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ヴォロディア仙導戦記  作者: 萬井 歌舞人
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第1章 アイゼニアの姫のこと 4-7

 そして現在。

 連勝記録の保持者のゼノンが見守る中、彼の直属の部下であるナッシュが乱取りを続けている。

 普段は十組から十二組ほどが自由に対戦するほどの広さのある練兵場だが、今は一組しか戦っていない。

 精鋭部隊として名をはせる近衛兵団所属のナッシュ・シーアスターと戦って、あこがれの英雄ゼノンに自らを認めてもらいたい。

 若者の大半はそう考えていたし、熟練の兵士は一歩引いてそんな彼らを見守る態勢に入ってしまった。

 それ故に本来は勝ち残りであるはずの乱取りで、ナッシュ以外には挑戦者が現れない事態になってしまった。最後に勝ち残った者達は、練兵場の中央で待ちぼうけを食うことになったのである。

 アイサもそうした勝者の一人で、両手に短剣を下げたままナッシュの対戦を見守るしかなくなっていた。

 丁度今、ナッシュの通常より二回りほど大きな木剣が、相手の青年を打ち据えたところである。無論、怪我がないよう当たる瞬間に力を抜いて手加減はしている。

 ここまで十一連勝。

 やはり近衛兵に選ばれるだけあって、一般の若い兵士ではまるで歯が立たない。

 ゼノンの前でナッシュを相手に良い所を見せようと血気盛んだった若い兵士達の熱気も、いまや急速にしぼみ始めていた。

 立て続けに現れていた次の挑戦者の手が、なかなか上がらないのを見て、三十恰好の兵士が名乗りを上げた。他の対戦で勝ち残っていた七人の内の一人である。

「次はオレとやろう」

「お願いします」

 ナッシュが頭を下げて応じて対戦が始まった。

 すると残った勝者の六人が互いに苦笑して「俺達もやろうか」と、近くの相手を選び始めた。残り物同士といった感じでアイサも対戦の誘いを受ける。

 練兵場では、四組の対戦が始まった。

 対戦のない兵士達が、周りを囲み勝負の行く末を見守っている。

 ほどなくして四人の勝者が残った。ナッシュもアイサも勝ち残っている。

 再び勝ち残った四人が、隣の相手を選んで対戦を始める。いつの間にかトーナメント戦のような奇妙な展開になっている。

「ふふふ」

 ゼノンも楽し気に眺めている。

「最後に勝ち残った者はオレとやろう」

 思わずそんなことを言っていた。

 冗談めかした発言だったのだが、ゼノンの言葉に練兵場に大きな歓声が上がる。

 早々と決勝進出を決めたのはアイサである。変幻自在の短剣の連撃に、相手の意表を突く蹴りなどを織り交ぜて、それこそ「あっ」という間に勝利を収めてしまった。

 アイサは肩で息をしながら燃えるような目でゼノンを見た。どうしても手合わせしてみたいという闘志が見て取れる。

 強い視線を受けてゼノンは苦笑した。今の立場を確立してから、近年、これほどの挑みかかるような視線を受けることはなかったからである。

 ほどなくして、もう一方の戦いにも決着がついた。

 勝者はナッシュである。しかし、アイサはその勝敗には目もくれず、射抜くようにゼノンを見詰め続けていた。

 仕方ないという感じでゼノンが肩をすくめる。そして近くにいた若い兵士に

「君の木剣を貸してくれないか」

と言った。

 王家の練武場で鍛錬するようになって以来、ここには自分の木剣は置いていない。

 声をかけられた若い兵士は喜びに上気した顔で、ゼノンに武器を手渡した。

「ありがとう」

 礼を言ってゼノンは借り受けた木剣を右手に進み出た。

「同時にかかってきなさい」

 言った瞬間、ゼノンの体からナッシュとアイサが気圧されるほどの物凄い闘気が噴出した。だが圧倒されたのも束の間のこと、気を取り直した二人がほぼ同時に頭を下げる。

「胸をお借りします」

「お願いします」

 ゼノンが片手持ちにした剣を中段に据えた。

「遠慮するなよ。殺す気で来い」

 ナッシュがアイサに視線を送る。

 共闘するからには、うまく連携したい。そんな思いもこもった視線であったのだが・・・。

「はっ!」

 鋭く呼気を吐いて、いきなりアイサが飛びかかっていった。

 左右の短剣を叩き込んでいくが、ゼノンは最小限の動きでこれを弾き返す。それは想定内のことである。ここからアイサの連撃が始まる。

 高速で繰り出されるアイサの短剣であったが、ゼノンは事も無げに最小限の動きで受け切っていく。

 出遅れたナッシュが慌てて参戦した。

 ゼノンの左側から横薙ぎの重たい一撃。それがナッシュの選択であった。

 アイサがメインアタッカーとして動くなら、自分はサポートに回る。

 素早いアイサの連撃に、自分が力を込めた一撃を混ぜることで、ゼノンのリズムを壊す。左に回り込んだのは、ゼノンが右手に剣を持っているからだ。

 そういうつもりだった。

 しかし、まるで手応えがなく「ふわっ」と剣が流された。体が泳いでしまう。

「今、死んだぞ」

 ゼノンが短く言った。無数に繰り出されるアイサの攻撃を受けながらである。

 全く攻撃が通らないことに焦ったアイサが、トリッキーな動きを見せた。突然しゃがみこんで足払いをかけたのである。

 しかし、これもゼノンには通じなかった。

 蹴りに剣を合わせられた。

「足がなくなった」

「くっ」

 思いっきり木剣を蹴ってしまったアイサの顔が、思わず痛みに歪んだ。

 しかし止まらない。左右の剣を我武者羅に叩きつける。

 こともなくゼノンが剣で合わせる。

 互いの剣が触れ合った瞬間、ゼノンのそれが巻き付くように小さな円を描く。右回転、続いて左回転。たったそれだけで、アイサの両手から二本の短剣が飛ばされてしまう。

 一拍遅れて体勢を立て直したナッシュが、後方から鋭い突き込んできた。

「コンマ五秒遅い!」

 言い放ったゼノンの右手の剣が、また絡みつくように動いた。同時に左手はアイサの肩を突いて攻撃を

牽制している。

 簡単にナッシュの大きな剣が弾き飛ばされる。

 流れるような動きでナッシュ、アイサの順に「ぽん」「ぽん」と首筋に剣を当てる。

 アイサが短剣を飛ばされてからここまで、まさに「あっ」という間の出来事であった。

「参りました!」

 二人の声が重なった。二人掛りで手も足も出なかった。

「両名とも午後一番に部屋に来てくれ」

 ゼノンが練兵場を後にしようと踵を返すと、自然と取り囲んでいた人波が割れた。退室の途中で剣を借りた青年兵を見つけた。

「ありがとう」

 再び感謝を告げて剣を返した。

 物凄いモノを見た、と青年は言葉を失って「こくこく」と頷くばかりである。

 余談であるが、この時返された木剣は二度と使用されることはなかった。この青年が老人になって天寿を全うするまで、それは彼の部屋の壁に飾られることになる。

 ゼノンが姿を消して数秒後、水を打ったように静まり返っていた練兵場にどよめきが戻ってきた。

「見たか?すごい技だったな」

「あっという間に剣を巻き上げちまったぞ」

「なんだ?どうやったんだ?」

「こんな風に絡みついたように見えたな」

 兵士たちは口々に騒ぎ立てたのである。




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