尖っているかを丹念に確認する。満足のいく出来栄えだ。

 ゼノンは作り終えた槍を、「そっ」と地面に置くと、ナイフを鞘に納める。そして自身も愛剣を手にして立ち上がった。

 負けてはいられない。彼もまた素振りを始めたのだった。


 火の回りに残ったのは、ティアナとウォルフである。

 二人とも地面に直接引いた防水布の上に座って「じっ」と炎を見詰めていた。ティアナは揃えた膝を抱えたまま、偵察に出た二人の身を案じていた。

 今まで考えてもいなかった恐怖に相対している。「仲間を失うかもしれない」という恐怖である。

 多かれ少なかれ、人は自らの決断を疑うことが必ずある。「この道で良かったのか?」「別のやり方はなかったのか?」と、振り返ることがあるだろう。

 ティアナは、類い稀なる直感力で正しいと思える道を掴み取ってきた人である。信じ難いことだが、これまでの十七年の人生で、ただの一度たりとも後悔したことがなかった。

 貴族マナーの学習から逃げ出して教育係のマリアに窘められた時も、お忍びで繰り出した街で知り合った孤児の少年のためにパンを盗み、フローレンス王妃に一晩中お説教された時も、意見の食い違いから弟のアレクサンドロに思わず手を上げてしまった時も、王城に帰らず街で一夜を明かしレオンハルト王から大いに叱られた時も、反省はすれど後悔をしたことはなかった。

 方法を間違えただけで歩んでいる道は正しいという確固たる自信があったからである。

 だが、今、初めて後悔している。

 アイサやガウェインが、死を覚悟するような危険にあっているような気がするのだ。そして、経験上こうした直感は、ほとんど外れたことがない。

(二人が生きて戻れなかったら、この旅に連れてきた私のせいだ)

ということであった。


 ウォルフは時折、木の枝を燃え盛る炎の中に差し入れて、薪を転がすように動かしながら空気を入れていた。

 話しかけるタイミングを計るように、何度か塞ぎ込むティアナに眼を向けたり、逸らしたりしていたが、やがて意を決したように話しかけた。

「姫、魔法を学んでみませんか?」






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