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ヴォロディア仙導戦記  作者: 萬井 歌舞人
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第1章 アイゼニアの姫のこと 4-3

 アイサの立つ練兵場のボルテージが徐々に上がっていく。

 多くの兵士達が、入り口付近に立つ近衛兵団の副団長に気づいて、自分の実力を見せたいと思っている。熱を帯びるのも必然であろう。

 こんな時、決まって標的になる者がいる。

 それは近衛兵である。精鋭部隊である近衛兵を乱取りの相手にして、自分の実力をアピールしたいと誰もが考えるのだ。

 そこで負けるのは構わない。自分の中に光るものがあれば、見出してもらえる。

 自分より実力の劣る者に挑んで勝利したとしても、却って評価を下げてしまう。だから上を目指している兵士は、上位の者を選ぶ。実力が確かな近衛兵は、格好の標的というわけだ。

 そして今、練兵場には若い兵士達のターゲットとなりうる人物は、一人しかいなかった。

 ナッシュ・シーアスター。

 偶然か必然かゼノンの指揮下にある第一近衛隊に所属し、その将来を嘱望されている男である。二十三歳。伸び代は、まだまだある。

 かなり体格がいい青年だ。

 持って生まれた骨格がいい。背が高く同じ隊で一番の巨漢であるガウェインと並んでも見劣りはしない。しかし筋肉の厚みでいえば、まだまだトレーニングの積み重ねが足りず、一回り二回りは細いであろう。

 彼が今相手にしているのは、四十恰好の熟練の兵士である。片手に剣を、片手に盾を持った攻守にバランスの取れたタイプの兵士だった。

 一方のナッシュの獲物は、通常の物よりも二回りも大きな両手持ちのバスタードソード型の木剣だった。

 胸の高さに掲げた盾の中に半身に構えた体を隠すようにして、「じりじり」と相手が間を詰めてくる。

 ナッシュは下段に構えたまま、その動きを目で追っている。

 数秒間、睨み合うように間合いを図っていたが、一旦動き始めると、その勝負は一瞬で着いた。

 攻撃範囲に相手が踏み込んだと見るや、沈み込むように動いたナッシュの身体が、跳ね上がると同時に相手の盾を吹き飛ばしていた。

 そのまま切り降ろした大剣を首元で「ぴたり」と止める。

「参りました」

 相手の言葉を受けてナッシュは剣を引き、深々と一礼して敬意を示した。

 勝っても負けても相手に敬意を示すことは、アイゼニアの訓練場のルールである。特に実戦形式の訓練では、横柄な態度をとれば遺恨を残しやすい。訓練をすることで味方同士で悪感情を抱いていては、本末転倒というものだ。だから勝敗が付いた後は最上級の敬意を示すよう定められている。違反すれば厳しい罰則もある。

「また、強くなりましたな」

 相手の兵士も深く頭を下げ、握手を求めて手を差し出した。その手をナッシュが固く握り返す。

「とんでもありません。紙一重でした」

 ナッシュが爽やかな笑顔を見せた。

 敗れた兵士が退場すると、ナッシュの前には順番待ちしていた十代の若者が現れる。

「よろしくお願いします」

 ふたりは声を合わせてお辞儀をすると互いに剣を構えた。


 一方、ナッシュから二組先の乱取りには、挑戦者としてアイサが現れていた。

 相手はここまで七連勝している壮年の兵士である。

 右手にロングソードを下げている。既に三十分以上乱取りを続けているため、全身に「みっしり」汗をかいている。

 乱れた呼吸を整えるため意識してゆっくりと呼吸を繰り返していた。七連勝しているということは、かなりの実力者であることは間違いない。

 それがアイサが選んだ相手である。練兵場では男女の区別はない。誰にでも挑んで良い。勝ち残りした者は誰の挑戦でも受けなくてはならない。

 アイサは両手に一本づつショートソードタイプの木剣を持っている。

「ほう。短剣をつかうのか」

 ゼノン達は本来の目的を忘れずにアイサに目を向けている。

「なかなか雰囲気があるな」

 その立ち姿に感嘆の呟きを漏らしたのはギリアムである。きちんと鍛えられた者の姿勢であると言いたいらしい。

「お願いします」

 二人は同時に礼をして向き合った。

 アイサは逆手に持った右手の短剣を大きく前に出して半身に構えた。左手の短剣は相手から見えないように背中に隠している。

 対する壮年の兵士は、右を前にして半身に構えている。

 二人の間に緊張が走る。

「ふっ」と鋭く息を吐いて、一足で間合いを詰めたアイサが相手の懐に飛び込んだ。

 右手の剣で相手の獲物を抑えながら体を回転させ、左の剣で急所を狙う。

 流れるような動きである。

 だが相手の兵士は強かった。一本の剣でアイサの双剣をきれいに受け切ってみせる。

 そんなことは、仕掛けたアイサも織り込み済みだ。右、左、左、右、左、右、右と素早く畳みかける。

 相手の兵士は、小さく剣を動かすだけで、全ての攻撃を捌いてみせた。

 七連勝は伊達ではない。かなりの遣い手である。

 変幻自在に繰り出されるアイサの双剣を、一定の強さで受けていたが、アイサがその強さに慣れた頃合いを見計らって、力を込めて弾き返した。

 リズムを崩されたアイサに僅かな隙が生まれた。

 それを逃さず、壮年の兵士は攻撃に転じる。大振りはしない。コンパクトに繰り出される剣がアイサを襲う。

 十字に組まれたアイサの短剣が、ロングソードの軌道を変える。受けられたとみるや「ふわっ」と力を抜いて剣を引くと、下段へ突きを繰り出す。足を狙った攻撃は訓練では有効打にはならないが、実戦に於いては効果的である。

 アイサは右に回り込むように動きながら、左の短剣でロングソードを抑えた。

 同時に右の剣は相手の喉元を狙っている。

 剣を抑えられている兵士はスウェーバックしながら躱したものの、身体の重心が崩れてしまった。

 アイサは左に軸を移すと、自由になった右足で相手の足を刈り取りにいく。

 壮年の兵士の体が宙に浮いて背中から床に落ちた。

 気づいた時には、アイサの短剣が首元に突きつけられている。

「参りました」

 そう言った相手に手を差し伸べて助け起こすとアイサは言った。

「お疲れでなければ、とても適いませんでした」

「いやいや、貴女は強い」

 二人は握手を交わすと、一礼した兵士が壁の方に去っていく。アイサも礼をしながら後姿を見送った。彼女は手の甲で額の汗をぬぐうと、次の対戦相手を待った。






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