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ヴォロディア仙導戦記  作者: 萬井 歌舞人
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第1章 アイゼニアの姫のこと 7-2

 玄関を開けてすぐの大きなロビーには、五人の男達が思い思いの姿勢で立っている。

 皆、平服を着ているが、よく知っている顔ばかりだ。

「お待ちしておりました」

 全員を代表して優雅に一礼しながら言ったのは、ゼノン・ギアスである。

 近衛兵団副団長と近衛隊第一隊隊長を兼任する猛者である。

「ゼノンが協力者?どういうことなの?」

 ティアナが思わず隣に立つ侍女に目を向けると、アイサは無言で肩をすくめてみせた。

「我々が姫君をお守りして、トルキアにお連れ致します」

 一番後方にいた小柄な男が、返答しながら前に進み出る。

「ウォルフ⁉」

 一時期ティアナの魔法の指導をしていたこともある。だから彼の名前はもちろん知っている。

 ウォルフは大魔導士ユリウス・アークレイの最後の弟子だ。師の遺志を継いで、ティアナの許に神獣の指輪を届けたのも彼である。アイゼニア側でトルキアのレジスタンスとつなぎを付けられる唯一の人物でもある。

「これから苦楽を共にする仲間です。旧知の間柄である方々もいらっしゃるでしょうが、自己紹介から始めませんか?」

 ウォルフの提案に全員が頷いた。

「僭越ながら私から」

とティアナの前に進み出たのは・・・。

「近衛兵団の副団長を務めておりましたゼノン・ギアスと申します。同行させていただきます。よろしくお願いいたします」

 胸に手を当てて礼をする。彼のことはよく知っていた。王族用の練武場で何度も手合わせし、教えを受けている。そういう意味では、ティアナの剣術の師でもある。

 続いてゼノンの右後方の人物が、一歩前に出る。

「ギリアム・ハートです。近衛兵団では第一隊に所属しておりました。必ず殿下をお守りいたします」

 彼とは何度か話したことがある。その時に名乗りを受けていることを思い出した。

「同じくガウェイン・マクベスです。殿下の盾となり剣となりお助けすると誓います」

 続いて進み出た背の高い男は、よく見かける顔だった。しかし言葉を交わした記憶がない。従って名前も知らない。

(ガウェインね)

 ティアナは心に名前を刻んだ。

 続いてかなり緊張した様子の青年が前に出る。警護の兵士として見かけたことがあるとは思うのだが、強い印象は残っていない青年である。

「ナッシュ・シーアスターです。命に代えても姫君をお守りいたします」

 これは大した長文でもないが、すんなりと言えたわけではない。ガチガチに緊張して何度も嚙みながら、しどろもどろ言ったことをまとめると、そういう感じになるということだ。

 上手く話せなかった恥ずかしさに真っ赤になっている。

 それを見てティアナと本人を除く全員が、「にやにや」と人の悪い笑みを浮かべた。

「シーアスター?」

 ティアナが引っ掛かったのは、彼の姓である。

「弟です」

 まだ笑いながらウォルフが言った。

 似ていない。

 ティアナの率直な感想である。体格から顔付きまで、まるで違う。名乗りがなければ、兄弟だとは信じなかったに違いない。

「ウォルフ・シーアスター。彼の兄で魔導士です。ユリウスと共にトルキアには何度か潜入したことがあります。あちらの協力者であるレジスタンスの隠れ家も幾つか知ってますので、お役に立てると思います」

 小腰をかがめて挨拶したこの小柄な魔導士のことは、よく知っている。

 あまり真剣には取り組まなかったが、レオンハルト王がティアナ姉弟にあてがった魔法の教師である。

「私はアイサ。殿下の侍女です。魔の森(ダークフォレスト)の生まれです。森を通過する間は、私の指示に従って貰います」

 この言葉に全員が頷いた。森の民には、魔の森で暮らすための豊富な知識がある。

「それでは・・・」

 全員の自己紹介が終わったとみたウォルフが口を開く。

「ティアナよ」

 魔導士の言葉を遮って王女が言った。

「私はティアナ。私の我儘に付き合ってくれてありがとう」

と頭を下げる。

「危険な旅に同行する覚悟をしてくれてありがとう」

お辞儀をしたままの姿勢で続けた。

「私を守ると言ってくれてありがとう」

そこまで言ってようやく顔を上げた。

「今から私はただのティアナ。アイゼニアの姫であることは忘れてください。皆より弱いかもしれないけど、仲間として私もできる限り皆を守るわ」

 ティアナの決意を聞いて全員が言葉を失った。室内には数秒間、感動による静寂が訪れた。

「光栄に思います」

 やがてゼノンが目を細めて微笑みながら、全員を代表して答える。

 続いてウォルフが大きく頷くと、こう言った。

「さあ、夜が明ける前に街を出ましょう。隣の部屋に武器があります。手に合う物を選んでください」

 これはティアナに向けられた言葉である。他の者達は、自分の専用武器を持参しているからである。

 隣の部屋を覗くと、テーブルの上に数本の細剣が置いてあった。飾り気のない実戦的な武器である。

 一本一本手に取って確かめるように振ってみる。

「これがいいわね」

 手に馴染む一振りを選んで腰にした。

「こちらもお持ちください」

 ゼノンに手渡されたのは、粗雑な造りの短剣である。

 ティアナが首を傾げると、近衛隊長は続けて言った。

「ノルドの剣です。全員一振りづつ携帯していますので、ティアナ様もどうぞ」

 それはノルドという名の鍛冶師が造った破邪の武器の呼称である。

 浄化の力が込められていて、悪鬼悪霊に絶大な攻撃力があるとされる。もちろん死霊兵にも効果的な武器だろう。ただし造りは悪く、壊れやすい。

 そして一本一本が驚くほど高価である。

(それを七人分・・・?)

 恐らく天文学的な値段になる。ここにいるメンバーの誰かが、個人で保有していたはずもない。怒らくこれはアイゼニアの国庫から出てきたに違いない。

(お父様は、全てを知ってたんだわ)

 ここに至って、ようやくティアナは理解したのである。




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